……Now Loding

 翌日。仁は睡眠不足で、昼間は微睡どころか、深い眠りの中にいた。 

 何とか登校だけはしたが、一限目から四限目までほぼずっと眠り続けていた。今日ほど、大して教育熱心ではない教師が揃ったこの公立校に感謝した日は恐らくない。何とか頭がはっきりし始めたのは昼休みになってからだった。

 睡眠不足の理由はわかりきっている。夜更しし過ぎたからだ。何故夜更かしをしたのかといえば、これも理由は全く自明であり、例の対戦相手とずっと対戦をしていたからである。

 勝率は五分五分。情けない結果とは思わない。相手はべらぼうに強かった。コンボ精度やセットプレイでこそ仁が勝っていたが、読みの深さと勘の良さは相手の方が上だった。

 そんな相手に食らいつけた自分を、仁はむしろ褒めたいくらいだった。一人でやるトレーニングモードなんて、何年やったところで対人戦の経験になるわけじゃない。想定と検証は幾らでもできるが、それらはあくまで想定と検証でしかないのだ。いわば、机上の空論である。それを実践し、何が使えて何が使えないのかを試す機会に巡り会えた。それだけで、仁は十分満足だった。惜しむらくは、もう次がない事くらいか。

 相手はいわゆるゲストアカウントと言う奴であり、普通のアカウントではなかった。お試しの仮入場券のようなものであり、それである限りは戦歴や設定などは保存されない。挙句にアカウント名は『you3829』……明らかに適当に自動生成された捨てアカウントである。つまり、長く遊ぶ気がないということだ。

 大方、どこかの古参プレイヤーが久しぶりに昔のゲームで遊ぼうと適当にゲームを購入し、そのまま適当に仮アカウントでログインして、適当に遊んでくれただけなのだろう。


 まぁ、大したことじゃない。

 仁にとって、対戦は重要ではない。

 相手がいても、いなくても、別に構わない。

 相手がいるならいるなりに楽しみ、いなければいないなりに楽しむだけである。


 そんな風に仁が納得して、欠伸をしながら軽く伸びをしたところで……教師から名指しで呼び出された。流石に、午前中一杯爆睡していたのは目に余ったらしい。

 しばらく振りに互いに目を合わせた担任教師に廊下まで呼び出されて、いつもより長めの小言を言われた。それでもせいぜい小言で済む辺り、この教師の仁に対する興味の程度も知れる。もっとも、仁もこの担任教師のフルネームを未だに覚えていないので、そのへんはお互い様だった。

 教師と仁の順番で、互いに吐き出し合う建前の応酬は、儀式以上の意味を持っていなかった。わざわざ人目につく廊下でこのやり取りをしているのも、単に互いに面倒なだけで、晒上げや締め付けなどと言った理屈は一切ない。無関心は、言葉にせずともある程度は伝わるものだ。

 教師と生徒の役を演じきった両名は、そのまま互いの持ち場へと戻っていく。教師は職員室へ。仁は教室へ。クラスメイトからは微かな嘲笑が、仁へと向けられている。まぁ、笑われて当然の事ではあるので仕方ないが、それはそうと仁もいい気分はしない。日頃互いに干渉しあわずに生きているのだから、こういう時も干渉しないでいて欲しいと思うのは、果たして贅沢な事だろうか。もっとも、その不本意を口に出さない以上、答えが返る事はないのだが。


 その後、仁は眠りこそしないがボサッとしたまま、気のない表情で午後の授業を受けていた。昼食後の午後は絶好の昼寝日和だったため、先ほど仁を笑った生徒も何人かは気持ちよさそうに居眠りをしていたが、教師は咎めなかった。

 少しだけ仁は理不尽を感じたが、想えば仁も授業中は咎められていなかったことを思い出し、小さな不満はすぐに消えた。良くも悪くも、誰もが今この場では、互いに関心を持っていない。生徒は授業なんて適当に終わって欲しいし、教師も適当にカリキュラムを消化したい。利害は静かに一致していた。

 そう思えば、悪い気はしない。むしろ、居心地良くすらある。互いの利権を侵害しない範囲で互いの役を演じきれば、それだけでいいのだから。

 終礼まで自分の役割を演じきれば、それで終わり。世は全て事もなし。後腐れもない。そういうスッパリした関係を維持してくれるこの学校は、なんだかんだで仁の気性に合っていた。 


 故に、本日の生徒の役を終えた仁は気兼ねなく、いつも通り速やかに帰宅し、いつも通り速やかに夕食と諸用を済ませ、いつも通り速やかにパソコンの電源をつけて、いつも通り速やかにゲームを起動したのだが。


 ……トレーニングモードはロクに出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る