サツバツ!個人スシバー

@oisio

マグ…いや…合成マグロだ…

ネオサイタマの裏路地に、ひっそりと店を構える個人スシバー、そこにハンチング棒に薄手のコートを羽織った男が一人訪れた。「やあ、お待ちしていましたよ」

カウンターで出迎えた男は、一見してはそうと分からないが、実はロボットである。その証拠に、彼の口元は微動だにしない。

「…………ほう、いい雰囲気ですね」

男――Dの口から洩れた言葉には、どこかしら皮肉めいたものが含まれている。店内を満たす空気には、生身の人間では醸し出せない独特の香気があったからだ。

「カウンター席へどうぞ」

ロボットの言葉に従いながら、Dは眉根を寄せていた。ワサビの匂いが鼻をつく。

奥のテーブルに腰を落ち着けると、ロボットがメニューを差し出した。

「当店のご利用は初めてですか?」

「いや、二度目です」

Dは嘘をついた。ロボットは追及しなかった。

「そうですか。初めての方が大多数なのですがね。まあ、お任せください。本日のお勧めはこちらです」

ロボットの指先が示したページを見て、Dは驚いたように眼を見開いた。

「マグロか。珍しいな」「ええ、お目が高い。産地直送です。もちろん鮮度も保証いたします」

「いや、そっちじゃないんだが」「はい? ああ、そちらは少々値が張りますからね。でも、大丈夫ですよ。今なら半額サービス中です」

「いや、これは合成マグロだろう。これほど精巧な合成マグロは見たことが無い。」「さようでございますか。いや、嬉しいですな。私どもの自慢でしてね。――しかし、よくご存じでいらっしゃる」

「おれはプロだからな」

「プロとは?」

「寿司職人だよ」

「ははあ」ロボットは感心したように首を振ってみせた。

「それでしたら、あなた様の腕前は相当のものでしょうな。――失礼しました。まだ自己紹介しておりませんでした。私はオーナーシェフの代理を務めさせていただいております〈シャリ〉と申します。以後、よろしくお願い致します」

「おれの名はDだ」

「おお、それはまた随分とお洒落なお名前でいらっしゃいますな」

「本名ではない」

「そうですか。では、何とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「好きにするといい」「それでは、Dさんとお呼びしても構いませんかな?」

「勝手にしろ」

「ありがとうございます。ところで、先ほどおっしゃいましたプロということについて伺ってもよろしいでしょうか?」

「別に秘密にしているわけではない」

「何か特別な修業をなさったとか?」

「修業などしていない。ただ、おれには生まれつき才能があるのだ」

「ははあ、才能、ですか」

「そうだ。それも天才的なな」

「いや、そこまでおっしゃられるとは、実に素晴らしいことです。是非とも一度拝見したいものですな」

「見るか?」

「よろしいのですか?」

「かまわぬ」

「それでは、お言葉に甘えて」

「よし」

席を立ったDは、そのまま壁際へと歩いていった。

一メートルほど手前で立ち止まると、右手を軽く前に突き出した。

掌を開いていく。

五本の指が握られた時、その手の中に光るものがあった。

小さなスシである。

「ほほう」

ロボットの声は、明らかに驚きの色を帯びていた。

「それがあなたの力ですか?」

「そうだ」

「素晴らしい」「この程度で驚くな。本当の力はこんなものではない」

「すると、もっと凄いものがおありになるわけですね」

「見せてやろうか」

「ぜひ」

「だが、まずは注文だ」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

ロボットは厨房へ戻っていった。

十分後、ロボットが運んできたのは、マグロの握り三種盛り合わせだった。

「さあ、どうぞご賞味ください」

「うむ」

箸を手に取り、Dはゆっくりと吟味していった。

「いかがです?」

「うまい」

「恐れ入ります」

「どうやら本物のようだな」


「お墨付きをいただけるとは、嬉しい限りです」

「これだけのものを、よくもまあ揃えたものだ」

「材料は、すべて最高級のものを取りそろえております」

「産地直送というのも、嘘ではあるまい」

「はい。そして、これが私どもの自慢でしてね」

ロボットが指し示したのは、カウンターの上に置かれた大きな箱だった。

「そちらは?」

「当店特製の合成マグロです」

「なに、本物より旨いと?」

「はい」

「どうぞお試しを」

「では」

ロボットが差し出した合成マグロを口に入れ、Dは思わず眼を見張った。

「これは…………」

「如何です?」

「確かに本物以上の味だ。しかし、何故だ? どうやってここまでの味を再現した?」

「企業秘密です。それに、秘密を守ることは、お客様に対する礼儀だと心得ておりますゆえ」

「わかった。訊かないことにしよう」

「ご理解いただいて感謝します」

「では、もう一つ頼みたいものがある」

「何でしょう?」

「そちらの合成マグロと天然マグロを一つずつ、おれの前に出してくれ」

「よろしいのですか?」

「かまわん」

「わかりました。少々お待ちを」

ロボットが去った後、Dは合成マグロとマグロを食べ比べながら、眼を細めた。

「ふうん、なるほど、そういうことか」

合成マグロは、マグロの切り身そっくりな外見で、匂いもマグロそのものなのだが、食感や風味が異なるのだ。しかも、合成マグロのほうが旨い。「これは面白い。ますます気に入ったぞ、この店は」

