Round 2
仁の日課には、多少の変化が訪れた。
毎日のトレーニングモードの時間は大幅に削減され、代わりに『you3829』との対戦時間が大幅に追加された。
時間は午後十時過ぎから、午前一時を回る頃くらいまで。別にどちらが決めたわけでもないが、何となくそうなった。十時くらいになるとお互いにログインして、一時過ぎくらいにどちらともなくゲームを落とす。勝率は五分五分のままで、お互いに少しずつ成長しているが、お互いしか対戦相手がいないので、大きな変化はない。
やることは只管対戦だけ。
ゲーム内チャットでのやり取りなどは一切しない。アイコンやスタンプも使わない。なんだったら、開始前の挨拶すらしない。
本当にただ、互いにゲームを繋げて、対戦をするだけ。
それだけの関係。
顔も名前もわからない。
なんだったら、何かの間違いで現れた、スーパーAIか何かかもしれない。
それでも、別に構わなかった。
構わなかったのだが。
雨の降る夕方。放課後。微かなノイズ音にも似た雨音が響く図書室。
傘を忘れて雨宿りをしていた仁は、古いインクと紙の匂いで満たされた微睡の中で、またあの「仁ちゃん」という幻聴を聞いた。
夕方に微睡む度、時折耳にする……あの幻聴。少女の声。
古い知人だけが使う、「ちゃん付け」での名前呼び。
一定年齢を過ぎて出来た知人は、全員仁の事は「赤塚君」と苗字で呼ぶ。だから、仁に対して面と向かってその呼び方をする人間は、この高校には一人足りとて居ない。
故にこその幻聴。
事実、これが聞こえた時、仁の傍に誰かがいたことは一度もなかった。
だから、仁も寝惚けているだけと大して気にしたことは今までなかったのだが……最近は、どうにも引っかかっていた。
具体的に言えば、ここ数ヶ月。
もっとわかりやすく言えば……『you3829』との対戦が始まってから。
いつまで経っても仮アカウントなのも気になるが、それ以前にあの番号がおかしい。
余計な詮索はしまいと、仁は意図的に目を逸らしていたが……よくよく考えてみれば、仮アカウントの自動生成のナンバーとしては、四桁という数字は若すぎるのだ。
普通、仮アカウントというものはそのゲームのサービス開始直後に乱造されるものであり、悪質なプレイヤーの中には初心者狩りを楽しむ為に、自分も初心者であると騙る術として、何度もアカウントを作り直す輩さえ存在するのだ。故にこれらの仮アカウントの自動生成ナンバーは加速度的に膨れ上がっていくものであり、四桁程度のナンバーはせいぜいサービス開始一ヶ月以内に使い切られてしまうはずなのである。
なのに、もうサービス開始から十年以上が経過している大昔のゲームで、しかも今四桁の仮アカウントを使っているという事は……仮アカウントを登録してから十年以上、本登録をしていないということになる。つまり、黎明期にちょっとだけゲームを遊んで、その後はずっと放置されていたアカウントが、今頃になって動き出しているということになる。
まぁ、別にそれだけなら、当初の解釈通り、古参プレイヤーが何かの気まぐれで戻ってきたというだけでも辻褄は合うので、それ自体は気にするような事ではないはずなのだが……仁は、今更になって、あのアカウントは大昔に見た覚えがあるような気がしてならないだ。
今まで、ずっと忘れていた。いいや、思い出さないようにしていただけで。
あのアカウントは、確か。
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