第27話

 しばらく歩くと、木々の合い間から目的の館が見えてきた。

 俺たちは慎重に近づいていって、ある程度の距離で木々の影に隠れ、様子を見る。


 入り口の門の前には門番らしき男が一人、槍を手にして立っているのが見えた。

 門に背を寄りかからせ、うつらうつらと半ば立ったままうたた寝しているような様子だった。


「ミィ、行けるか?」


「はいです。あんなのカモです。楽勝です」


 俺が聞くと、ミィは自信の笑みを浮かべ、一人で見張りのほうへと向かっていった。

 彼女は途中、短剣を腰の鞘から引き抜きつつ、慎重かつ素早く相手の死角を選びながら距離を詰めてゆく。

 そして少女はやがて木々の間に消え、俺の目からも見えなくなった。


 次に彼女が視界に入ってきたのは、十数秒がたった後のことだった。

 門番の横手から忽然と姿を現したかと思うと、自然かつ素早い動きで滑るように標的に近付いて、相手にまったく気付かれることのないままに手にした短剣で門番の首をかき切った。

 門番の首から赤いものが噴き出したのが見え、そのまま門番は倒れる。


 ミィは門の前で、俺たちに向かって手招きをする。

 俺たちはその合図で、彼女のもとへと合流した。


「さすがミィ、見事な手並みだ。頼りになるな」


 俺がそう言ってミィの頭にぽんと手を置くと、獣人の少女は耳をぴょこぴょことさせ恥ずかしそうにしていた。

 そして彼女は、それからすぐに門の扉を調べに回った。


 一方サツキの姿をした少女はと言うと、絶命して倒れた門番を見て息をのんでいた。


「どうした、フィリア。やはりやめるか?」


 俺がそう聞くと、フィリアはぶんぶんと首を横に振る。


「そんなわけありません。──あいつらは絶対に許さない。絶対に皆殺しにしないといけないんです」


 フィリア──サツキの姿をした少女の目が、しばらく見ていなかった据わったものへと変わる。

 覚悟も据わったようだ。


 ──人を殺す、というのは、さすがに考えさせられるものがある。

 善悪の価値観のレベルと、生理的抵抗感のレベルとがあるが、少なくとも後者に関しては完全にそれを消し去ることはできない。


 ゴブリンを殺すというのとはまた一段階違う。

 同族殺しというのは、やはり一つ胸につかえるものがある。


 だがこの暴力はびこる世界で生きていれば、生命を奪うことや失うことに対して過剰にセンシティブになってはいられないのも現実だ。


 殊に自ら同族殺しを平然と行うような山賊たちに対しては、モンスター同様に単純に「敵」として扱うのが妥当であろう。


「分かった。では俺たちも依頼人であるフィリアのサポートをしよう。──ミィ、門の扉は開きそうか?」


 扉を調べていたミィのほうを見ると、彼女は首を横に振る。


「ダメです。向こうからかんぬきがかけられているみたいです」


 石造りの塀と木造の大扉で構成された門は、鍵穴をどうこうするタイプのモノではなく、盗賊シーフのミィでもこじ開けることはできないようだった。


 ならばと俺は、開錠ノックの呪文を唱えようとした。

 この呪文を使えば、閂がしてあるタイプの門扉であっても魔法の力でその閂をひとりでに動かして外すことができる。


 そう思って、呪文の詠唱を開始しようとしたのだが──


「でも、ちょっと待っていてほしいです」


 そう言うとミィは、門扉にあるでっぱりを器用に使ってするすると門をよじ登っていってしまった。

 そして塀の上から向こう側に音もなく飛び降りると、普通に閂を外して向こうから扉を開けてみせた。


「お待たせです。どうぞです」


 ミィは執事のように、扉の向こうから俺たちを出迎えた。


 ……まったくもって優秀な仲間たちだ。

 おかげで魔素を温存することができる。


 俺はミィの横を通り際に、その頭に手を置いてその頭を何気なしになでる。


「ミィは本当に大したものだな。感心する」


「ふにゃあっ……」


 ミィはまさに猫のようになって、猫耳をぴくぴく、尻尾を振り振りしながら照れくさそうになでられていた。

 この愛らしさは全世界の男子を虜にしそうだなと思いつつ、俺は彼女の頭から手を離す。


「……もう、ミィったら。腑抜けている場合じゃないでしょ」


「にゃっ、そうでした」


 シリルから冷たい目とともにツッコミを受けて、ミィが真剣味を取り戻す。


 そして俺たちは、門の先にあった中庭を抜けて館の本館へと向かっていった。

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