第27話 リベンジマッチ2

 エリィに会った時から、復讐について考えている。

 記憶が戻ったばかりの頃は、悪役令嬢になって、我儘を言いまくり、舐めた態度を取る連中は片っ端から排除してやる、と息巻いていた。でも、考え直した。だってわたしは何も悪いことをしていない。勝手に悪評を流されて、俯いて、我慢して、耐えて耐えて、波風を立てずにやり過ごした前前世の日々。誰も味方はいないと思ったし、どう対処すればよいのかわからなかった。悪口を言われていることが、恥ずかしくて、悲しくて、自分が悪いみたいに卑下して蹲り、嵐が通り過ぎるのをじっと待っていた。何故やり返さなかったのか。悔しい。ただひたすらに悔しい。今世では全て覆してやるつもりだ。でも、なりふり構わず暴れ回り自分の評価を下げるのは愚かだと気づいた。相手には自業自得で破滅してもらうのだ。わたしは身に降りかかる火の粉を払いのけるために仕方なくやり返すだけ。正当防衛を主張する。その為には、前前世でわたしを蔑ろにした奴等には前と同じようにわたしを愚弄して貰いたい。罪のないわたしを貶めろ。理不尽に虐げてくれ。そしたらわたしは堂々とお前らを断罪してやれるから。そう、わたしの今世の目標は「虐められないこと」ではない。「虐められたら死ぬほどやり返してやること」だ。つまりが現状のわたしは「嫌がらせ待ち」をしている。件の昼食会以来、マールは不気味なほど静かだが「いつでもどうぞ」と何か仕掛けられることを心待ちにしている。そして、それはマールやエリィに限ったことではない。


 テーブルの様子を観察しながらゆっくり近づいていった。

 円卓を囲んで四人が座っている。

 一見して和やかな雰囲気に見えた。それが真実かどうかは不明だ。例えば誰かの気遣いの上に成立しているならば、胸糞悪いことこの上ない。


「お兄様戻りました」


 オリビアが声を掛けると、アウローラと男性が立ち上がる。男性はもちろんハロルドだ。 


「サラ様、兄のハロルド・ベイカーです。お兄様、サラ・ヒュー様です」

「初めまして。サラ・ヒューです。オリビア様からお話は伺っています。お会いできて嬉しいです。アウローラ様も、お久しぶりです」


 丁寧にカーテシーをする。ハロルドが微笑ましいものを見るような視線を投げてくる。カッコいいし優しそう。クールな印象のオリビアと比べて柔和な感じだ。でも、兄妹とはっきりわかるくらい似ている。


「サラ嬢と仲良くして頂き妹は光栄です。四人で仲良しなんですよね。今度、僕が開くお茶会にみんなで参加して頂けせんか?」


 いい人だ。隣にいるオリビアとペネロープと目を合わせると、二人も笑っている。メリアナだけがここに来れないことが、わたし達の心の枷だったから。今度会った時、ハロルドに誘われたことを言えばきっとメリアナも喜ぶ。お土産を貰ったような気分になった。が、


「私も参加させてください」


 無粋な横槍にぶち壊しになった。

 宰相の娘で王太子の婚約者のわたしの名前を知らないのは貴族として潜りだろう。わたしの名前を聞いて、さっきまで座っていた同テーブルの二人の令嬢が立ち上がっている。

 一人はわたしと同い年くらいの女の子だから、消去法でもう片方がキャスリーンだと判断できた。ウェーブのかかった長い金髪に青い瞳。綺麗と言えば綺麗だが、お金をかけて垢抜けしている感じ。自信満々に振る舞うほどの美女じゃない。お互い様だが、査定するような視線を向けられている。凄く感じが悪い。わたしが色眼鏡で見ているからだろうか。


「えぇ、是非。シーラ嬢も参加してください」


 ハロルドはシーラという少女に軽く笑いかけて答えると、


「サラ嬢、こちらはスペンサー侯爵家のキャスリーン嬢と隣が妹君のシーラ嬢です」


 わたしへ向き直り二人を紹介した。

 姉妹か。やっぱりな、と思った。色違いのドレスだったし、気の強そうな雰囲気が似ている。ペネロープを仲間外れにしたくせに図々しい。わたし達は四人でグループなんだよ。どう言って断ってやろうか。というか、初対面なのに挨拶もなく何故会話に割って入ってくるのか。わたしの方が爵位が上なのだが。見ず知らずの上位貴族に話し掛けるなんて非常識だ。息を吸うみたいにわたしを舐めてくる。どういうつもりか。詰め寄るべきか。「ちょっと失礼じゃないですか?」と言ってやろうか。それで向こうが素直に謝れば、わたしの方が「器の小さい奴」と心証を悪くするのではないか。どうしよう? 後々考えれば思いつくのに、適当な嫌味が浮かんでこない。


