Now Loding……

 放課後。

 自分の席に腰掛けたまま、ボサッとしていた赤塚仁あかつかじんは……「仁ちゃん」という、自分への呼び掛けの言葉で目を覚ました。

 几帳面な真四角が並んだ窓からは、真っ赤な夕日が差し込んでいて、等間隔に並べられた机を強かに照らしていた。既に蛍光灯が消された教室は薄暗く、そのせいか、机の脚から伸びる影は只々色濃く、その輪郭をフローリングに張り付けている。

 か細い記憶の糸を辿る。恐らく、終礼の時間に居眠りをして、そのまま寝こけたのだろう。仁は昼間が苦手だ。学校ではほとんど寝て過ごしている。無論、教師からは小言を良く言われるが、余り気にしていなかった。テストの成績は中の上程度はとっているし、別に難関大学に進学したいと言うわけでもない。なのでまぁ今で十分だろうと、只々怠惰に溺れていた。


 余計な思考に囚われた。

 今は、そんな事はどうでもいい。

 今は、声を掛けられている。

 そちらの対応が優先だ。


 仁は、ハッキリ言って会話が苦手だった。声を出すのも億劫だし、ウィットに富んだ会話ともなれば、もう、絶望的だ。そもそも他人にあまり興味がない以上、他人に適した会話など望めようはずもない。

 人である自分が人に興味がないとはこれ如何に、などと真っ当な正論を言われてしまうかもしれないが、まぁ、なんというか……要するに仁は他人が良く分からないのだ。だからって自分の事が分かっているのかと言われれば無論それも違うが、他人に比べたらまだマシだろう。自分とは一生付き合って行く他ないのだから、他人と自分のどちらに対して日頃の理解努力をしているかと言われてしまえば、自分と答える他ない。

 じゃあ、結局それは自分が好きと言う事であり、それは唾棄すべき歪なナルシシズムではないかと言われると、まぁ、やっぱり反論は出来ない。確かに単純な二元論に落とし込んでしまうなら、他人よりは自分の方が好きと言うのは全くその通りであるし、それを歪な自己愛であると謗られるなら、多分そうだろうと、仁も他人事みたいに答える他ない。それが一面の事実としてある以上、それは確かに真実であると言えば真実であるし、否定する意味も理由もないのだ。まぁ、そんなこと誰かに言われた事も無ければ、そもそもこんな話を他人とするわけもないので、全ては全て、他者と関わらない言い訳を自分に続けている、仁の稚拙な自己弁護に過ぎないのだが。


 また、思考が逸れた。

 つまらないことですぐに自分の思索の殻に閉じこもってしまうのは、仁の悪い癖である。かといって別に誰かに迷惑を掛けているわけでもないので、仁はそれを直そうとも思っていなかった。いずれ社会に出る時は矯正の必要が出るのかもしれないが、幸いなことに仁が社会に出るまではまだ足掛け数年の猶予があるし、そも他人と大して関わらないで済む仕事を選べば良いだけなので、仁からすれば、あまり気を揉む必要もないことだった。

 ……いや、今はそんなことはどうでもいい。誰かに声を掛けられた以上、返答くらいはしなければ。見たところ、放課後の教室には誰もいない。終礼が終わってからそこそこの時間が経っているのだろう。そんな教室で仁に声を掛けてくる相手なんて、クラスには誰もいない。なら、必然的に声の主は他のクラスの生徒か教師のどちらかであり、しかも仁を気安く下の名前の呼ぶ誰かなど、全く限られている。

 そう、仁の知る限り、そんな風に仁に声を掛けてくる相手など、簡単に予想する事が出来る。この声の主。わざわざ、クラスで赤塚仁に声を掛けてくる誰かなんて――。




 



  

 結局、それが答え。

 つまり、その声は、その声の主は。

 ……仁の微睡が齎した、つまらない幻聴でしかなかった。

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