第55話

 俺たちはその夜、宿で全員が夕食と入浴を終えると、アイリーンが自分用に取った比較的大きめの個室に全員で集まっていた。


 部屋を照らすのは、ランプの灯り一つ。

 大きめの個室とはいえ五人も入って集まると手狭で、それに女性陣が全員入浴上がりで色気が上がっているのとがあって心を乱され気味だが、俺は努めて平静を装って話を始める。


「さて、聞きたいのは『なぜ今日は事情聴取に行かないのか』だったな」


 俺が四人の女子を見渡すと、特にアイリーンがこくこくと首を縦に振る。

 それを確認して、俺はその理由を説明する。


「まず端的に言うと、その理由は『アリスがいたから』ということになる」


「……どゆこと? アリスも一緒にぶっ飛ばすんじゃねぇの?」


 サツキがそう言うと、横にいるシリルがその頭をむぎゅっと押さえつけた。

 相変わらずのサツキ節だ。


「サツキはまずそのぶっ飛ばすという発想を一度置いてくれ。最終的にそうなる可能性はあるが、まず考えるのはそういった方法ではない」


 俺のその言葉に、サツキ以外の全員がうんうんとうなずく。

 サツキが一人、バツの悪そうな顔をした。


 そこに、ミィが発言をはさむ。


「でも、アリスがいたらまずい理由は、ミィも分からないです。アリスも重要参考人になのですから、一緒に話を聞いたほうがいいのではないですか?」


 ミィのその疑問には、アイリーンもこくこくと首を縦に振って同意している。

 シリル一人が考え込んでいる様子だ。

 俺は主にミィとアイリーンに向けて、説明をする。


「確かにミィの言う通り、アリスにも話を聞くに越したことはない。だが向こうも木偶の坊ではない。向こうに何か後ろめたいことがあるなら、何らかの妨害手段を考え行使してくる可能性が高い。こちらはそれを計算に入れて動くべきと考える」


「えっと、妨害手段って……例えば、何かの魔法を使ってくるとか?」


 そのアイリーンの言葉に、俺はうなずく。


「ああ、当然その可能性も視野に入れておくべきだ。そしてアリスは魔術学院を卒業するだけの実力を持った導師級の魔術師だ。アリスの魔術師としての能力は、俺とそう大差はないものと推測される。少なくとも、俺が使える呪文の八割方まではアリスも使えると考えておくべきだろうな」


 俺がそう言うと、その場にいた少女たちが全員驚きの表情を浮かべた。

 サツキがその表情のままに言葉を発する。


「えっ……それって、敵にウィルがいるようなもんってことか……?」


「ああ。ゆえに事情聴取という形での直接対決となれば、こちらの手の内はだいたい読まれるだろうし、向こうもほぼ同じ手が使えるということになる」


「えっと……っていうことはつまり、どういうこと?」


 アイリーンが首を傾げる。

 俺は彼女に向け、少し丁寧に説明してやる。


「例えば俺が使える呪文の中には、嘘看破ディテクトライというものがある。この呪文を使えば、相手が嘘を言っているかどうかが俺には明確に分かる」


「──いぃっ!? じゃ、じゃあ、僕が嘘ついたの、全部ウィルにバレてるわけ……?」


 アイリーンが額から汗をだらだらと流し始める。

 俺ははぁとため息をつき、アイリーンの額を指先で小突いてやる。


「そんなわけがあるか。よほどのことがなければ隣人相手にそんな呪文は使わん。俺たち学院で学んだ魔術師は、そういった呪文の使用モラルは初年度に真っ先に叩き込まれている。技術的に可能であることと、実際にやることとを一緒くたにするな」


「あ、そ、そうなんだ、あははははっ……ふぅ」


 アイリーンは額の汗を拭う。

 この時点でこいつが俺に対していろいろと嘘をついていたことがバレているわけだが、まあ人間である以上嘘の一つや二つはついて当然だ。気にするようなことではない。


「だがそこから先が問題だ。この呪文は導師級の魔術師ならば誰でも使えるものだ。当然ながらアリスも使ってくるだろう。そうするとどうなるか──」


「えっとぉ……お互いに嘘がつけない?」


 アイリーンのその答えに、俺はうなずく。

 そこにサツキが横から口をはさんでくる。


「でもさ、それ別に問題なくね? こっちは何も後ろめたいことねぇんだからさ。正直の言い合いになったらむしろこっちのもんだろ」


「ああ、それに関してはサツキの言う通りだ。そしてその点に関しては、『アリスもそう考えるだろう』」


「……んん?」


 サツキは首を傾げる。


「つまりアリスの側からすれば、真っ向勝負に出たら負けが確定するということが分かっているわけだ。その場合、アリスの立場ならどうするか」


「あっ、えっ……? ……えっと、えっとぉ……はうぅ」


 サツキが頭からぽひゅっと煙を噴いてパンクした。

 その横にいたシリルが、代わりに答えてくる。


「ええと……逃走する、もしくは事情聴取そのものを拒否する?」


「ああ、その辺りが常識的な手段だろう。そして非常識な手段としては──」


「……誘い込んでおいて、先制攻撃を仕掛けて使者を闇に葬る、ですか」


 それを答えたのはミィだった。

 俺は彼女にうなずきつつ、補足をする。


「まあ、いずれの手段を取っても追い詰められる状況にあるならそういった手を打ってくる可能性もあるといった程度の話で、あくまでも憶測の域を出ないがな。実際にアリスがどういった行動を取ってくるかは、読み切れるものではない」


 俺のその説明に、一同がふんふんとうなずく。

 ただしサツキだけは、頭から煙を噴いたままぽけーっとしていた。

 俺はサツキのことは気にせず、先を続ける。


「だが一方で、確実に言えることもある。それは『アリスさえいなければどうとでもなるだろう』ということだ」


 俺がそこまで説明すると、アイリーンも納得したようで、その体をベッドの上にぱたんと投げ出した。


「なるほどね。つまり屋敷にそのアリスっていう宮廷魔術師がいないときを狙って訪問して、ひとまずはゴルダート伯爵だけを相手にしようってことか」


「ああ。アリスを正面から相手にするのはリスクが大きい。回避できるリスクは極力回避すべきだ」


「それでアリスに関しては、ゴルダート伯爵の相手をした後で別途対応するというわけね。確かに各個撃破したほうが、対処はしやすいかもしれないわね」


 シリルのその言葉に、俺はうなずく。


「そっかぁ……。にしてもよかったぁ、ウィルがいて。僕一人が指揮官として動いてたら、まんまと敵の腹の中に飛び込んでるところだったよ~。ありがと、ウィル」


 アイリーンは、身を起こしてベッドの上に座り、笑顔を俺に向けてくる。


「ああ、だがこれからだ。不確定要素も多いし、実践してみなければどうなるか分からん。いざとなれば、アイリーンたちの腕が頼りになるかもしれん。そのときは頼むぞ」


「うん、こっちのほうは任せてよ。どんな敵が来たってたたき切ってあげるよ」


 そう言ってアイリーンは、ベッド脇に置いた剣をぽんぽんとたたく。


 頼もしいのは結構なことだが、将来こいつが指揮官になったときが少し心配にもなる俺であった。

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