「初めまして」


 仕方なく短く挨拶した。宜しくしたくないので「宜しく」と言わないことしかできなかった。自分にがっかりする。咄嗟に返すスキルがない。


「初めまして、お会いできて光栄です」


 自分の非礼に気づいたのか気づかなかったのか悪びれた様子のないシーラと妹を嗜めないキャスリーンが頭を下げた。それから、わたしが悶々としている間に、ハロルドがスマートにとりなして、爵位順の型通りの挨拶を進め、丸テーブルにアウローラ、ペネロープ、わたし、オリビア、ハロルド、シーラ、キャスリーンの並びで座った。

 着席のタイミングで給仕人が注文を取りに来る。流石一流サロンだ。お茶会と称するだけあって、あれこれ茶葉の選択を迫られた。

 ハロルド達の前には既にティーカップが並んでいて、テーブルには三段のケーキスタンドが二つ置かれてある。カナッペやスコーン、サンドイッチ、ケーキ、焼き菓子が溢れるくらい盛られている。周囲のテーブルも同じ状態で、誰がどう好きなだけ食べてもよいシステムらしく、なくなれば給仕人が補給しにくる。テーブル内バイキングといったところか。

 茶葉の説明を一通り聞いても、どれも似ていて決めかねた。甘い物には珈琲だという認識は、この間の失敗で覆ってしまった。正直、リンゴジュースに一番心惹かれたのだけど、オリビアとペネロープが同じ茶葉を選んだので真似して注文した。


「オリビアから勲章を貰いました。サラ様は物知りなんだと、いつも自慢されているんです」


 給仕人が下がったところでハロルドが口を開いた。話しかけられて単純に嬉しかった。百合子の子供の頃、十把一絡げに男の子が怖くて苦手だった記憶があるけれど、多分優しい男の子というのは、女の子より遥かに優しい。


「いえ、そんなことはないです」

「勲章とは何ですか?」


 わたしの言葉にほぼ被せてシーラが言った。


「紙を折って作ってくれたんですよ。後、変わった名前の鳥……」

「鶴です」 


 オリビアが妙に冷たく答える。鶴はこの世界に存在しないらしいので、できれば触れてほしくない。わたしの想像上の鳥になってしまっている。何故、サンドイッチもクグロフも目玉焼きもあるのに、鶴は存在しないのか。考えても答えは出ないだろうし、多分ない。


「そうそう、鶴だったね」

「紙を折って作るんですか?」

「そうだよ」

「いいな! 私も見たい!」

「オリビアの部屋に沢山飾ってあるから、今度見せてもらうといいよ」

「いいんですか?」


 シーラが逐一会話に絡んでくるので、イラッとしてしまう。オリビアが笑って「いいですよ」と答えたのにもがっかりした。こいつを除け者にしてやりたい! と思う性悪はわたしだけ。また百合子の記憶がピリッと走る。

 中学生だった。

 スクールカースト上位グループ内で喧嘩が起きて、一人の女の子が仲間外れにされる状況になった。すると、その子はしれっと百合子のいるグループに入ってきた。上位グループにいた時はこっちを馬鹿にしていたくせに、行く場所がないからと当たり前みたいに混じってきた。そんな馬鹿な話ある? 冗談じゃない。「今更もう遅いしようぜ!」と百合子はじくじく思った。だけど、誰も何も言わないから、百合子も何も言わなかった。意地悪だと思われるのが嫌で、


「こないだまでわたし達の悪口言っていたのに図々しくない?」


 とは口にできなかった。皆はどう思っていたのか。内心はわからない。ただ、明白な事実は、百合子達まで追い出せばその子の行き場はなくなること、そして、皆優しかったということ。ハブられた子を更に除け者にするような友達はいなかった。だから百合子も黙って受け入れた。結局その子とは仲良くなったし、別にそれ自体を恨みに思っているわけじゃない。じゃあ、四十になってまで何をそんなに燻らせていたか。


