Round 1

 赤塚仁は、無口な高校生だった。

 中肉中背。成績そこそこ。

 安い床屋で切りそろえた短髪に、野暮ったい黒縁眼鏡。

 特徴らしい特徴はなく、部活は帰宅部。

 知人はいても友人はいない。

 休み時間は誰とも喋らず、ただ寝てばかりで、クラスでは孤立気味。

 かと言って、いじめられていると言うわけでもない。

 良くも悪くも、空気のような存在。

 その他大勢の一人。

 それが、赤塚仁の客観的評価であり、同時に自己自認でもあった。


 別に最初からこうだった、と言うわけでもない。昔はそれなりの交友関係はあったし、今ほど会話が苦手と言うわけでもなかった。小学校くらいまでは毎日友達と遊んでいたし、それなりにクラスで発言力もあった。そんな仁が何故こうなってしまったのかと言えば、会話がなくなったからであり、何故会話がなくなったのかと言えば、話が合わなくなったからである。理由はいくつもあるが、最大の理由は、仁があまり複数の事に興味を持たず、単一の趣味に極度にのめり込んでしまったせいである。

 此処で器用に他人の趣味や複数の物事に興味を持つことが出来れば、もう少し違う未来もあったのかもしれないが、生憎そうはならなかったので、仁はこうなってしまった。それ自体に危機感を抱くという事すらせずに。

 そんなこんなで、仁は高校一年生となった今も、たっぷり十年間ずっと同じ趣味……オンライン上での対人対戦ゲームを続けていた。

 

 簡単に夕食を済ませて、両親と短く言葉を交わしてから、自室に引きこもり、デスクトップパソコンの電源を入れる。全然アイコンが置かれていない殺風景なデスクトップは、仁の自室とそっくりだった。手早くダブルクリックをして、ゲームを起動する。もう大昔のゲームなので、偉く起動が早い。

 もうすっかり過疎に見舞われているこのゲームを遊んでいるプレイヤーは恐らく全国、いや全世界でもほとんどいないのだが、仁は別に気にしない。仁がやりたいからやっているので、そこはどうでも良かった。

 毎度の如く、一応オンラインに設定をいれて、マッチング許可の指定を入れてから、トレーニングモードに籠る。毎日、寝るまでこれを繰り返す。無論、対戦相手は現れない。でも、気にしない。対人対戦ゲームであるが、必ずしも対人戦をする必要を仁にはなかった。想定と検証を繰り返す。それだけでも、時間は幾らあっても足りなくなる。そうやって、一人でこの古臭いゲームに齧りつく事が、仁の唯一の趣味であり、日課だった。実はこのゲームは続編が出ているので、旧作であるこれにこだわる必要は余りないのだが、仁は新作よりこっちの方が好きなので、ずっとこれしかやっていなかった。

 今日もキャラクター操作を効率化し、高難易度のコンボや特殊な連携を開発するため、ひたすらにキャラクターをコントローラーで操作し続ける。楽しいとはもう思っていない。ただ、間違いなく好きなことではあった。好きでなければ続けられない。この静謐で、ただ一つの目標に打ち込める時間が、仁は好きだった。

 これがもうちょっとカッコいい趣味や、実社会への還元が容易い趣味だったならば、仁ももう少し外交的な人間になっていたのかもしれない。だが、そんなのは全てありえないでしかないので、仁は気にしていなかった。

 ただ、只管にキャラクターを操作する。操作スティックを素早く縦横無尽に動かし、六十分の一秒の世界でボタンを叩き続ける。仁の体感時間が加速して行き、最後には何も感じなくなる。ランナーズハイと似ているかもしれない。仁はこの感覚が大好きだった。何者に縛られる事もなく、何者に咎められる事もない。限りなく時間が零に近づいて、それすらも感じられなくなり、ついには消える。一種の中毒症状なのかもしれないとたまに思う事もあるが、別に思うだけで、それ以上気にすることはなかった。


 しかし。その静寂は、突如破られた。


 画面に躍る、久しく見なかった英単語の群れと、軽快な電子音。

 トレーニングモードは強制中断され、仁の加速した世界が一気に現実に引き戻される。たっぷり二秒は、仁は何があったか分からなかった。

 だが、三秒目にはもう答えが出た。


 一人だけの仁の世界に現れた異物。

 たっぷり数年以上は見なかった……自分以外のプレイヤー。

 オンライン上の対戦相手だった。

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