第28話

 館の本館の入り口までたどり着く。

 俺たち四人は、入り口の扉周辺の壁にぴたりと背をつけるようにして立っていた。


 この館の中に二十人か三十人かといった程度の数の山賊がたむろしているのだろうと推測される。

 ただなるべくならば、もっと詳細な敵の情報が欲しいところだ。


「……いびき、かしら?」


 シリルがぽつりとつぶやいた。

 確かに、耳を澄ませば館の内側から何やらいびきのような声が聞こえてくる。


「多分そうです。聞き耳をしてみるです」


 ミィは小声でそう伝えてくると、入り口の扉に耳をつけて聞き耳を立てた。

 その動作に扉を軋ませる音一つ立てないあたり、さすがの手際である。


「……入ってすぐのところに、何人かいそうです。いびきがいくつか聞こえるです」


 俺はミィのその報告を聞いて、思考に入る。

 このあたりは計画通りといったところか。


 俺たちがわざわざ道中で一泊して、ここに到着する時間を早朝、日の出頃に合わせたのには二つ理由がある。


 一つ目は、素直に朝に街を出て夜にここを訪れる形になると、闇夜の中を歩くためにたいまつなどの灯りをつける必要が出てくるという問題がある。

 認識阻害インセンサブルの呪文で存在を気付かれにくくしたとしても、その効果には限界がある。

 夜中に路傍の石が光っていては、注意を向けられる危険性はやはり高くなってしまうのだ。


 そしてもう一つの理由は、早朝の早い時間に到着すれば昼間やそれ以降と比べてまだ寝ている者が多いだろうと考えたことだ。

 結果は案の定で、ミィの報告から分かる通りである。


「でも起きてるのが一人もいないかどうかは分からないです。話し声は聞こえないですけど……」


 ミィのその言葉に、俺はさらに思考を巡らせる。


 まず考え方の前提として、二、三十人という人数の山賊に対し新米冒険者四人という戦力で真正面から衝突するというのは、完全なる愚策であるということが言える。

 俺たちは可能な限り隠密裏に事を進める必要がある。


 ここで彼我の戦力差に関して考察すると、山賊という稼業についている者たちを仮にモンスターランクで表すとしたら、GからFランク程度が大部分と考えるのが適切だろうと思われる。


 人間であるためゴブリンよりは体格が良く、武器もその辺の太い木の棒を拾ってきただけの棍棒ということはまずない。

 槍や斧など十分に殺傷力のあるものを持っている者がほとんどであると予想されるため、その点で脅威度は高いと言える。


 しかし一方で、専門的な訓練を受けている者はまずおらず、せいぜいが喧嘩慣れしたチンピラといった程度の技量であると考えられる。

 彼らの技量の平均値は、冒険者を始めるためにそれなりの訓練を積んできた者がほとんどであろうFランク冒険者の平均値よりも、幾分か低いと見るべきだろう。


 ただ、中にはそれなりに腕が立つ者も混ざってはいるはずだ。

 二、三十人という数の中に数人そういった者たちがいれば、彼らは山賊たちの中では幹部のような立場にあるのかもしれない。


 その幹部クラスで、おそらくはFランク程度。

 それ以外の十把一絡げは、Gランク程度の脅威度と見ておくべきと考える。

 これはHランクである一般のゴブリンよりは一段階上、という評定になる。


 一方こちらの戦力はというと、ミィやシリルは武器戦闘に関しては最低限の訓練を積んだ程度と言っていたから、戦士としての実力はFランク程度と見積もっておくべきだろう。

 これでも専門外と考えれば十分に優秀だが、そうは言っても多数の山賊たちを相手取って無双の戦いができるような水準でないことは間違いない。


 そして俺はというと、武器戦闘という面では明らかな戦力外だ。

 武器も十分な殺傷力のあるものは装備しておらず、そのための訓練も積んでいない。


 一人桁外れなのがサツキで、戦士としての能力は現段階で最低でもDランク、見方によってはCランク相当にも値するという逸材だ。

 彼女は十把一絡げレベルの山賊たちを、八人から十六人程度同時に相手しても互角の戦いができる程度の実力と見ることができる。


 もっとも、いま彼女の体を持っているのはただの村娘であったフィリアで、それによってどの程度戦闘能力が落ちるのかは正直なところ未知数だ。

 ただ彼女が乗り移ったときの自信に満ちた言動から察するに、その力の大部分は引き出せるのだろうと考えられるので、ひとまずはDランク程度の戦闘能力で想定しておいて良いと考えている。