「こっちはやらないのに、向こうはやる」


 この理不尽な力関係に尽きる。

 百合子は内弁慶だったけれど、家ではかなり我儘娘だった。つまり、そういう資質があった。なのに何故外では縮こまっていたのか。報復が怖かったからだ。だって学校とはそういう場所だ。百合子は「ぼっち」ではなかったけど、そうなる危険性は常にあった。自分の友達に村八分にされるからではない。体育の授業のチーム分け、理科の実験の班決め、調理実習、社会科見学、掃除当番、様々な場面でいつも自分の望む相手と組めるわけではないから。もし、ぽつんと一人カースト上位グループに放り込まれた時のことを考えた。きっと、一言でも反論していたら、


「調子に乗ってる」

「偉そうに」

「生意気」


 と罵られたに違いない。グループ学習の間中、疎外される。それを心配して俯いたのだ。やり返さなければ仲良くしてもらえなくても、虐められないで済む。大人しくその場にいればよいだけ。打算的に考えた。処世術だった。あの学校という独特な閉鎖空間の息苦しさ。そして、腹立たしいのは、それが逆の立場ならどうかということ。相手に好き放題に振る舞われても、こっちは優しく接する。向こうはノーリスク。だから、百合子達を邪険にしても平気だと思っている。或いは、自分達は人気者で好かれているから大丈夫だとでも勘違いしていたのではないか。お前らのことなんて大嫌いだったけど? 考えるほどムカつく。だから、わたしはその反省を踏まえて失敗したくない。例えば、掃除当番で毎回毎回ゴミ捨てをやらされることがないように。「この間はわたしが行ったのだから、今回は別の人が行ってよ」とちゃんと主張したい。そんなことも言えなかった百合子は情けないけれど、嫌われて虐められるのが怖くて、そんなことさえ言えなかったのだ。だったら、わたしは? 別に邪険にされても平気。本当に構わない。寧ろそれを待っている。では何故さっきシーラにズバッと言ってやれなかったのか。「悪い」と思ったからだ。やり返すなんて「悪い」って。挨拶くらいで大袈裟だ。ちょっと嫌な気分なだけ。わたしが黙っていれば丸く収まるのだからって。


「やられたからってやり返したら喧嘩になるでしょ。だから百合子が我慢してあげなさい。わかる人はちゃんとわかってくれるから」


 百合子の両親の言葉だ。いざとなったら言い訳めいて立ち竦むのは、心の真ん中に刷り込まれた道徳心が居座っているせいだ。幼い百合子を縛りつけた忌々しい教訓。とても正しいことだけど、でも、わたしはもうそれじゃ嫌なんだ。自分だけ我慢して報われないのは御免被る。傷つけられたら牙を剥くのは当然の権利だ。やり返したって悪くなんてない。わたしは悪くない。悪くない。悪くない。悪くない。


「サラ様は、ご自身で選ばれたのですか?」


 アウローラの柔らかな笑顔と視線が絡んで現実に引き戻された。白昼夢に浸りすぎていたから、辛うじて質問を拾えた。ドレスの色の話だ。ペネロープはお洒落なので、ドレスは必ず自分で選ぶ話の最中だ。今日はオレンジと白のビビットな色合いを着ている。


「わたしは、お父様が選んでくれました」

「公爵様が。素敵ですね」

「サラ様のお父様はカッコイイですもんね」


 カッコいいけど、センスがあるかどうかは微妙だ。やたらにピンクのドレスを着せたがる。女の子はピンクという固定概念を持っているせいかな、と思う。わたしは寒色系が好きなのだけど、拘りはないので特に逆らったりはしない。


「アウローラお姉様は、水色がお好きですよね。そういうイメージがあります」

「えぇ、瞳の色に合わせているのよ」


 瞳の色、というワードに心臓が跳ねた。件のお茶会以降初めての公の場だ。前髪は下ろしているが、眉毛がぎりぎり隠れる程度に切り揃えている。ペネロープ達には特に何も言われたことはない。わたしの瞳は金と緑のオッドアイではあるが、緑の方は割と黄緑に近くて金は黄色っぽいから、赤と青とかいうほど違いはわからない。それでも気づいてはいると思う。ただ、そんな会話にならなかった。


