第34話 帰ってきた厄災

 ノエルが義弟になった。

 心配していた通りくだんの祖父母が突撃してきた。完全に手出しできないようにする為には、最も手っ取り早くて、最大限に効力のある方法だから、とヒュー公爵家の養子になった。実子扱いになる特別養子縁組ではなく、成人するまでの期間、後ろ盾となるための養子縁組で、成人したらノエルはマカリスター男爵家の爵位を継ぐ。前前世でも、もしかしたらただの養子縁組だったのかもしれないな、と思った。パパは一人っ子だけど、親戚は多い。血縁者に家督を譲るのが普通だ。サラちゃんに子供が複数生まれたらその子に継がせる可能性もあった。何故、サラちゃんは自分の居場所が無くなったと思ったのか。パパのことだから言葉少なに語っただろうし、サラちゃんがそれに深く突っ込んで尋ねることもなかったのは想像に難くないけれど、なんか変だなと思う。

 ノエルがユークリス領から王都に出て来たのは三日前だ。

 前前世とは違ってノエルは学生寮で生活することを選んだ。特待生だからその辺諸々無料らしい。わたしがお金に拘りすぎているから逆に気を遣わせてしまったのかな、と悶々としたけれど、


「父さんが生きていたら、どの道寮生活するつもりだったから。一人一部屋与えて貰えるから気が楽だよ」


 と語った。本人の希望ならいいか、とそれ以上は食い下がらなかった。

 入学式の前日に寮生達のオリエンテーションがあると言うので、


「王都を案内するから、早目に来てうちに滞在しなよ」


 と提案すると、それには素直に応じた。

 この三日間は、お上りさん宜しく王都観光をして回った。義弟になったとはいえ、王太子の婚約者が同年代の男の子と二人で出掛けるのは体裁が悪い、とマリアンヌと三人で、主にスイーツ巡りを楽しんだ。今日もランチに、ガレットとクレープで有名なル・コンチェルトという店に食べに行き、更に隣のケーキ店でタルトを買って帰ってきた。屋敷の従業員達の分もお土産に買った。わたしは、気前の良いお嬢様で通っている。

 今は、客間でタルトを食べつつ、まったりしている。部屋の扉は空いているがノエルと二人。なので、当然地が出る。


「明後日から学校なのが嫌すぎる」


 入試の為に学校へ行ってから、サラちゃんのことを考えることが増えた。学園生活が一番地獄だったから、入学式が近づいて来るにつれ行きたくない感情が膨れ上がってきた。

 前前世ではエリィが新入生代表の挨拶をした。毎年首席合格者が代表に選出される。女性ではキャサリン妃以来四人目の快挙だったはず。あの可愛らしい見た目に、頭もいい上、コミュニケーション能力も抜群。当然、エリィは初日から人気者になった。今世でもエリィはルミナリエ学園を受けている。父親の赴任で五年前にまた国外へ引っ越したけれど最近再び戻ってきた。試験会場で会っているから間違いない。今回も一位を取っているのだろうか。わたしも試験を受けたけど手応えはなかった。はっきり言って内申点組は確実に受かるから、受験組を「いかに落とすか」に照準を定めている試験だ。難易度は相当高い。首席かどうかの判定には内申点は加味されないので、それでも一位を取ったエリィは普通に凄い。今世でもエリィが首席なら、また「王妃にはエリィが相応しい」と嫌な噂を流されるだろうか。


「きみが虐められたりすることはないと思うけど」


 ノエルが簡単に言う。じゃあ、何故前前世ではあんな目に遭ったのか。考えると苛々する。どうしてあんなことを言われなくちゃならなかったのか。全部、マールが悪い。わたしはマールに死ぬほど後悔させたい。どうすればよいのか。この七年で考えたことは、目に目を、歯には歯を、屈辱には屈辱を返すことが一番の復讐なのではないかということだ。


