第38話
都市アトラティアを出発して街道を歩くこと、二日と半日。
三日目の夕方に差し掛かった頃に、俺たちは王都グレイスバーグへと到着した。
市門をくぐり、賑やかなストリートを通って一路王城へ。
サツキたちは途上、物珍しそうにストリートの様子を見渡していた。
「もうすぐ露店も店じまいの時間だってのに、こう賑やかなのはさすが王都だよな」
「そうね……。これはちょっと田舎者気分になるわね」
「ミィも王都に来るのは初めてです。ちょっとドキドキしてるです」
そう思い思いの感想を述べる少女たち。
俺は彼女らの様子を見て、一つ得心する。
「そうか、キミたちは王都に来るのが初めてなのか」
そう確認すると、サツキが胸を張って答える。
「まあ、あたしはよその国の王都なら行ったことあるけどな。──ウィルはこの王都、やっぱ初めてじゃねぇの?」
「ああ。幼少期はこのグレイスバーグで暮らしていた」
「へぇー! じゃあウィルはこの大都会で生まれた都会っ子なんだ」
「いや、厳密に言えば生まれは魔術都市レクトールなのだがな。父親の仕事の都合で幼い頃にここに越してきた。以後十三歳になってレクトールの魔術学院で寮生活を始めるまでは、ずっとこの街で過ごしていた」
「ふぅん。ちなみに親父さんは仕事、何してんの?」
サツキは何気なしに、そんなことを聞いてくる。
俺としては少々答えるのを躊躇う質問ではあったが、別に隠すべき内容でもないので素直に返答することにした。
「この王都グレイスバーグの宮廷魔術師だ。いまはその師団長として働いているはずだ」
「──はぁっ!? 王都の宮廷魔術師団長ですって!?」
するとシリルが横から、すごい反応を見せつつ食いついてきた。
口をぱくぱくとさせ、二の句を紡げずにいる様子であった。
そのシリルの様子に、サツキが首を傾げる。
「んー、何それ、すげぇの?」
「すごいわよ! だってまず、王都の宮廷魔術師っていう時点で導師級の魔術師の中でも特に生え抜きの超凄腕集団なのよ? その上その中でのトップって……つまりこの国の全魔術師のトップってことじゃない!」
そう言ったシリルは、青い顔をして震えていた。
それにしても、どうもシリルは人間の能力を過剰に重要視する傾向があるように思う。
自身がそれなりに有能であり、競争心や自尊心のようなものが強いせいなのかもしれないが……。
俺はそのシリルに向けて、自身の見解を述べることにする。
「まあ、俺の父親が魔術師として極めて優秀な能力を持っていることは認めるがな。それが直ちに人間として優れていることを示すわけではない。言うほど大した人間ではないぞ、あの男は」
俺がそう所感を述べると──
サツキ、シリル、ミィの三人の視線が、一斉に俺に集まった。
少女たちの目は一様に、奇異なものを見たというようにまん丸になっている。
「……何だ。俺は何か、おかしなことを言ったか?」
「いやぁ……ウィルが誰かを悪く言うのって、初めて聞いた気がすんだけど」
「ですです」
「そうよね。私もびっくりしたわ」
「…………」
……そうだろうか?
「……いや、気のせいか、たまたま口に出していなかっただけだろう。例えばフィリアの村の村人たちを皆殺しにした山賊たちは許せないと感じていたし、ゴブリン退治の際にはサツキの陰口だって叩いた記憶がある」
「うぅん、それはそうなのだけど……何ていうのかしらね、私怨みたいとでも言えばいいのかしら。ウィリアムらしくない気がするのよね。らしいなんていうのが私たちの勝手なイメージなのは分かるけれど」
「…………」
……私怨、私怨か。
どうだろう。
ないとは言い切れないが、別段恨んだり憎んだりしているわけでもないと思う。
強いて言うならば、俺は父親のことが──あの人物のことが好きではない。
それだけのことだろう。
「ねぇ、ウィル……」
「ん、何だサツキ」
ふと気づくと、サツキが俺の横で、俺のローブの裾をくいくいと引っ張っていた。
彼女のほうを見ると──黒髪ポニーテイルの少女はその瞳に涙をため、いまにもうるうると泣き出しそうな顔になっていた。
「あたしの陰口って、何……?」
「…………」
言葉に窮した俺は、困って頭をかくしかなかった。
その後シリルが仲裁をしてくれて事なきを得たが、しばらくサツキはしょんぼりとしたままだった。
さてそうこうしているうちに、俺たちは王城の前にたどり着いた。
王都グレイスバーグは街自体も高い市壁に覆われているが、その街の中にある王城は重ねて高い城壁に囲われている。
さらにその城壁の周囲は深い堀が囲っており、正門へはその堀の上を渡した跳ね橋を渡っていかなければならない。
俺たちは大型の馬車が渡れるほどの広い跳ね橋を渡り、その先にいる城門を守る門番へと要件を伝える。
俺が魔術学院の卒業生であることを示す紋章入りのメダリオンを見せつつ面会したい人物の名前を出すと、門番は奥にいた伝令らしき若い兵士に何かを伝えた。
そして兵士が奥に向かって走っていくと、門番は俺たちにこの場でしばらく待つように伝えてきた。
そうして、門の前で待つこと数分。
伝令に走った兵士が戻ってくるとともに、もう一人、俺が見知った人物がこちらに向かって駆けてきた。
「──わぁ、本当にウィルだ! 久しぶり、元気だった? ……って、そっちの子たちは?」
輝くような銀髪のショートカットに、少年的な凛々しさを持ちながらも華やかな笑顔。
腰に剣を提げ、王族でも男子が着るような衣服に身を包んだその人物こそ──
俺の幼馴染みにしてこの国の第一王女、アイリーン・グレイスロードであった。
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