 メンタル的な部分で多少の不安定は出てくるかもしれないから、それは計算に入れておく必要があるのだが。


 なお先に「サツキは単身で二、三十人の山賊たちと互角の戦力」と評したのは、彼女がそれなりに戦術的にふるまい、最低限の各個撃破戦術を目論んだケースを想定しての話だ。

 真っ向から二十人以上の人数と戦ったら、いかなサツキと言えども為すすべなく惨殺されて終わりだろう。


 さて、それはともあれ。

 いまの俺たちがまず考えるべきことは、入り口付近、目の前の扉の向こうにいるであろう山賊たちをどう対処するかだ。


 山賊たちの全員がそこに集まっているとはまず考えづらいが、ミィがもたらした情報によれば少なくとも数人程度がそこにいることは間違いない。


 その全員が眠っていれば眠りスリープの呪文を使うまでもなく寝首をかくことができるだろうが、何人か起きている者がいれば展開次第によっては面倒なことになりかねない。

 仲間を呼びに行かれて総力戦にでもなれば、その時点で攻略計画はすべて破綻する。


「むー、こうなると、全員眠っているほうに賭けてこっそり忍び込んでみるしかないかもです」


「どうかしら。それよりは全員で一気に強襲を仕掛けたほうが、結果としてリスクが小さくなるかも……」


 ミィとシリルが小声で相談し合い──それから二人の視線が俺のほうへと向く。


「ウィリアム、中の状況が知りたいです。ゴブリンのときに使った魔法の目ウィザードアイというのは使えないですか?」


 ミィがそう聞いてくるが、それはいまいち上策とは言い難い。


「いや、魔法の目ウィザードアイは扉や壁をすり抜けることはできない。どの道この扉を開ける必要がある。それに魔法の目ウィザードアイも比較的高位の呪文だ。あれを使うぐらいならば、このケースならば透視シースルーを使ったほうが効果的だろう」


「むぅ、そうですか。なら魔法の目ウィザードアイを使うぐらいだったら、ミィがこっそり覗いたほうが……え、なんです?」


 考え込んでいたミィが、俺の後半部の発言に首を傾げた。


透視シースルーを使う。これも高位の呪文だから魔素の消費はそれなりだが、この状況ならば使うだけの価値はあるだろう」


 俺はそう答えて、呪文の詠唱を開始した。


 透視シースルーの呪文は、効果範囲内にある壁などの障害物を無視し、その向こう側を「見る」ことができるようになる呪文である。

 呪文の効果範囲はちょうど目の前にある館をすっぽり収納する程度であり──つまりはこの呪文を使うことで、この館内の全容を「見る」ことができるようになる。


 俺は呪文を完成させると、館内の全容を把握しにかかった。

 山賊たちがどの部屋に何人いて、そのうち何人が寝ていて何人が起きているのか、起きている者たちは何をしているのか、武器は携帯しているのか──などなどといった情報を確認してゆく。


 音声情報などは得られないので完璧な情報ではないが、そうやってひとまず全体像の把握を終了すると、仲間たちに向けて直近で必要な情報から横流しした。


「この扉の前はホールだ。六人の男がいて、その全員がホールの地面に横たわって眠っている様子だ。酒樽があり、食べカスがあちこちに散乱している。村からの略奪物で日がな毎日飲み食いをしているばかりのようだな……いいご身分なことだが、それが仇だ。これならばたやすく始末できる」


 そう私感を交えて報告すると、ミィとシリルの二人はどこか清々しいものを見るような目で俺のほうをぼんやりと眺めていた。

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