「やっぱりさ、屑婚約者を成敗するには、真ヒーローが必要不可欠だと思うんだよね」

「急に何の話?」

「サラちゃんは、エリィと比べられて散々散々嫌な目に遭って来たんだから、今度はわたしがマールを他の男と比べて苦しめてやるという話よ」

「きみ、この間、自分の幼稚さを反省していたんじゃなかった?」


 ノエルが心底呆れた顔をする。ママに対して反省する気持ちはあるけれど、マールに対してわたしが自省することなど一つもないじゃないか。


「それとこれとは全然話が違うから」

「百合子の記憶を真に受けて黒歴史作ったって悶絶してたのに懲りないなぁ」

「百合子は百合子だけど、サラちゃんはわたしじゃない。百合子を蔑ろにしたのはシーラ達じゃないけど、サラちゃんを苦しめたのはマールでしょ」

「でも、まだ何もされてないだろ」

「されてないことない。わたしが前の通りに動いたお茶会では前の通り悪口言われた。つまり、違うことをしたから違ってきているだけで、本質は同じってことよ」


 苛々抗議すると、納得したのか、呆れたのか、ノエルは黙って白桃のタルトを食べ始めた。ノエルの甘党は健在だ。見た目はすっかりスマートなイケメンに変わってしまったけれど。


「真ヒーローはノエルがやってよ」

「あのさ、僕を社会的に抹殺したいわけ? 王太子の婚約者にちょっかい出すなんて頭おかしいだろ」

「ちょっかい出してくれなくていいよ。わたしが勝手にマールよりノエルを優遇するだけだから。マールに婚約者がいるのに他の相手を優先される屈辱を味わわせたいの」

「きみさ、自分が歪んでる自覚ある?」

「ありますけど、何か?」


 答えると、ノエルはまたもや無言でタルトを頬張った。聞かなかったことにしたいらしい。


「あーあ。隣国のハイスペック王子が転校して来たりしないかな。そしたら何の問題もない」

「普通に国際問題になるだろ」

「何よ。協力してくれるって約束したのにさ。難癖ばっかりつけて。反対するなら代替案を出してよ」

「協力はするよ。でも、きみの言うことは非現実的すぎるんだよ。大体、僕はマール殿下と会ったこともないし、何が好きで何が嫌いか情報がなさすぎて仕返しする方法なんてわからないよ」

「今日会えるじゃない。しっかり観察していい案考えてよ」

「それなんだけどさ、本当に僕が行っていいの?」


 今日はこの後、王宮での晩餐に呼ばれている。昨日、マールが秘密裏に帰国したから。道中で危険にさらされない為、日程は公表されていなかった。始業式までに戻ると手紙が届いてはいた。用意周到なタイプなのに、こんなにギリギリになったのは意外だ。何かの研究機関に入り功績を上げていたらしいので引継ぎに手間取ったのかもしれない。卒業するまで留学していればよいのに帰国した理由は、自国の学校に一度も通わないのは問題があるからとか。王太子故の柵が色々あるようだ。

 ノエルが養子になったことは両陛下の耳にも入っている。現在うちに滞在していることを知って、パパとわたしと三人一緒に招待してくれた。ノエルは物事に動じないタイプかと思っていたのに、意外にそわそわしている。


「向こうからのお誘いなんだから平気よ。今更断る方が失礼でしょ」

「気安く言ってくれるなぁ」


 ノエルは恨めし気に言う。それって結構ブーメランだよね、と言い返さなかったのはわたしの優しさだ。

 


 夕方、パパはわたし達を迎えに一旦王宮から帰宅した。

 わたしの制服姿が見たいというキャサリン妃のリクエストで、わたしもノエルも制服を着ている。多分、ノエルが気を遣わないようにラフな格好でいいよって意味なんだろう。できる女は気遣いが違う。

 ルミナエル学園の制服は近年導入された。競うように着飾ることが勉学の妨げになる、というのと、階級格差をなくす為という理由らしい。最初は貴族女子からかなり反発があったけれど、実際着用が開始されると「ドレスを選ばずに済むのが楽すぎるし、そもそも制服の着心地が楽すぎる」とすんなり定着したとか。男子は濃紺のジャケット、女子は紺のジャンパースカートというシンプルなデザインで、ネクタイとリボンだけは自由になっている。卒業生であるマリアンヌ曰く、カップルで同じ色を着けるのが流行っていたとか。わたしは、メリアナ達と四人でお揃いの深緑のリボンを買った。なので本日も迷わずそれを着ける。髪型はバレッタで留めてハーフアップにした。前髪は短い。明後日もこれで行くつもりだ。前前世ではどうだったのか、全く覚えていない。多分、鏡をあまり見なかったせいだと思う。