そうつぶやきながらも、Dの頭脳は回転を続けていた。

これほどの合成マグロの秘密…一体なんだ?…

ロボットが再び現れた時、彼は言った。

「もう一品頼もうと思っていたのだが、その前に教えてくれないか?」

「何をでございましょう?」

「おれのような客は、他にもいるのか?」

「はい。あなた様と同じように、合成マグロと天然マグロを召し上がる方々が、すでに何人もおいでになります」

「そいつらは、おれと同じ疑問を抱いたか?」

「はい、あなた様とまったく同じことをおっしゃいました」

「では、そいつらにこう伝えろ。これから言うことはすべて真実だとな。――おまえたちが食っているものは、偽物だ。本物の味を知っている者だけが、この店に来る資格があると」

「かしこまりました。必ず申し伝えます」

「それから、もう一つ注文だ」

「何なりとお申しつけください」

「この店のメニューをすべて持ってこい」

「よろしいのですか?」

「ああ。ただし、一つ残らずだ」

「かしこまりました」

ロボットが去ると、Dは最後の合成マグロを口に運んだ。

「ふうん」

合成マグロは、やはり本物の味を再現していた。

「さすがに、大したものだ」

感心しながら、Dは合成マグロを噛み締めた。

それから、ゆっくりと店内を見廻した。

カウンターには誰もいない。

ロボットは、奥で何かしているようだ。

「さて、今度はどんな料理がくるかな」

独り言を洩らした時、ロボットが戻ってきた。

手にした盆の上には、五つの皿が載っている。

「お待たせいたしました」

「何だこれは」Dの前に出されたのは、黒光りする巨大な塊であった。

直径一メートルはあるだろう。

表面はゴツゴツしており、赤い肉片や黄色い脂肪などが付着していた。

「それは合成マグロのステーキです」

ロボットは平然と説明を加えた。

「どうぞお食べ下さいませ」

「これをか?」

Dが眼を剥いたのも無理はない。

「はい」

ロボットはうなずいた。

「いただきます」

合成マグロを平らげたDが言う、

「まだあるか?」

「はい」

ロボットが持ってきたのは、全長三〇センチもある合成マグロの串焼きだった。

「これも、合成か?」

「はい」

「ふうん」

合成マグロを口に運んでから、Dは首を振った。

「こんなに旨いとは思わなかったな」

「ありがとうございます」

「しかし、味はともかく、この大きさはどうだ? いくら何でも大きすぎるぞ」

「それぐらいないと、腹に収まらないでしょう」「そうかね。だが、おれは普通の人間よりかなり大きい方だ。それでも、これだけの大きさは食えんな」

「では、お下げしましょうか?」

「そうしてくれ」

「わかりました」

合成マグロのステーキと合成マグロの串焼きと合成マグロの刺身と合成マグロのスープが下げられ、代わりに、高さ二メートルほどの水槽が運ばれてきた。

「こちらは、当店自慢の天然マグロでございます」

ロボットが告げると、中から一匹のマグロが顔を出した。「ほう…………」

思わず声を洩らしたDである。

天然マグロは、Dの眼前で優雅に身をくねらせた。

「いい色艶をしているな」「はい。養殖ものと違いまして、脂も乗っております。これこそ、最高級の天然ものです」

「では、その天然ものをおれの前へ出せ」

「よろしいのですか?」

「当然だ」

「かしこまりました」

ロボットが下がると、入れ替わりに、体長一メートル近いマグロが、Dの前に現れた。

「イヤーッ!」

雄叫びをあげるとDは手刀で瞬く間にマグロを解体して見せた。Dはニンジャであった。

解体したものを、ロボットが差し出した皿に載せて、Dは言った。

「さあ、食わせてもらおう」

「はい」

ロボットはナイフを手にした。

「何をする?」

「はい。お好みの部位をお選び下さい。まずは、頭からいかがでございましょうか?」

「よかろう」

「ありがとうございます」ロボットはナイフを突き立てた。

「イヤーッ!」

再びDの手刀が閃き、血飛沫とともに脳髄が吹き飛んだ。

「さて、次はどこを食べようかな」

呟いて、Dは皿を舐めるように見渡した。

「やはり、ここは心臓か」つぶやくと、Dは心臓を食い始めた。

たちまちのうちに、皿は空になった。

「ふうむ」満ち足りた吐息をついて、Dは立ち上がった。

「もう、お帰りでございますか?」

ロボットが訊いた。

「ああ」

「ありがとうございました」

「礼を言うのはこちらの方だ。なかなか旨かった」

「ありがとうございます」

「また来る。今度は、もっと旨い物を食わせてくれ」

「かしこまりました」

「それから――」

「俺が来たときはお前が対応しろ、オーナーは失禁するだろうからな」

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」

ロボットが顔をあげるとニンジャの姿は既に消えていた。




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