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翌日。
相変わらず、仁は欠伸を噛み殺しながら、教室でぼさっと授業を受けていた。
昨夜も日課で白熱したので、毎日朝は眠くて仕方がない。
いつも通りの日常。変わる事のない学生生活。不干渉が美徳の学び舎。
何も、変わることはない。
それが、仁の選択だった。
昨日の夕方、結局、仁は……玩具のクロサワに立ち寄らなかった。
そのまま真っ直ぐ家に帰って、いつも通りに諸用を済ませ、いつも通りに夕飯を食べて、いつも通りに両親に短い言葉を投げてから、自室にこもって『you3829』との日課をこなした。無論、対戦以外は何もしていない。
よくよく考えてみれば、それ以外をする必要がなかった。
もう、黒澤裕子とは何年も会話していない。そもそも小学校すら別だったし、接点はホビーショップでの幼少期の会話だけ。今どんな姿であるかすら知らない。
だいたい、『you3829』が黒澤裕子であるという保証もない。
親父さんかもしれないし、親戚の子供か誰かと言う可能性もある。
そもそも、微妙に仁の記憶違いでしかなく、実は微妙に違う文字列で、全くの勘違いである可能性も多分にあるのだ。
何より、よしんば『you3829』が黒澤裕子だったとして、今更何を語るというのだか。
もう、『you3829』との連日の日課は三ヶ月にも渡っている。その間、お互いに対戦以外何もしていない。意思疎通らしい意思疎通はゼロだ。お互いにその必要を感じていない。しかも、仁の使っているアカウントは当時とは別物だ。小さい頃は親のメールアドレスを使ってアカウントを作成していたが、スマートフォンを買い与えられた時に一新し、全て自前のメールアドレスを使った新しいアカウントに変更している。つまり、『you3829』が黒澤裕子だった場合、相手が仁とは知らずに対戦している事になる。となると、これは赤の他人だから遠慮なく遊んでくれているという可能性だってあるという事になり、仁と知った途端に動きが鈍るか、最悪日課を辞めるという可能性すらあるという事だ。
まぁ、別に対戦相手がいなくなったところで仁もそこまで困るわけでもないが、だからと言って遊び相手が減るのはそれはそれで惜しい。相手がいるならいるなりに楽しみ、いなければいないなりに楽しむだけではあるが、相手がいるなりの楽しみは、相手がいなくなれば当然出来なくなるのである。
だったら、相手がもし黒澤裕子だとすれば、受験シーズンになる頃にはどうせいなくなるだろうし、違う相手だとしても、いずれ飽きれば消えるだろう。
なら、この高確率で期間限定の楽しみを、今すぐに御破算にする必要は……どこにもない。それに、仮に黒澤裕子だった場合、彼女の実力は当時は仁の足元にも及ばなかった。それが今は対等かそれ以上の実力を兼ね備えて連日の対戦に挑んでいるということは、それだけ血の滲むような努力をしたという事である。それだけ積み上げた彼女の実績と実践の現場を、そんなつまらない事で潰してしまうのは気が引けた。
故に、仁は何もしなかった。
現状維持を選択した。
十年続ける日課を辞めなかったように、この三ヶ月の日課にも余計な干渉はしないことにした。
多数よりも少数を好み、騒乱よりも静謐を好み、多弁よりも寡黙を好み、介入よりも不干渉を好む今の仁には、これ以上、『you3829』の素性を探る理由はなかった。
なんだったら、煩わしかった。
本当に何も知らない、赤の他人でいてくれた方が良かった。
まだその可能性が残っている以上、そちらの方に仁は認識と希望を寄せる。
真実など、重要ではない。
夜になれば、画面の向こうに対戦相手がいる。
それなら、もうそれで十分だろう。
それ以上に望む事など、何もない。
言葉も、会話も、何もいらない。
意思疎通など必要ない。
ただ、対戦だけすればいい。
それ以上なんて、今の仁には必要ない。
恐らく、『you3829』もそうだろう。
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