Game Over

 そうと決めてからは、もう仁は何一つ憂う事も気にすることもなく、ただただ毎晩、『you3829』と対戦をした。

 何を語る事もなく、何を伝えることもなく。

 ただただ、対戦をした。

 何があっても対戦した。

 

 小躍りするような喜びがあった日も。

 言い知れない怒りに打ち震えた日も。

 いやな事があって泣きそうな日も。

 細やかな幸運で楽しく笑った日も。


 ただただ、対戦をした。

 毎晩、夜十時から深夜一時まで。

 きっちり三時間。

 毎晩毎晩、対戦をした。

 

 気付けば、それは日課から習慣になり、習慣から日常になり、ついにはただの当たり前になった。

 無論その間、お互いに会話などは一切ない。

 ただただ、対戦だけをしていた。

 ゲームの過疎化はさらに進み、この世界には仁とこの好敵手しかいないんじゃないかと錯覚さえした。

 それくらいに、仁は『you3829』と戦い続けた。

 ただただ、只管に。

 ただただ、直向きに。


 そうして、気付けば一年の歳月が流れたころ。

 

 は、唐突にやってきた。



******



 そのが来た時、仁は一年前の乱入の時のように、たっぷり二秒は……何があったのか理解出来なかった。

 その日も日課はいつも通り夜十時から。いつも通りトレーニングモードをしながら数分待ち、マッチングしたら対戦開始。あとは深夜一時まで再戦を繰り返すだけ。

 そのはずだった。

 しかし、その日は……何故か、初戦が終わってすぐに、相手がゲームから落ちてしまった。仁は負けてしまったので、すぐにでも再戦して逆襲してやりたかったのだが、お預けを喰らった形である。


 機材か回線のトラブルだろうか? それとも、何かリアルで急用でも?

 この一年、一度もそんな事なかったのに?

 どうにも、不審だった。 

 とはいえ、どれも可能性がないわけではない。

 

 しばらく待ったが、結局、『you3829』は戻らなかった。

 仕方がないのでマッチング許可を出したまま、その日の日課は急遽一年前の一人でトレーニングモードに逆戻りする事になったのだが……仁は何処か不完全燃焼のままで、ちっとも集中が出来なかった。それでも、半ば意地で久々の昔通りの日課を深夜一時までこなし、その日はそのまま眠りについた。


 まぁ、そんな日もあるだろう。

 どうせ数日中には戻るさ。

 無理矢理そう自分を納得させて、仁は布団にもぐり込んだ。

 

 だが、そんな仁の予想を裏切り、ついに『you3829』は……一ヶ月経っても、対戦の場に現れることは無かった。

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