第39話

「こんなところで立ち話もあれだから、ひとまず僕の部屋に行こう。ついてきて」


 アイリーンはそう言って、俺たちを城門の内側へと招き入れた。

 それから城館までの中庭を先導して歩き始める。


 それに俺が追従し、さらにサツキ、シリル、ミィの三人がおそるおそるという様子でついてきた。

 そのうちシリルが、少し小走りをして俺のすぐ横につく。


「……ね、ねぇウィル。あの人、本当に王子様なの……? 確かにカッコいいけれど、男にしては顔も声も体格も可愛すぎる気がするのだけど……」


 シリルが耳打ちするようにして、俺に向かって囁いてくる。

 アイリーンに聞こえないようにとの配慮だろう。


 ただ俺は特に内密に話す必要性を感じなかったから、普通の声量で返答する。


「いや、彼女──アイリーン・グレイスロードはこの国の王女だ。あの格好と『僕』という一人称は、言わば彼女の趣味だな」


「えっ……やっぱりそうなの? でもウィリアム、王都の知り合いは王子様だって言っていたじゃない」


「そうだったか? 俺は『王子様のポジションにいる人物』としか言った覚えがないが。今回の相談事に関して言えば、立ち位置的にはどちらでも似たようなものだろう」


「そ、それはそうかもしれないけれど……はぁ、あれで王女様なの……」


 シリルはいまいち納得がいかない様子だった。

 まあ無理もないだろう。

 あれを王女と言って初見で納得する者は、そうはいまい。


「彼女は幼少の頃よりやんちゃ娘でな。俺は家でゆっくり本を読みたいと言っているのに、彼女に無理やり連れ出されて一緒に街中を駆けずり回させられたり、この中庭で木の棒を使って剣士の真似事をやらされたりしたものだ」


「ふふっ。ウィルは男の子なのに、剣はからっきしだったよね。僕の全戦全勝」


 俺が特に声を潜めずに話していたためか、前を歩いていたアイリーンが顔だけを後ろに向けて話に参加してくる。

 対して俺は、アイリーンに向けて不満の感情を隠さずに言葉を返す。


「キミが強すぎたのもあるだろう。いま思えばキミのあの子ども離れした動き、あの時期からオーラを使いこなしていたんじゃないのか? あれはほとんど虐めだったぞ」


「ははっ、正解。僕も騎士たちに混じって訓練を始めてから、オーラっていうものがあるんだって初めて知ったよ」


 身体能力を強化する「オーラ」は、通常は高位の戦士が専門のトレーニングの末に身につけるものだと聞くが、中にはそうした訓練を受けることなく半ば素質だけでそれを使いこなす者もいる。


 言わばそれは「天才」とでも呼ぶべき存在なのだが、アイリーンはまさにその天才に該当する資質の持ち主であった。


 アイリーンが一国の王女という立場にあってなおいまの奔放ぶりが許されているのは、彼女のその才能ゆえなのであろう。

 彼女は俺より一個年下だからいまはまだ十六歳のはずだが、風のうわさで聞いたところによると、その若さにして王族を警護する近衛騎士と比べても引けを取らないほどの恐るべき剣の腕前だという。


 そもそも騎士という存在自体、高度の専門訓練を受けた戦士の中のエリートである。

 その訓練にはオーラの扱いに関するものも含まれており、それに加えて十分な実践経験をも積んだ熟練の騎士であれば、その戦闘力は平均をとってもCランク冒険者の水準に匹敵すると評価されている。


 さらに王族を警護する近衛騎士ともなれば、その熟練の騎士たちの中でも選りすぐりの実力を持った者たちであり、冒険者の水準で言えばBランクに匹敵するだろう。


 その近衛騎士にあの歳で比肩すると言わしめるのだから、まさに「末恐ろしい」という表現がぴったりくるのが、騎士としてのアイリーンという少女の有り様であった。


 だが一方で、それを聞いて一人不敵な笑みを浮かべる少女がいた。


 その少女──俺の横を何気なしに歩いていたサツキは、挑発をするような口ぶりでその言葉を発した。


「……へぇ、じゃああんたはさしずめ『姫騎士様』ってわけだ。あたしと同じぐらいの歳でオーラを使いこなせるってやつには、久々に会った気がするぜ」


 それはちょうど、アイリーンが城館の前にたどり着いたときのことだった。

 彼女は扉に手をかけようとして──その手を止めて、後ろへと振り返る。


「ふぅん……。キミのその格好、知ってるよ。教練書で見たことがある。確か東国の剣士で、侍(サムライ)とか言うんでしょ?」


「おーおー、知っててくれたか。そりゃ嬉しいね」


「で、その口ぶりだとキミも結構やれる口なのかな? ──何なら僕と手合わせしてみる? そこの中庭なら、場所としても格好だと思うけど」


 アイリーンがその表情に獰猛さを垣間見せつつ、中庭の騎士たちの訓練場になっていると思しき場所を指し示す。

 そして一方のサツキも、血の気の多さでは負けていなかった。


「おう。あたしもちょうど、あんたとやってみたいと思ってたトコだ。ちょっとツラ貸せやお姫様」


 そうして瞬く間に手合わせをすることになってしまったアイリーンとサツキ。

 その少女たちの姿を見て、ミィとシリルの二人はあきれたという顔になっていた。


「王女様、脳筋です……」


「サツキ並みの脳筋ね……」


 彼女らの感想に、俺も大きくうなずく。

 どうにも俺の周りには、血の気の多い女子が集まる傾向にあるようだな。

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