第61話

「ぐああああっ、腕が、俺の腕がああああっ!」


「あぐぅううううっ、脚、脚がぁっ……!」


「かはっ……あ、あっ……」


 戦いの決着に、三十秒を待つことはなかった。


 アイリーンに襲い掛かった護衛の男たちは、ターゲットである少女の理不尽なまでの強さによってあっという間に叩き潰され、三人ともが悲鳴とうめき声をあげて床に転がっていた。


 一人は利き腕をへし折られ、別の一人は片脚を同じく折られ、最後の一人は男の大事な部分を強打されてまともに声も出せない状態だった。


 怒りに燃えていたアイリーンだったが、護衛たち相手に剣の刃を使ったのは防御に関してのみだった。

 攻撃は柄で殴るか、オーラを纏わせた掌底を撃ち込むかで、護衛たちの命に別状はない状態だった。


 ただあの様子では、いずれももはや戦闘能力は残っていないだろう。

 またひょっとすると、負傷した部位に関しては今後一切使い物にならなくなるかもしれないが、そこまでを心配してやる謂れもない。


 ちなみにだが、四肢が切断されたり使い物にならなくなったりといった類の大きな負傷は、初級の神官が使う治癒の奇跡では癒すことができない。


 極めて高位の神官であればそういった重大な負傷を治癒する奇跡を行使することも可能だが、それを受けるためには大都市の神殿に行って多額の寄付をしなければならないだろう。


 そして彼らのようなチンピラまがいの護衛を職業とする者では、そんな多額の寄付金を用意できるとも思えない。

 彼らは法の裁きを受ける前に、多大なペナルティを負うことになったと言えるかもしれない。


 そして一方、護衛たちを片付けた当のアイリーンはというと──


「ひっ、ヒィイッ! わ、わわわワシは悪くないぞ! アリスが、あの女がワシを誑かしたのだ! ワシはあの女の言うとおりにしただけなのだ。だ、だから許してくれ。ワシは、ワシは関係ないのだ」


「……言いたいことはそれだけ?」


 ──アイリーンは床に尻餅をついたゴルダート伯爵の前に立ち、眼下の肥満男の喉元に剣先を突きつけていた。


 ちなみにいまのゴルダート伯爵の発言には、嘘看破ディテクトライは大きな反応を見せなかった。

 実際に主犯はアリスで、伯爵はそれに従っただけということなのかもしれない。


「アイリーン、一応伝えておくと、その男のいまの言葉に大きな嘘はないようだ」


「お、おお、そうだ。ワシは嘘をついておらんのだ。全部あの女狐めが悪い……ヒィッ!」


「──ねぇ、本当に黙ってよ。本当にこのまま突き刺してしまいたくなるから」


 アイリーンが伯爵の喉元、皮膚に触れるか触れないかぐらいまで剣先を寄せる。

 すると伯爵はガタガタと震え、ついには失禁をした。


「……や、やめろ……殺さないでくれ……」


「じゃあ、僕の質問に正直に答えて」


「わ、分かった……なんでも答える……」


「嘘はつかないでよ。こっちには筒抜けだからね」


「あ、ああ……嘘はつかない、約束する」


「うん。じゃあ聞くよ──どうして自分の領内の村の村人たちを殺したの?」


 そのアイリーンの尋問に、伯爵はごくりと唾をのむ。

 それからおそるおそる、アイリーンに質問を返す。


「しょ、正直に答えたら、命は助けてくれるのか……?」


「その場合は殺さずに法廷に送る。嘘をついたらこの場で殺す」


 伯爵は息をのむ。

 そしてアイリーンの顔を見上げて、少しの間ののち諦めたように言った。


「先ほども言ったが、アリスに誑か……頼まれたからだ」


「ふぅん。でも宮廷魔術師に頼まれたからって、普通領主が自分の領土の村を滅ぼすことを認めたりしないよね。──もう一度聞くよ。どうして?」


 アイリーンの追及に、伯爵は目を泳がせる。

 だがやはり観念して、彼はその言葉を口から絞り出した。


「そ、それは……ワシが彼女に求愛……いや体を求めたら、それを条件として提示してきたからだ。それにあいつは、自分のアンデッド研究が進展すれば、生み出したアンデッドの軍勢を使って国を取ることも夢ではないと言ってきた……だから……」


「…………」


 背中越しにも、アイリーンが絶句したのが分かった。

 それから彼女は、振り向かないまま俺に聞いてくる。


「……ねぇウィル、いまのは本当?」


「ああ。『求愛』の部分に微妙な反応をしたことを除けば、すべて本当だ」


「そんな……そんなことのために、お前は……!」


 アイリーンが伯爵の喉元に突きつけていた剣をいったん引き、いまにもそれを再び突き出さんと手を震わせる。


「ま、待て! 正直に話したら、殺さない約束だろう!?」


「くっ……!」


 俺はアイリーンに歩み寄り、その肩に手を置く。

 そして、感情があふれた顔で振り向いてきたアイリーンに向かって、首を横に振る。


「アイリーン。ダメだ」


「分かってるよウィル、分かってるけど……!」


 悔しそうに歯噛みし、うつむくアイリーンだった。




 その後サツキとシリルが屋敷に到着すると、シリルの治癒魔法で怪我人の最低限の治療をしてから、ゴルダート伯爵と護衛たちを捕縛。

 屋敷の使用人たちにはアイリーンから説明をし、事後処理を行った。


 これで屋敷のほうは片付いた。

 あとは後日に伯爵を王都での審問にかければ、公の前で真実がつまびらかになるだろう。


 そして残るは、宮廷魔術師アリスただ一人だ。

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