第33話
謁見室の奥の窓からは、朝日が斜めに挿し込み、光の帯を作り出している。
その前に立つ侍の少女の姿は、全身を返り血に染めながらも、どこか幻想的だった。
彼女はゆっくりと脱力し、刀を取り落とす。
からんと、床に落ちた刀が音を鳴らした。
少女は自分の両手を見る。
彼女は血に染まったその手に視線を落とし、呆然としていた。
「──終わったか、フィリア?」
俺がそう声を掛けると、少女はびくりと震えた。
背を向けていた彼女は、俺のほうへと振り向く。
「……はい。これで終わったん、ですよね」
はにかむような、怯えるような表情。
見れば少女の体は、青白くぼんやりとした光を放ち始めていた。
俺は何も答えられなかった。
それはミィとシリルも同じで、ただただ彼女の姿を見守るばかり。
そうしていると、少女がぽつりとつぶやく。
「あ、はい。あはは……死後の世界とかって、本当にあるんですかね? ──でも、分かりました、サツキさん。私、死んでも楽しくやりますから……サツキさんも、頑張って……」
サツキが何か言ったのだろう。
フィリアは答えつつ、着物の袖で涙を拭う。
だが少女の涙は、とりとめもなく溢れ出てくるようで、拭いたそばからまたぽろぽろと頬を伝って流れていた。
少女はそれでも頑張って拭いていたが、途中からどうしようもないと思ったのか、涙を拭うのをやめた。
それから、俺たち三人のほうへと向いて、いっぱいに泣き濡らした顔で、こう言ってきた。
「皆さん……ありがとうございました。あんなにわがまま言って、皆さんにも危害を加えようとしたのに、それでも、優しくしてくれて……ぐすっ……」
少女がまとう青白い光が、輪郭を大きくしてゆく。
それはサツキの体から、何かが出てゆくようだった。
──いや、「何か」も何もあるまい。
それはサツキの体から、フィリアの魂が抜けていく姿に違いなかった。
「あの酒場の夜、一緒に食べて、飲んで、お話しして、笑って……すごく楽しかったです。さようなら……本当に、ありがとうございました……!」
そう言ったが最後、フィリアの魂はふわりとサツキの体から浮き上がり──そして上から透き通るように、消え去っていった。
あとに残ったサツキの体が、支えを失ってどさりと崩れ落ちる。
そこにミィとシリルが慌てて駆け寄って、シリルが抱き起こし、ミィが声を掛ける。
「サツキ! 大丈夫ですか!?」
「……あ、ああ……わりぃ、ちっと疲れちまっただけだ。……けどフィリア……行っちまったんだな……」
抱き起こしたシリルの腕の中で、自分の体を取り戻したサツキは、力なくそうつぶやく。
そして彼女は俺のほうへと顔を向け、こう言ってきた。
「なあ、ウィル。……もっと、どうにかなんなかったのかな。あたしさ……ずっとフィリアと話しててて、あいつにはもっと幸せになってほしいって、ずっと思ってて……ほかに……何かなかったのかな……?」
サツキの瞳には、フィリアだったときの名残なのか、そうでないのか、涙がいっぱいにたまっていた。
だが俺は、そのサツキに向けて首を横に振る。
「いや、少なくとも俺の知る限りでは、一度死んでゴーストとなった者を人間として蘇らせる方法はない。俺が知る限りでは、これが最善の結果だ」
「そっか……」
山賊たちによって村が滅ぼされた時点で、すべての悲劇は確定していた。
俺たちは一介の冒険者であり、世の中の理不尽な出来事、悲しい出来事のすべてをなくすことなんてできはしない。
俺たちにできるのは、俺たち自身の人生をより良く生きること。
それ以上の何かは、行き掛けの駄賃程度に考えるべきだ。
……そう、割り切るべきだ。
「サツキが回復したら帰ろう。……あまり長居したい場所でもない」
俺は周囲の死体と血だまりと見渡し、そう提案する。
三人の仲間たちもうなずいて、サツキが少し回復すると、彼女に肩を貸しつつ血塗られた謁見室をあとにした。
──その帰り際、俺は
箱には鍵が掛かっており、さらには毒針の罠までもが仕掛けられていたが、いずれもミィが手際よく解除してみせた。
そして資料箱の中から目ぼしい資料を拾い上げて荷物袋にしまうと、俺は仲間たちとともに館を後にした。
その後フィリアの村に立ち寄って、村長の家の庭から報酬の金貨を掘り出すとそれも荷物袋にしまい込んで──俺たちはようやく、都市アトラティアへと帰還したのだった。
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