エピソード3:山賊退治
第26話
俺たちが山賊退治のために街を出たのは、飲んで騒いだその翌日の夕刻頃のことだった。
山賊たちが根城にしているのは、フィリアの村の近くの山林に入り、山道を半刻ほど歩いた先にある館のようだ。
その館は過去に物好きな貴族が建てたもので、そのまま飽きて打ち捨てられていたところを、山賊たちが占拠して棲みついたということらしい。
俺たちは道中で一泊野宿をして明け方頃にフィリアの村の近くまでたどり着くと、そこから街道を外れて横道へと入り、館へと繋がる山道を進み始める。
山道は広くはないがほどほどに整備されており、進むのに大きな苦はなかった。
「このあたりからは連中のテリトリーでしょうね。気を付けて進まないと」
「ですです。突然矢が飛んでこないとも限らないです」
静謐な朝に細い山道を登りながら、シリルとミィが小声でそう注意を飛ばす。
それを聞いてサツキ──フィリアが、緊張した面持ちで腰から下げた刀に手を触れていた。
俺は情報共有のため、彼女ら三人に自分が使った呪文に関して教えておくことにする。
「弓矢ならば問題ない。
俺がそう伝えると、ミィとシリルが立ち止まって、目をぱちくりさせて俺のほうを見てきた。
「……マジですか」
「マジだ」
「……いつも思うのだけれど、あなたの魔法って、ほとんど反則レベルよね。どこから飛んでくるか分からない弓矢に怯えずに済むって、どれだけのことだと……」
ミィとシリルからの評価は上々だった。
初学者には行使できないにせよ、さほど高位の魔法でもないのだが、魔法に明るくない者にとっては十分に驚くべき効果のようだ。
実際、
一時期には中位の魔術師を前面に並べて敵の射撃を無効化するという戦術が流行したこともあったが、この戦術は一歩間違えば貴重な兵科をむざむざと大量に失うことにもつながるギャンブル性の高い運用方法であった。
また敵方がその対策のために攻城弩を用意し始めたことや、現場の魔術師からの抗議の声が大きかったなどの事情もあって、こうした戦術は近年の戦争では廃れているらしい。
だが一方でこの呪文、今回のようなケースでは非常に有用であり、利用価値は高いと考えられる。
人間、あるいはゴブリンなどの弓矢を使うケースもあるモンスターを相手にする際には、十分に重宝する呪文であると言えるだろう。
もっとも──
「それも万一のための備えだ。それ以前に
例えば路傍に落ちているただの石ころに注意を向ける者がほとんどいないのと同じように、この呪文の範囲内のものは特別に注意を向けられるということがほとんどなくなる。
戦闘中など敵対者を強く意識している段階に至ってはあまり効果がないが、それ以前の段階であれば、隠密行動のための有効な手段となりうる呪文である。
「……あ、相変わらずの、とんでもない慎重さです」
「さすがというか、何というか……」
俺の説明を聞いて、なぜか呆れるミィと、肩をすくめるシリルである。
言い訳ではないが、俺は彼女らに一つ弁明をする。
「これでも先日のアンデッド退治での反省から、魔素の消費が大きい呪文の多用は避け、より少ない魔素の消費で高い効果を上げられる呪文を選んでいるつもりだ」
「……? 反省ですか」
「反省だ」
首を傾げるミィに、俺はオウム返しに答える。
一方彼女の横では、シリルが同様に不思議そうな顔をしていた。
「何か大きな失敗をしていたようにも見えなかったけれど。むしろあなたの怪物ぶりに拍車がかかっていたように思えたわ」
「それが失敗だ。不必要にリソースを多く切りすぎた。もう一つ何かトラブルがあったら対応に窮していた。サツキの戦力や神官であるシリルの存在も加味すれば、あの局面での
「はあ……あれだけのS級トラブルを手際よく解決してなお、結果オーライじゃダメなのね……」
どうにか俺の考えを分かってもらえたようである。
「今更だけどバケモノね」「バケモノです」という二人の会話が聞こえてくるが、気にしないことにする。
ちなみによく勘違いしている者がいるが、「反省」というのは失敗を悔やんだりしょぼくれたりすることではない。
次に同じ轍を踏まぬよう、失敗を糧に自身を改善するための思考が反省である。
失敗をしない人間はいないが、失敗を活かさない人間はいる。
その小さな差の積み重ねが、長期的には大きな能力の差となって現れる──そういうものだと俺は思っている。
「あの……」
と、そこで着物姿の少女が、おずおずと挙手をしてきた。
「なんだ、フィリア」
「その、さっきからサツキさんが、『さすがあたしのウィルだ。な、な、すごいだろフィリア?』ってグイグイ言ってくるんですけど……」
俺は頭が痛くなった。
「そうか。『俺はキミのものではない』と、そう伝えておいてくれ」
「あ、はい、聞こえてます。『何だよ何だよ~、フィリアの前でぐらい見栄張らせてくれたっていいじゃんかよ~』ってジタバタしてます」
魂がジタバタするとかあるのか。
研究対象としては興味深いが。
──さておき、いまはそのような楽しい雰囲気を求めるべきシーンでもない。
二重の保険をかけてあるとはいえ、ここはほぼ戦地なのだ。気を抜きすぎるべきではない。
「ともかく全員気を引き締めてくれ。防御を厚くしたせいで気を緩めたのでは、元も子もない」
「はいです」
「了解」
「わ、分かりました」
俺の号令に、あらためて警戒を強めるミィとシリル、それに緊張の面持ちで刀の柄をにぎりしめる侍姿の少女。
そうして俺たち一行は、山賊の館へと向かって山道を登っていった。
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