最終話
今日は二月十四日、そうバレンタインデーだ。僕は中学の頃からこの日は悲しい思いをしている。登校してくるときは心うきうきしているのだが、下校するときには肩を落としとぼとぼと帰宅する。そんなことを毎年繰り返している。
登校して席に座る。今日はなんだか男子たち皆がそわそわしている気がする。このクラスには学校で一番の美少女、鳴海 零さんがいる、彼女は誰かにチョコレートをあげるのだろうか?もしかして自分が貰えるかも!?そんな期待を男たちは抱いているのかもしれない。そんな風に始まった心なしか浮かれた始まりの一日だったが、授業は普段通りに進み、昼休みになる。今日はひとりで昼食をとりたい気分だったので売店でパンと飲み物を買って、教室には戻らずに空き教室に潜り込んでこっそりと食べた。
……そして放課後になってしまった。ひとつ溜め息をついて、帰ろうかなと思って鞄を手にしたときに
「……これ、良かったら貰ってくれる?」
隣の席の美少女、鳴海さんが僕に話しかけてきた。
「え?ぼ、僕にくれるのかい?」
「ふふ、この前、教科書を忘れたときに見せてくれたじゃない。そのお礼」
「あー、そんなこともあったね」
そんな教科書を見せたことぐらい気にしなくても良いのに、鳴海さんは律儀な人なんだなと笑う。彼女も笑い返してくれて……やっぱり笑顔も可愛かった。
「鳴海さん。それじゃ、ありがたく頂くね。お返しは……ホワイトデーで良い?」
「そんなこと気にしなくて良いからね?それじゃ────」
鳴海さんが去り行く前に、僕の耳元で囁いた言葉に僕は目を見開いた。その言葉を聞いて溜め息を吐いてから、僕は覚悟を決めて下駄箱に向かった。
下駄箱を出て、走って追いかける。
「おーい、椎名!一緒に帰ろうよ」
「……なんだ、珍しいな」
「……たまには良いじゃないか、駄目かい?」
「……いや、構わないぞ」
友人の椎名 雄二と並び歩く、今日は何故か二人とも口数が少なかった。そんな空気を打破しようと、僕は椎名に話しかける。
「ねぇ、椎名。バレンタインのチョコは誰かから貰ったかい?」
「……いや、誰からも貰ってない」
「はは、そうなんだ。ふふ、僕ったらね、なんとあの鳴海さんから貰ったんだよ!凄いでしょ!」
「……へー、そんなに鳴海さんと仲良かったのか?」
「うーん、そんなに話したこと無かったんだけど、鳴海さんが教科書を忘れたときに見せてあげたりしたから、そのお礼にくれたみたい」
「ふーん……そうなんか」
「ふふん、羨ましい?やっぱり椎名も鳴海さんみたいな美人さんからチョコレート貰いたいでしょ?」
「いや、別に羨ましくなんてない」
「またまた、強がっちゃって。鳴海さんみたいな美人を嫌いな人はいないでしょ。椎名もああいう女の子が好きなんじゃない?」
僕が椎名にそう尋ねたら、椎名は顔を背けながら答える。
「……俺が好きな女の子のタイプは、自分のことを『僕』って呼ぶような女の子だ」
……ははは、そんな漫画やラノベの登場人物みたいな『ボクっ子』がそんじょそこらにいるわけないじゃないかと、僕は自分の制服のスカートをギュッと握りしめた。
僕は迷っていたが、鳴海さんが去って行く前に囁いた「頑張ってね」という言葉を思い出して、勇気を出して鞄からとある物を取り出した。
……中学の頃からずっと渡したくて、でも今までの関係が壊れてしまうかもと思ったら勇気がでなくて渡せなかった物を。
Fin
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