第49話
その夜は王都で宿をとって、翌朝。
俺たちが冒険者ギルドに出向くと、窓口にいたのはやはり昨日の男だった。
「昨日伝えておいたウィリアムだが、指名クエストは来ているか?」
俺は窓口の男にそう質問する。
おそらくだが、指名クエストの依頼は昨夜のうちに入っているだろうと踏んでいたので、朝一番で聞きに来たのだが──
窓口の男は口の端を吊り上げ、こう答える。
「いいや、来ていないね。何だい、昨日中に依頼が入っているとでも思ったのか? いやはや、現実の見えていない夢見がちな少年というのは、なかなかに恐ろしいものだね」
ニヤニヤとしながらそう謳い上げる窓口の男に、カッとなったサツキが詰め寄ろうとした──そのときだった。
ギルドの入り口の扉が開き、一人の少女が駆け込んできた。
少女は俺の姿を認めて、声を掛けてくる。
「──あ、ウィル! ごめんねぇ、いろいろ準備に手間取って遅くなっちゃった。いまから依頼出すからね」
その少女は、いつもの男装姿のアイリーンだった。
彼女は俺たちの横を通り過ぎて、そのまま窓口の前に立つ。
「指名クエストを出したいんだ。窓口はここでいいかな?」
「えっ……あ、は、はい。──あのぉ……ひょっとして、もしかしてですが……アイリーン姫様では?」
窓口の男が、先ほどまでとはまるで違った態度で対応をする。
背筋を伸ばし、緊張したような態度だ。
「うん、そうだよ。でも王家からの依頼っていうよりは、騎士アイリーンからの依頼として扱ってもらったほうがいいかな」
それを聞いた窓口の男は、目をまん丸にして、あわあわとし始める。
「わ、分かりました。……それで、姫様が我々冒険者ギルドに、どういったご用件でございましょうか」
「うん、さっきも言ったように、指名クエストを出したいんだ。指名する相手は、ウィリアム・グレンフォードとその仲間のパーティ」
そう言われた窓口の男は、その額からだらだらと脂汗を流す。
そして俺のほうをちらと見つつ、アイリーンに進言する。
「えっと、その……差し出がましいことを申し上げるようですが、もしその依頼の受注予定者とお互い十分な信頼関係が築けているほどの間柄なのでしたら、当方冒険者ギルドを介さずに、直接本人たちに依頼することもできるのではないかと……」
窓口の男は、意外にも真っ当な指摘をしてきた。
この点に関しては、一般には彼の指摘の通りである。
指名クエストの制度は、依頼の受注者と発注者の間で面識程度はあっても、お互いに十分な信頼関係が築けているとまでは言い難いときに活用される制度である。
間に冒険者ギルドを介入させることで、何かトラブルがあった時の仲裁役としてギルドが機能するし、そもそもトラブルが起こりにくくなる。
そしてその役割が期待される分だけ、冒険者ギルドも仲介料を取れるというわけだ。
だがそれでも、物事には常に例外が存在する。
アイリーンは退かず、窓口の男に笑顔で答える。
「うん。でもギルドに仲介してほしいんだ。もちろん仲介料は取ってもらっていいし、ルール上は問題ないでしょ?」
「えっと……は、はい、問題はありません」
窓口の男は、平身低頭といった様子で、アイリーンに受け答えをする。
今回アイリーンに指名クエストという形式をとってもらったのは、王族の国家財務私物化と見られないように、間に公的機関をはさんでおこうという配慮からのものだ。
また俺たち冒険者側にとっては、クエストという形式を取ることによって冒険者ランク向上のためのクエスト達成回数のカウントに加えられるというメリットがある。
なおこのシステムを悪用すれば、金持ちは簡単に冒険者ランクを上げられてしまうという問題はある。
だがそもそも冒険者ランクのシステム自体が、未熟な冒険者にハイレベルのクエストを受けさせることによる状況対応能力不足を避けることを主な目的としたもので、不正をしてまで自ら死にに行く者の面倒までは見切れないというのが冒険者ギルドのスタンスなのだろう。
それに、あまり露骨にそれをやる者に関しては、例外的にギルドがNGを出すこともあるという。
ただ今回のこれは、その事例には該当しないはずだ。
俺は窓口の男に声を掛ける。
「というわけだ。その指名クエストを受領したい。処理を頼む」
「……で、では、そのように処理させていただきます。しばらくあちらでお待ちください……」
窓口の男は苦しげに呻くようにして、指名クエストの処理を行ったのだった。
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