第12話

 「モンスターランク」という指針がある。

 これはモンスターの強さや驚異度を段階分けして示したもので、冒険者の冒険者ランクに対応した記号で表される。


 例えば、一般的なゴブリンのモンスターランクは、Hランクである。

 これは冒険者登録をしたばかりのFランク冒険者の平均値と比べて、二段階下のランクのモンスターであることを意味する。


 一般には、ランクが一つ上がるごとに、モンスターの強さは二倍になる。

 ここで言う二倍というのは、あるランクのモンスター二体が、一ランク上のモンスター一体と互角の脅威度だという意味である。

 戦力二乗則に基づいて考えれば、実際の強さは四倍という言い方もできるが、ここでは便宜上、二体分の強さという意味で二倍という言葉の使い方をする。


 さてそう考えると、一般的なFランクの冒険者一人は、Hランクのゴブリンの四倍の強さがあるということになる。

 つまり、Fランクの冒険者一人と、ゴブリン四体とが戦って互角。

 非常にざっくりとした物の言い方になるが、一応の指標としてはこのように考えることができる。


 ただ、互角だからと言って、実際にゴブリン四体と一人で戦おうとするFランク冒険者はいない。

 互角の相手と命のやり取りをするということは、すなわち五分五分で命を落とすということだからだ。


 真っ当な冒険者ならば、命を落とすリスクを減らすために、一定以上の戦力バッファ──つまり「余裕」を取る。

 この余裕をある程度加味して定められたのが、冒険者ギルドでクエストを受領する際の実力値のシステムであると言えるだろう。


 例えばゴブリン退治のクエスト。

 ゴブリンは一つの群れが二十体ほどで構成されることが多く、Fランク冒険者四人とゴブリン二十体とでは、戦力的には冒険者側に分が悪いと言える。


 ただ二十体のゴブリンと一度の戦闘で総力戦をすることは通常なく、一定のまとまりごとに各個撃破するという戦術を取ることが前提になるため、ケースバイケースはあるにしても、Fランク冒険者四人程度の戦力で、ある程度対応できるだろうという見込みになる。


 戦力的な余裕は、一般的には二倍から四倍程度を取るのが望ましいと言われている。

 Fランク冒険者四人のパーティなら、ゴブリン四体から八体程度を同時に相手にするのが適正だ、ということになる。

 もちろん余裕はあればあるに越したことはないのだが、それだけの実力があるならもうワンランク上の、より報酬の良いクエストを受けたほうが良いという考え方になる。


 ただ個人的な見解としては、二倍という水準には否定的だ。

 俺が好きな本の作者で、四十六歳で引退するまでおよそ三十年間を冒険者として生き延びた先達の記述によれば、ちょっとしたミスや不運、アクシデントで命を落とす者が頻繁に現れるのが、二倍という水準なのだという。


 ちなみにだが、彼が書いた冒険に関する書物は、あまり評判が良くないらしい。

 世間は大幅に脚色された血湧き肉躍る冒険物語というものを求めているらしく、彼のような慎重かつ堅実なスタイルの冒険者生活に関する記述は、求められていないのだそうだ。

 俺は虚飾のない現実にこそ魅力を感じるので、この世間とやらの意見にはまったく同意できないのだが──まあ、それはさておき。


 話は逸れたが、ともあれ冒険者とモンスターの戦力の対比は、通常そういった一定の余裕を視野に入れて考えるべきものだ、ということである。


 さて、そこでようやく本題だ。

 ゴブリンロードに関してである。


 ゴブリンロードのモンスターランクは、Eランクである。

 これは、「普通のFランク冒険者」が二人掛かりで挑んでようやく互角、戦力の余裕を考えるなら四人掛かりで挑むのが最低限という強さの水準になる。


 ただ、「普通のFランク冒険者」というのを、学院を落第した初学者クラスの魔術師あるいはそれと同等の実力を持った冒険者たちであるとするなら、少なくとも俺はその水準にはないと言えるだろう。


 そしてもう一人──サツキ。

 シリルの言葉を信じるなら、彼女もまた、相当な実力者であるということになる。

 彼女の実力は、いかほどのものか。


「サツキ、一つ聞きたい」


 俺は最後の広間までの道のりを歩いている途中、サツキの傍に寄り、その耳元に小声で話しかける。


「な、何だよウィリアム。ち、近い、近いから」


「そろそろ敵の本拠も近い。あまり大声で喋るわけにもいかん」


 何を勘違いしたのかうっすら頬を赤らめたサツキを、俺はそう嗜める。


「……そ、そうか。んで、何だよ」


「サツキは一対一で戦って、ゴブリンロードに勝てるか?」


 ひとまずは真っ向に聞いてみる。

 本人の認識は、鵜呑みにはできないまでも、一つの重要な情報となりうる。

 だが、それに対するサツキの返答は──


「さぁ、どうだろうな。やってみたことねぇし、そもそもゴブリンロードってのがゴブリンとどう違うのかも分かんねぇし」


 なるほど。

 ゴブリンロードをそもそも知らないのであれば、判断基準にならない。


「ならば質問を変えよう。サツキは一人で、ゴブリン八体と戦って勝てるか?」


 これは非常に雑な物の考え方だ。

 Hランクのゴブリン八体と、Eランクのゴブリンロード一体を等価と考えるやり方。

 ただ、いろいろと問題はあるにせよ、一応の指針ぐらいにはなるだろう。


「はぁ? ゴブリン八体? あたし一人で、いっぺんにか?」


「ああ」


「そりゃあ──」


 サツキは何かを想像をするように、顎に手をあて、斜め上方へと視線を向ける。

 そして、


「──楽勝だろ。屁でもねぇ」


「……ほう」


 サツキは断言した。

 強がりという風にも見えない。

 まったく自然な、自信に満ちあふれた返答。


 ──面白い。


 ならば予定変更だ。

 彼女がどれほどの力を持っているかを正しく知っておくことは、今後彼女らとパーティを組んで冒険をしていくにあたっての、重要かつ貴重な情報となる。

 それは多少のリスクを取ってでも、獲得しておく価値のある情報だろう。


「サツキ、キミは汚名返上の機会が欲しいと言っていたな」


「ああ。それっぽいことは言った気がするけど」


「ならば、次の戦いで見せてもらう。ゴブリンロードだけは『残しておく』。サツキの実力を見せてくれ」


 俺がそう言うと、サツキは立ち止まって、唖然とした顔で俺を見てきた。


「……あのさ、ウィリアム」


「ん、何だ?」


「ひょっとして、あんた──ボスとの戦いも、全部眠らせて終わりにするつもりでいたの?」


 呆れたという様子のサツキ。

 それで、ああなるほど、そこからかと気付く。


「まあ、それ以外にもいろいろと保険を掛けるつもりではいたがな。概ねその通りだ」


「ははは……あっ、そう……」


 俺の返答に、サツキはひくついた表情を見せたのだった。

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