第60話
「アイリーン姫、いや騎士アイリーン殿、どうかご助力を。ともに悪逆なる女魔術師を成敗しましょう!」
ゴルダート伯爵はなおもそのように言って、その両手でアイリーンの手を取ろうとする。
だがテーブルの上で手を組んでいたアイリーンは、その手をスッと引いて、それから冷めた声で伯爵に向かって言った。
「──戯れ言もそのぐらいにしなよ、この狸」
「は……?」
呆気にとられた様子のゴルダート伯爵。
一方、ソファーに座っていたアイリーンはその席から立ち、その腰の鞘から剣を引き抜く。
「ひ、姫様!? 何を……!?」
伯爵は慌てて椅子から転げ落ち、尻餅をついて必死に後ずさりをする。
一方、伯爵の背後に控えていた二人の護衛も剣を抜き、部屋の入り口の扉前に立っていた男も同様に剣を抜いた。
応接室に緊張が走る。
「ゴルダート伯爵、お前の嘘は全部お見通しだ。こっちにも有能な魔術師がいる。──紹介するよ、僕の幼馴染みで魔術学院の卒業生、ウィリアム・グレンフォードだ」
そう言ってアイリーンが、背後にいる俺を指し示す。
ゴルダート伯爵は、目を丸くしてまじまじと俺のほうを見る。
「なっ……ま、魔術師だと……!? そう言われてみれば、魔術師のローブに杖、どう見ても魔術師ではないか……! なぜ、なぜ気付かなかったのだ……ただの側近の者だと思っていた……ぐぅぅっ……!」
その存在を取るに足らない、どうでもいいものと思わせる効果になる。
しかしゴルダート伯爵は、この期に及んでもまだ、自身が往生際にあることを認めようとはしなかった。
「いえアイリーン姫、騙されてはなりません! 嘘をついているのはその者です! おのれ悪辣なる魔術師め、よくも姫様を
そう言って俺を指さし、背後の護衛たちに指示するゴルダート伯爵。
護衛たちはその指示に応じ、間にある障害物を乗り越えあるいは回り込んで、剣を手にしたまま俺のほうへと襲い掛かってこようとするが──
その護衛と俺との間に、アイリーンがスッと割り込んでくる。
それに護衛たちが戸惑い、指示を求めてゴルダート伯爵のほうへと視線を送った。
伯爵は苦虫をかんだような顔をし、それから必死にアイリーンに訴えかける。
「姫様、そこをお退きください! 姫様はその魔術師に騙されておるのですぞ!」
だが伯爵の言葉に、アイリーンが揺らぐことはなかった。
俺の前に立った彼女は、伯爵に向かって静かな怒りの言葉を紡ぐ。
「いい加減黙れよ悪党。──ウィルが僕に嘘をついている? それよりもお前の言葉を信じろ? ……ふざけるなよ。それ以上僕とウィルの絆を汚してみろ。法廷に引っ立てる前に、この場でお前の首を飛ばすぞ」
「ひっ、ヒィッ……! お、おお、お前たち! ひ、姫はもう手遅れだ、一緒に殺してしまえ! 全責任はワシが負う! 姫の首を取った者には三倍の報酬を出すぞ!」
ゴルダート伯爵は、三人の護衛たちにそう指示を出す。
その指示に護衛たちは互いに顔を見合わせ、そしてアイリーンのほうをちらりと見て、ニヤリと笑い合う。
そして護衛の一人が、ゴルダート伯爵にさらなる要求を出した。
「旦那、こんな上物をこの場で殺しちまうってのはもったいねぇ。力づくでねじ伏せたら、俺たちの好きにしていいってのはどうだ? 事が終わった後にちゃあんと殺すからよ」
「お、おうそうか、構わんぞ。お前たちの好きにすればいい。ただしちゃんと殺すのだぞ」
それを耳にしたアイリーンは、不愉快そうにペッと唾を吐き捨てる。
「雇い主が雇い主なら、飼い犬も救いようのないクズだね」
だが護衛の男たちは、そのアイリーンの態度にもへらへらとした様子を崩さない。
「へっへっへ……これからその犬の相手をたっぷりすることになるんだぜお姫様」
「騎士様ごっこでこんなところまで乗り込んできちまったのが運の尽きだったなぁ」
「お城の外が怖いところだって、俺たちが教えてやるよ。ひひひっ」
どうやら彼らは、アイリーンのことをよく知らないようだ。
ゴルダート伯爵ぐらいは知っていてもおかしくはない気もするが、いまの反応を見るに、知っていても眉唾ぐらいに思っているのだろう。
「……ねぇウィル」
「なんだ」
「いまのうちにシリルさんを呼んでおいてもらえるかな。──僕、ちょっとやりすぎちゃうかも」
「……はぁ、分かった。だがほどほどにしておけよ」
「うん。できるだけ頑張る」
頑張るところが違う気がするが、まあ彼女がこう言うのだから大丈夫なのだろう。
俺は念のため周囲から視線を外さないようにしつつ、荷物袋から
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