「二人とも用意はできたか」

「はい」


 王宮までは馬車で十分。

 直線距離ではもっと近い。うちからだと正門が城壁を半周する位置にあるからちょっと遠回りしなければならない。

 家紋入りの馬車とパパの顔を確認して、門番が鉄扉を開閉する。本日はシトリン宮に呼ばれている。王宮の宮にはそれぞれ宝石名が付いている。両陛下の暮らす宮はルビー宮。マールはサファイア宮。客人をもてなすのがエメラルド宮。シトリン宮も客人用だが私的な友人を招待する為の宮で、こぢんまりしている。あくまで他の宮と比べてだけど。

 シトリン宮の前で馬車を降りて、執事に案内され晩餐の間へ通される。


「本日はお招き頂き有難うございます。マール殿下、無事のご帰国なによりです」

「あぁ、公爵も変わりないようでなによりだ」

「この子は、先日我が家へ養子に迎えたマカリスター男爵家のノエルです」

「初めまして。お目に掛かれて光栄です」


 パパが挨拶する横でノエルも紳士の礼を執る。それを受けてマールが、


「父上のことお悔やみ申し上げる」


 と言えば、


「本当に急なことだったね。君は随分優秀なんだと聞いているよ。マカリスター男爵もさぞかし鼻が高いことだろう」

「今日は私的な集まりだから遠慮せずに楽しんでいってね」


 と両陛下が交互にノエルに話しかける。ノエルは来るまでは緊張している風だったのに、平然と受け答えしていく。さっきの心配は何だったのだろうか。芸能人が「私人見知りなんです」とかいう感じに似ている。本人的には本当に人見知りなのかもしれないが。


「ノエル君もサラちゃんも、制服似合っているわ。新入生っていいわね」


 蚊帳の外になっているわたしを気遣ってキャサリン妃が笑いかけてくれる。


「メアリーに段々似てくるわね」

 

 キャサリン妃はわたしとママを似ているというけれど、おばあ様は「似ているけどサラちゃんみたいな美人じゃなかったわ。サラちゃんはオーランド様の血を引いているのね」と結構辛辣なことを言う。おばあ様曰く、ママをめちゃくちゃ美人にした顔、というのがわたしらしい。孫可愛い補正が掛かっているんじゃないか。 


「ほら、サラちゃんに何か言うことはないの? 全く気の利かない」


 突如、キャサリン妃がマールに言い放つ。キャサリン妃のリクエストで制服を着衣してきたので、マールにどうこう振るのは無茶ぶりな気がしなくもない。マールと目が合う。無言で無表情。この七年で前前世の記憶通りの姿になった。

 

「黙ってないで何かおっしゃい」


 キャサリン妃が再び叱責するが、マールは、


「王妃、席に着いてもらったらどうですか」


 と淡々と返した。キャサリン妃に失礼だろうが。息子として普通に可愛くない。


「本当に貴方は……。ごめんなさいね。座ってちょうだい。そうそう、ノエル君は何か嫌いな食べ物はあるかしら?」

「いえ、特にないです」

「ノエルは甘党なんです。三度の食事よりケーキがいいくらい」

「まぁ、じゃあデザートは豪勢にしてもらいましょうね」


 キャサリン妃が笑う。ノエルに誰にもわからないよう爪先で右足を小突かれた。ただの世間話だろうに。

 デイビット王、キャサリン妃、マール、向かいにパパ、わたし、ノエルの順で着席した。こういう場では、大体キャサリン妃が会話を繋いでくれる。アンテナの広い人だから会話は尽きない。途中何度かマールの留学先での話になったけど、マールが面白話を喋るはずもない。研究室での成果を語りだすので、パパだけは食いついて聞いていた。

