エピソード4:王都へ

第34話

 どんな出来事があろうとも、日常はまた始まる。


 山賊退治を終えて都市アトラティアに帰還した俺たちは、また食べて、飲んで、騒いで、そして寝た。

 俺も普段はあまり飲み過ぎないようにはしているのだが、昨日はまた少し酔って、シリル相手にどうでもいい論陣を張った記憶がある。


 非日常を、日常で洗い流す。

 冒険者にとっての休息とは、そういった意味もあるのかもしれない。




 俺は翌朝に目を覚ますと、まずは身支度を済ませてから、朝の日課である魔素測定マナメジャーの呪文を行使した。

 これは自身の魔素の量を測る呪文で、学院でも最初期に習う呪文の一つである。


「この数字……やはり、魔素総量マナキャパシティが伸びているのか」


 俺は呪文の効果によって得た数値を見て、ここ数日抱いていた仮説を確定的なものとして認識する。


 冒険者を始めてからこちら、どうも俺自身の魔素の総量が増え続けている気配があった。

 誤差の範囲である可能性も考えていたが、今日の数値を見るにどうにもそうではないようだ。


 魔素の総量は、その日その日の体調などによっても多少変化する側面がある。

 その日の調子によって最大で上下一割ぐらいまでは変化しうるから、前日と比べて多少値が伸びたとしても、それが自身の魔素総量の有意な増加であるとただちに考えてしまうのは早計であると言える。


 ただ冒険者として活動を始めた日の朝に105ポイントであった俺の魔素総量が、翌日の朝には109ポイント、その翌朝が108ポイント、それから109ポイント、112ポイント、113ポイント、111ポイントと来て、今日が117ポイントである。

 これはそろそろ有意な魔素総量の増加であると認識して良いのではないかと思う。


 そもそも魔素の総量は、先天的な差もあるが、トレーニングによっても伸ばしうる。

 魔素を限界近くまで使ってから十分な休息をとることによって魔素総量が伸びるというのは、学院の教科書に書かれているレベルの常識だ。


 ただそれによる魔素総量の増加には、通常「頭打ち」が存在する。

 トレーニングを始めた頃にはぐんぐん伸びる魔素総量も、やがて伸び幅が小さくなり、トレーニングを始めて三年ほどもたった頃にはそれ以上伸びが見られない頭打ちの状態になる。


 俺も当然その域にあって、本来ならば魔素総量の有意な増加はもはや見込めないはずだった。

 だというのにこのような現象が起こっていることは、非常に興味深いところだ。


 ただこうした事象にも、心当たりはある。

 過去の冒険者が記した記録の中には、冒険を積み重ねることにより能力の飛躍的な成長を遂げたとする例が少なくないのだ。

 自分の場合もそのケースに該当すると考えれば、前例はある話だ。


 しかし逆に、冒険者を続けていても別段大きな能力の成長は見られなかったという反証となる例も多い。

 この辺り具体的な原因はよく分かっていないが、俺の場合はたまたま「成長するほう」の条件に合致したのだと考えるべきだろう。


 まあいずれにせよ、その辺りの原因を解明するには情報が少なすぎる。

 また追々何かがつかめたら、探っていくことにしよう。


 さて、次。

 魔素測定が完了したら、次には金勘定である。

 ひとまずの目標額である金貨七百枚に、どれだけ近付いたか。


 アンデッド退治のクエストを受領する前段階では、冒険者を始めてから貯蓄した金額は金貨十一枚ほどであったが──


「……生活費諸々差し引きで、手元に残ったのは金貨三十五枚か」


 俺は私室で、金貨袋から取り出した金貨の枚数を数えながら、そう独り言つ。


 俺の個人収入の額は、アンデッド退治で金貨六枚と四分の一、山賊退治で金貨三十枚と四分の三で、合計額は金貨三十七枚になる。

 その四日間の生活費等がおよそ金貨二枚で、差し引きは金貨三十五枚だ。

 冒険者生活を始めてからの合計では、金貨四十六枚というのが総貯蓄額になる。


 これで目標額までは、あと金貨六百五十四枚。

 まだまだ目標額までは遠いが、冒険者生活を始めてからまだ一週間ほどであると考えれば一日当たり金貨六枚から七枚程度の貯蓄に成功しているわけで、これはFランク冒険者の貯蓄ペースとしては望外と言えるだろう。

 また今後冒険者ランクが上がればより報酬額が高いクエストも受領することが可能になるわけで、いずれにせよ慌てる必要はないだろう。


 なおフィリアの村の村長の家の庭に埋まっていた金貨の枚数は、数えてみると全部で百二十三枚あった。

 これをそのままそっくり報酬として頂戴したわけだが、この額はFランクの冒険者パーティが受け取る報酬額としては相場の五倍以上にあたる破格であり、その分だけ懐が大きく温まったと言える。

 通常はこれほどの収入は得られないと考えるべきだろう。


 そして俺は、数えるために取り出した金貨を小袋にしっかりと入れ、懐にしまい込む。

 それから別々の記録用紙に魔素総量と金銭の出納を記入し、それを丸めて紐で留め、荷物袋にしまった。


 ちなみにだが、この記入に使用している紙も、魔法によって生み出されたものだ。

 製紙クリエイトペーパーの呪文は、布形成クロスフォームの呪文と並び、いまの都市社会になくてはならない存在となっている。


 いくらかの局面ではいまだ伝統的に羊皮紙などを使っているケースがあるが、基本的には記録用紙としては魔法によって生み出された「紙」が使われるのが一般的だ。


 例えば冒険者ギルドで冒険者登録用に使われる羊皮紙も、無駄なコストであり紙を使うべきだという声も強くなってきていると聞く。

 伝統と情緒を重んじる者たちが反発しているのでいまだ羊皮紙が使われているが、それも時間の問題で、いずれはあれも紙に取って代わられるのであろう。


 冒険者が古代遺跡に潜り、そこで新しい呪文書を発見するたび、社会が大きく変化を遂げてゆく。

 そう考えると、冒険者の社会的役割の大きさはバカにできないはずなのだが、どうにも頭の固い権力者階層の連中は、そういった認識を持てないらしい。


 ゆえに冒険者の社会的地位は常に底辺だ。

 高ランクの冒険者となれば話は変わってくるが、Dランク以下の冒険者はチンピラ同然の鼻つまみ者として扱われるし、Cランク冒険者でも若干そのきらいは見られる。


 一般に街の人々から敬意を払われる傾向にあるのは、冒険者の中でもごく一握り、Bランク以上の者だけだ。


 俺の父親もあるいは、そこまで行けば、俺の選択を認めるようになるのだろうか。


「……やれやれ。俺もいつまで子どものつもりなんだかな」


 俺は自室で一人、自嘲を交えた苦笑を漏らす。


 どうにも父親のことを想起すると、精神年齢が下がってしまう己を自覚する。

 誰に認められるとか、そうしたことは関係ないと思って冒険者を始めたというのに、いまだすべてを手に入れたいという幼稚な願望が捨てきれないらしい。


 俺はそんな自分に呆れながら自室を出て、朝食をとるため階下の食堂へと向かったのだった。

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