エピソード5:悪徳貴族と女導師(前編)

第48話

 すっかり夜闇に包まれた世界で、魔法による街灯で照らされた夜道を歩いた俺たちは、やがて冒険者ギルドへと到着した。


 王都の冒険者ギルドは、外観からして都市アトラティアの冒険者ギルドとは規模が違う。

 俺はギルドの入り口の扉をくぐり、夜だというのに賑やかなギルド内を横切ってゆく。

 そのあとにシリル、サツキ、ミィの三人がついてくる。


 ギルドの窓口に行くと、そこにいたのは神経質そうな二十代中頃ぐらいと見える男だった。

 俺は彼に、要件を伝える。


「都市アトラティアで登録をしている冒険者だが、指名クエストが来たら対応してほしい。名前はウィリアム・グレンフォードだ」


 俺はそう言って、自身の冒険者証である銅製のプレートを提示した。

 すると窓口の男はそれを一瞥し、「ふん」と鼻で笑う。


「あのねぇキミ……この冒険者証を見たところ、Fランク冒険者だろう? 指名クエストっていうのは、キミみたいな初心者のためにある制度じゃないの、分かる?」


 彼はやれやれといった様子でそう言って、顎で俺の冒険者証を指し示し、それを持って立ち去れとジェスチャーで伝えてきた。


 驚くべき対応だ。

 まさかこんなところで、こんなよく分からない障害にぶつかるとは思ってもいなかった。


 だがこちらとしても、そう言われて引き下がるわけにもいかない。


「いや、ルール上は問題ないはずだが」


「はぁ……そりゃルール上はね。でもさぁ……あのねキミ、自分が冒険物語の主人公だって勘違いしがちな年頃なのは分かるけど、もうちょっと常識ってものを弁えたまえよ。ほら、行った行った」


 窓口の男は、シッシッと邪魔者を追い払うように手を振る。


 すると俺の後ろにいたシリルが、前に出てきて窓口の男に詰め寄った。


「あなたね、仕事なんだからちゃんとやりなさいよ。だいたいウィリアムは、あなたが思っているような勘違いをした新米冒険者ではないわ」


 そう言ってシリルは、窓口のカウンターに叩きつけるように自身の青銅製の冒険者証を出した。

 だが窓口の男は、それも一瞥しただけで苦笑いをする。


「Eランクね……。キミも美人なんだから、こんなFランクの男などと組んでいないで、もっと上位のパーティに取り入るとかしたらどうだね? この男にどれだけ惚(ほ)の字なのか知らないけど、もっと賢く生きなきゃあ。冒険者なんて女日照りのやつらばかりなんだから、その体を使えばわりと上位のパーティにでも潜り込めると思うよ?」


 そう言って窓口の男は、嘲笑うようにため息をつく。


 さすがにあまりの発言である。

 俺は彼に注意をしようと思ったが──


 ──ぶちんっ。

 俺の行動よりも早く、シリルの堪忍袋の緒が切れた音がした──ような気がした。


「あなたね! ちょっとそこから出て来てここに正座なさい! 小一時間説教してあげるわ! 出てくる気がないなら引きずり出してあげる!」


「どう、どう、落ち着けシリル! 気持ちは分かる! すげー分かるが落ち着け!」


 窓口の男につかみかかろうとするシリルを、サツキが慌てて羽交い絞めにしてストップをかける。

 シリルはふーふーと鼻息を荒くして受付の男を睨んでいるが、つかみ掛かるのはどうにか抑えたようだ。


 しかしどうにもこの受付の男の性質はひどすぎる。

 こんな人物を窓口に置くというのは、冒険者ギルドもよほどの人手不足なのか、それともほかの事情があるのか。


 だが窓口の男の悪態は、それで終わりではなかった。


「ふん、まったく……。この僕が直々に処世術を教えてあげているというのに聞く耳も持たないなんて、これだから平民は……。パパもコネで仕事を寄越すなら、もっとマシな仕事を紹介してくれればいいものを……」


 彼は独り言のようにぶつぶつとつぶやく。


 なるほど、どうやら彼は良家のドラ息子といったところか。

 冒険者ギルドも、有力者のコネでねじ込まれた人材であれば、付き合いの関係上あまり無碍には扱えないのかもしれない。


 だがいずれにせよ、最低限の仕事はしっかりやってもらわないと困る。

 俺は窓口の男に再度要求する。


「もう一度言う。ウィリアム・グレンフォード及びそのパーティへの指名クエストが来たら対応してくれ」


「……チッ、しつこいな。分かったよ、万が一そんなものが来るようなら対応してやる。分かったらさっさと帰れ底辺」


 そう言って再びシッシッと手を振る窓口の男。


 俺はやれやれと思いつつも、三人の少女を連れて冒険者ギルドを出た。

 去り際にサツキ、シリル、ミィの三人ともが、男に向けてべーっと舌を出していたのが印象的だった。

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