 和やかな雰囲気で食事が進んで行く中、ノエルがマールをどう思ったか地味に凄く気になった。マールは親の前では、わたしに失礼な態度を取らないから、騙されていないだろうか。「前前世と今は違うんじゃない?」とかまた言い出したりしないか。チラッと横顔を確認する。愛想良く笑っているので内心は掴めない。代替案がなければもれなく真ヒーローにするからな、と後でもう一回釘を刺しておこう。

 デザートまで出尽くして宴もたけなわとなった頃、


「ノエル君、今度は是非私のお茶会に参加して頂戴。王宮の菓子職人に腕を奮ってもらうわ」


 とキャサリン妃が優美に微笑んだ。

 改めてまじまじ見ると溜息が漏れる。キャサリン妃はグラン王国の至宝と謳われる賢妃だ。少女らしさと妖艶さが同居したような魅力は反則に近い。一夫多妻制のこの国で、息子が一人しかいないにも関わらず、デイビット王が頑なに側妃を持たない理由にも納得がいく。反発する声は当然あるのだけれど。

 

「最後になったが、二人とも入学おめでとう。これは私とキャサリン妃からだ。実りある学園生活になるよう願っているよ」


 キャサリン妃の言葉に次いでデイビッド王が合図すると、執事がプレゼントを運んできた。わたしとノエルに差し出される。


「え、僕にもですか?」


 ノエルは驚いてパパの方を見る。


「両陛下のご厚意だ。有難く頂きなさい」


 パパが告げると、ノエルは恐縮した様子で立ち上がりプレゼントを受け取った。


「有難うございます。大切にします」


 と深く頭を下げるのに準じて、わたしも同じように立ってお礼を言った。

 有名な店名のロゴが入った袋だ。プレゼントが時計であることは明白に分かる。パパもノエルに入学祝いを用意している。まだ渡していない。わたしの助言で万年筆にしたけど、危うく丸被りするところだった。そうなればパパのことだから、黙って自分のプレゼントは別の物に買い替えたはず。切ない。グッジョブすぎる自分を褒めたい。


「お心遣い感謝します。サラ、ノエル、両陛下のお気持ちに応えられるように、しっかり勉強しなさい」


 パパがパパらしいことを言う。

 勉強か。普通に全部記憶にない。習ったら思い出したりするだろうか。元々頭がよい方ではないので、溜め込まないで地道に積み上げるしかない。


「楽しい夜を有難うございました。失礼します」


 パパに連なってわたしとノエルも頭を下げ、出口へ向かおうとすると、


「サラ」


 呼び止められて振り向く。


「入学式は迎えに行く」


 虚を衝いてマールが言った。え、いらんけど? と思ったけど口にはしなかった。しかし、他には返す言葉がないので黙っていると、


「わざわざ申し訳ない。ご迷惑では?」


 とパパが返した。


「構わない。初日なので早目に着いた方がいいだろう。九時に公爵邸へ行く」

「そうよ。同じ学校なんだし、一緒に通えばいいわ」


 キャサリン妃がにこやかに加勢する。デイビッド陛下も生温い目で見てくる。前前世では寮生活だったから一緒に通学することはなかった。

 断ったらどうなるんだろう。絶対に理由を聞かれる。それでわたしはどうするのか。前前世の記憶を洗いざらい吐き出すのか。今まで隠してきたのにこんな所で?

 前前世のマールは親の前では随分上手いこと立ち居振る舞っていた。完璧な俺と出来の悪いお前みたいな関係性を作り上げた。王太子特権がなければ、ただの感じの悪い男なのに。完全にしてやられたと思う。今世は、わたしも上手くやろう。マールの顔色ばかり窺って生きていたサラちゃんとは違う。ムカつくことはムカつくと正面きって言うだけ。ただし、人目につかない場所でだけ。パパや両陛下の前では「マール様に従います」と従順に振る舞って、二人の時に無茶苦茶してやればいい。気難しい婚約者に抑圧される気の毒なご令嬢を演出する。とても簡単なことだ。


「ご迷惑でないなら、宜しくお願いします」


 わたしのターンがやっと来た。

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