第53話

 王都グレイスバーグから出立し、都市アトラティアを経由して旅を続けること都合四日と半日。

 俺たちの一行はゴルダート伯爵の屋敷がある都市ゴルディアへと到着した。


 ゴルディアの入り口の市門をくぐったとき、時刻は夕刻。

 日が山間に差し掛かり暗くなり始めた空の下、アイリーンと俺たちの一行は都市の中央通りを歩いてゆく。


 都市ゴルディアは規模で言えば中の下といった大きさの都市だ。

 都市人口は三千人程度。

 都市の広さも、中央通りを十分ほども歩けば西門から東門まで横断できる程度のものである。


 これに都市の周辺にある百ほどの数の農村を加えた、総人口二万人ほどの領土がゴルダート伯爵領の全貌になる。


「ゴルディア伯爵の屋敷かい? それならこの先に上流階級の住居がたくさん並んでいる場所があるから、その中で一等大きな屋敷を探すことだね」


「そこがゴルディア伯爵の屋敷なんだね。ありがとうおばさん!」


 アイリーンは道端で一人の中年女性を捕まえて目的地の場所を聞き出すと、去ってゆくその女性にお礼を言って手を振った。

 それからぱたぱたと駆け寄ってきて、通りの脇で待っていた俺の横につく。


「お待たせ。あっちだって」


「了解だ。それにしても相変わらず、王族らしからぬフットワークで動くなキミは」


 王女の顔など国土全体に知れ渡っているわけではないから、こうして旅姿でいれば気付かれることはない。

 ちょっと容姿が端麗なだけの旅の少女、あるいは少年に見えることだろう。


「それって誉め言葉? それとも貶し言葉?」


「どちらかというなら誉め言葉か」


「えっへへー、やりぃ! ウィルに褒められた♪」


 アイリーンはそう言って、ぐっと手を握って小さくガッツポーズをとる。


 そして俺の幼馴染みは、近くにいたサツキのほうをちらちらと見て、思わせぶりにニヤリと笑う。

 それに対してサツキは、悔しそうな様子でぷるぷると震えていた。


「ぐぬぬぬぬ……」


「サツキ、落ち着くです。街中で喧嘩はダメですし、喧嘩しても勝てないです」


「分かってるよ! 分かってるけど、あの姫さん腹立つ~!」


「意識されてるだけいいじゃない。ちゃんとライバルとして認められてるってことでしょ」


「そうだけど! そうだけどさ~! あー、もう、うにゃあああっ!」


 ミィとシリルになだめられるも、サツキは奇声をあげつつ両手でばりばりと頭をかく。


 その様子を、道行く人たちがちらちらと盗み見ては去ってゆく。

 ……往来なのだから少し人目というものを考えてほしいのだが。

 うちの一行はただでさえ美貌の少女が揃っていて、人目を惹くというのに……。


 そんなことを考えていると、横からアイリーンが俺に相談をしてくる。


「ところでウィル、ゴルダート伯爵の屋敷には何人で行けばいいと思う? 僕とウィルは最低限として、サツキちゃんたちにはどこかで待っててもらったほうがいいのかな」


 そのアイリーンの相談内容は、今回のミッションの根幹を為す内容のものだった。

 誰を連れていくかという話は、これから行う事情聴取という名のやり取りがどういう方向に展開すると想定するのかという話でもあるからだ。


 俺たちがこれからやろうとしていることは、対話の相手が悪事を働いていた場合に、その相手にどうにかして相応しい罰を与えるということである。

 だがこれが、簡単なようでいて意外と難しい。


 先にも言及したことだが──アイリーンが王命で動いているとはいえ、その罰する理由に客観的正当性がないと、事情を知らない人々からは王権が横暴に振るわれたと見られてしまう。

 そうした王の権威に傷をつける行為は、アイリーンの立場上当然に避けるべきだ。


 だからこそ俺たちは、その客観的正当性を確保するために必要な情報を得る目的で、ゴルダート伯爵に直接の事情聴取を申し込もうとしている。

 すなわちこのミッションの目的は、ゴルダート伯爵との対話の中から、彼を批難するに足るだけの十分な情報を引きずり出すことにあるわけだ。


 そしてそのための方法には、俺にいくつかの考えがある。

 情報を引きずり出すこと自体は、そう難しくはないと考えている。

 だが一方で、厄介な難関もいくつかあるのだ。


 例えば──これは俺の手持ちの呪文の中で今回最も重要なものになると思うのだが、嘘看破ディテクトライという呪文がある。

 これは文字通り相手の嘘を見抜く呪文であり、この呪文を行使し適切な尋問を行えば、ゴルダート伯爵が「黒」であるなら、そのことがつまびらかになると予想される。


 だが一方で、虚言を指摘されたゴルダート伯爵がどういった行動に出るかは、考えておかなければならない問題だ。

 ひょっとすると、しらばくれるかもしれない。

 虚言であるかどうかを感知できるのが俺だけなのであれば、言い逃れの余地はなくはない。


 あるいは言い逃れもできなければ──もはやこれまでと、問い詰めに行った俺たちをその場で亡き者にしようと考えるかもしれない。

 極限まで追い詰められた人間は、どういった行動を取るか分からないのだ。


 そして伯爵の屋敷には、彼に雇われている護衛の兵も少なからずいるだろう。

 そうなったときに彼らがどう動くかは分からないが、戦いになる可能性を考えれば戦力は多いほうが望ましいから、サツキたちも連れていったほうがいいということになる。

 あるいは敵戦力の想定によっては、より多くの戦力をこちらも雇う必要性が出てくるかもしれない。


 だが一方で、話し合いに行くのに武装した人間が大勢で押しかけるのは、相手側に対話に応じないための口実を与えることにもなりかねない。

 ゆえにそのあたりに関しては、少し慎重に考える必要があるだろう。


 だがそれより何より、一番の問題は──


「──宮廷魔術師、アリス」


「えっ、何? アリスって確か、ゴルダート伯爵付きの宮廷魔術師だっけ?」


「ああ。そして今回のクエストの、最大障害だ」


 俺はアイリーンに、そう見解を伝える。


 相手方に導師級の魔術師がいることが、今回の何よりの障害だ。


 相手の出方によっては嘘看破ディテクトライをはじめとする俺の魔法が事実上封じられる恐れがあるし、何より相手方もこちらが使えるのとほぼ同じ手が使えるという事実が非常に厄介だ。

 俺が使える呪文のほとんどを、アリスも使うことができるのだ。


 俺はそれへの対策の一環として、王都グレイスバーグを出立する際に学院の教授に交信コンタクトをとって、アリスの外見情報を得ておいたのだが……。


「アイリーン、可能性としてだが、長丁場になることを覚悟しておいてくれ」


「へっ、どうして? 今日はまだ行かないの?」


「それは『見て』みないと分からん。ひとまず伯爵の館に行ってみるぞ」


「えっ、ちょっと待って……! ねぇウィル、何を企んでるの? 僕にも教えてよ」


 そうして高級住宅街へと続く道を歩き始めた俺を、アイリーンが追いかけてくるのだった。

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