第50話

 朝と昼の中間ぐらいの時刻。

 森を切り拓いた街道を歩く四人の冒険者と一人の王女の頭上からは、ぽかぽかとした陽光が降り注いでいた。


「いやぁ、いい天気だね。絶好のピクニック日和だよ」


 少年的な旅姿で俺の横を歩くアイリーンが、そんな感想を漏らす。

 俺は少し心配になって、彼女に確認の問いかけをする。


「……一応確認しておくが、この旅が王命を受けての任務だということを理解しているのかキミは?」


「あーっ、なんだよそれ! 分かってるよそんなの! 僕だってもう十七だよ、そういつまでも子ども扱いされても困るな!」


 アイリーンは俺の指摘に、ぷんぷんと怒った素振りを見せた。

 その仕草がいかにも子どもっぽくて、俺としては苦笑を禁じ得ないのだが。


 ──アイリーンが出した指名クエストを受領した俺たちは、早速彼女とともに王都を出発しゴルダート伯爵領へと向かっていた。


 俺たちが受けた指名クエストの内容は、「騎士アイリーンを補助し、彼女の任務達成の手助けをすること」というものだ。

 非常にざっくりとした内容だが、お互いの信頼関係を前提としたものであるため、こんな程度でも問題はない。


 この指名クエストの報酬額は、パーティに対して金貨百五十枚。

 これに加えて道中の旅費が支給される。


 なおこの報酬額は、Eランク三人、Fランク一人の冒険者パーティが受け取る報酬額としては相場の四倍にもなる破格の金額だが、「ごめんね。本当はもっと出したいんだけど、財務に掛け合ってギリギリ納得させられたのがこの額なんだ」とはアイリーンの談である。


 さて、そうした具合で指名クエストを受領して、いまは雇い人と雇われ人という関係のアイリーンと俺たちである。

 ゆえにいまの俺は、アイリーンをサポートするべき立場だ。


 その雇い主であるアイリーンが、話の流れでふと俺に向かって聞いてきた。


「それでウィル、どうしたらいいと思う?」


「……どうしたらいいとは、何についてだ?」


「攻め方だよ~。ゴルダート伯爵が悪事を働いているっていっても、本当かどうかいまいちはっきりしないじゃない? ウィルに言われた通り、兵はいらないから予算増やしてよって申請したから兵がいないっていうのもあるけど、それでなくてもいきなり屋敷に攻め入って御用だ御用だってわけにもいかないでしょ。どうしたものかなって思って」


 そう言って、腕を組んでうーんと考え込む仕草をするアイリーン。

 実際に意味のある思考をしているかどうかは定かではないが。


 アイリーンはサツキほどではないにせよ、どちらかと言えば武の世界に生きるタイプだ。

 立場上ある程度の教養は身につけているものの、昔から勉強時間に家庭教師の目を盗んでこっそり城を抜け出しては、俺を引っ捕まえて騎士ごっこをしたがるぐらいには頭脳労働が苦手な娘である。


 幼少期、一緒に行動していた頃には、何かあると「考えるのはウィルの仕事!」と丸投げされていたことを思い出す。

 懐かしいと言えば懐かしいが、同時に横暴に振り回されていた記憶までもが蘇り、何とも言えない気持ちになった。


 まあそれはさておき。


「どう攻めるか……」


 俺は顎に手をあてる仕草とともに思考に入る。

 すでに何度か考えた内容だが、再度の確認だ。


 ゴルダート伯爵の牙城にどう攻め入るか。

 アイリーンが言っている通り、伯爵の屋敷に武力で攻め入って悪党を倒して一件落着というのは、社会的に見てさすがに厳しいものがあるだろう。


 王命で動いているアイリーンは、いわば国王の権威の一部を預かっている状態だ。

 アイリーンが下手を打てば、それは国王アンドリューの権威や国民からの信頼に傷がつくことになる。


 そうした前提の下で、「伯爵が山賊を使って、自らの領土の村を滅ぼしたので成敗しました」というのは、周辺貴族や民衆に向けて説明するときの対外的なストーリーとしては、道理に無理がありすぎる。

 せめて真相を究明しないことには、身動きが取れないというのが現状だ。


 そう考えると、取るべき手段は──


「やはり、ここは正攻法を取るべきだろうな」


「正攻法っていうと?」


「伯爵の屋敷に平和的に乗り込んで、事情聴取だ。それをすることによってどうなるかは予測しきれないが、竜穴に入らなければ竜卵は得られない類の案件だろう」


「そっか。じゃあそれで行こう♪」


 アイリーンは無邪気な様子でそう言って、俺に笑顔を見せてくる。

 何だか妙にテンションが高い。


「……何故そんなに嬉しそうなんだ、キミは?」


「えへへ。なんかさ、ウィルとこうやって一緒に行動するのって久しぶりで、懐かしくって」


「気持ちは分からんでもないがな。お互いいつまでも子どもじゃないんだ。そもそもキミは王族なのだから、もう少し威厳や品位というものを身につけるべきではないか?」


「ぶぅー、出た出た、ウィルのお説教! でもウィルの前だからこんなだけどさ、普段の僕って結構、国民とか騎士のみんなからは人気あるんだよ? 『カッコイイ』『凛々しい』『踏まれたい』とかって」


「最後のそれはなんだ、と言及する以前に王女としてどうなんだそれは」


「あーもー、いいじゃん! 折角ウィルと旅してて王女の立場忘れられるんだから、いまぐらい大目に見てよぉ!」


 アイリーンはついに、そんなことを言いながら駄々をこね始めた。

 まったく、この様子を見せながらにして、いつまでも子ども扱いするなと言われても困るのだが。


 さて一方、その俺たちから少し離れて歩いているのが、サツキ、ミィ、シリルの三人だった。

 彼女らは三人で固まり、何やら話をしていた。


「ぐぬぬ……あんにゃろう、ちょっと幼馴染だからって、これ見よがしにウィルと仲良くしやがって……!」


「サツキ、ポジション奪われたですね」


「でもあそこに割り込んで行こうとしないあたり、サツキも意外といい子っていうか何ていうか」


「だってぇ、入れるスペースなさそうなんだもん……」


「ミィにはサツキが空気を読む基準が分からないです」


 ……と、そう言った具合で、あちらはあちらでそれなりに楽しそうな会話を繰り広げていた。


 俺たち五人はそのようにしながら、ゴルダート伯爵領へと向かう旅路を進めていったのだった。

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