「わたしの瞳は片方ずつ違うから、アウローラ様の方式でいくとツートンカラーになりますね」

「わたしは、両目同じだけど、今日はツートンカラーです」


 ペネロープは自分のドレスを撫でて笑った。お気に入りらしい。アウローラはじっとわたしを見て、


「まぁ、サラ様の瞳を見ると魅入ってしまうな、と思っていたのですけれど、左右で色が違うのですね」


 と感心して言った。自意識過剰が露呈して恥ずかしいようなほっとしたような感覚になる。アウローラと会うのは二回目で特にわたしに関心がないのだろう。人の瞳の色なんて基本どうでもいい。そんなことまでいちいち言うのは難癖をつけたいか、よほどわたしが好きか、どっちかだ。尤も、わたしの足を引っ張りたい人間は大勢いるのだけれど。


「この目は気に入っているんです」

「うん! 前から思っていたけど綺麗です!」

「本当に」

「気持ち悪いと言う人もいるので嬉しいです」


 二人がびっくりした表情になる。見たか、マール。百合子が小学生に戻ってやり返したいレベルで、前前世に戻りたくなった。わたしがやり直しても、サラちゃんの無念が消えるわけではないのだ。そう言えば、グランフォール公爵がマールもサロンにいると言っていた。どうでもいいな、と聞き流したが婚約者として挨拶くらい行くべきか。周囲に非難の種を与えるのは得策じゃない。ぐるっと見える範囲にはいない。サロンは割と広くて、半分はテーブル席、残りは立食形式になっている。テーブルに着くと限られた人としか話せないから、顔繋ぎの為の公式茶会でどちらに人が集まるかはお察しだ。マールも恐らく向こうにいる。そう考えて見渡せば、座っているのは子供を連れた女性が多い。ハロルドは、オリビア達がアウローラと二人にする為にテーブル席に座らせたに違いない。その後、キャスリーンが邪魔しに来たから、現在この状況なのだろう。鬱陶しい。さっきからキャスリーンがオリビアに趣味や好きな物を尋ねては、シーラと気が合う発言を繰り返しているのも気になっている。ハロルドへの下心が見え見え。ハロルドは笑って聞いているが、アウローラが好きなのではないのか。いいのか。良くないだろう。座った席順のせいか、作為的にか、いつの間にやら、アウローラとペネロープとわたしの三人と、残り四人の間で会話が分断されている。オリビアを助けて、ハロルドを毒牙から守りたいのだが。割って入る話題を考えていると、給仕人が紅茶を運んで来た。目の前にティーセットが並べられケーキスタンドも一組増える。二人に一つの割合でセッティングされるのだろうか。


「サラ様はどれにします?」


 紅茶が運ばれてきたので、ケーキも食べる流れになった。先に席に着いていたアウローラ達は既に完食済な様子。まだまだあるからどんどん食べればいいのに。ホスト側からすれば食べきれない量を出すことがステイタスであるから、残さず食べられると沽券に関わるので困るのだろうけど。面倒くさい貴族のあるあるだ。


「わたしはそのロールケーキがいいです」


 わたしが選んだのは白い生地にチョコクリームが詰められたロールケーキだ。この店の名物らしい。

 アウローラがリクエストを聞いてペネロープの分とわたしの分のケーキをそれぞれ幾つかの軽食と共に綺麗にお皿に盛ってくれる。それを見ていたのか、キャスリーンがオリビアの分を取り分けようと声を掛けるが、


「大丈夫です。自分でできますから」


 とオリビアが答えた。きっぱり断ったのは意外だ。相当キャスリーンを嫌っていることが分かる。

 オリビアがケーキスタンドに手を伸ばす。背の高いダークチェリーのケーキだった為、上手く盛れずに形が崩れた。


「だからお姉様に頼めば良かったのに」


 とシーラが誰に言うともなく呟く。人の親切を拒否して失敗したみたいな言い方。シーラにしたら姉の申し出を断ったオリビアへの非難なんだろう。オリビアは無言で皿を自分の手元に引く。もやもやした。


「キャスリーンは、オリビアだけお茶会に誘ってペネロープを仲間外れにしたくせに、ハロルドの前ではいい人ぶって点数稼ぎしようとしているから断っただけでしょ。それなのに、まるでオリビアが悪いみたいになんなわけ? オリビアのケーキなんだから、シーラにとやかく言われる筋合いない!」


 って言えたらいいのに。でもこの中で、事実をを知っているのはわたしとオリビアとペネロープだけ。ペネロープが誰にも言わないようにお願いしたからだ。意地悪をされても我慢する人間が損をするところ。何だかなぁ、と思う。今の状況とこの前の出来事は繋がっていて、キャスリーンは拒絶される理由がある。でも、黙っているから、オリビアが責められる。シーラの余計な一言で……。


「なんだかオリビアが悪いみたい。別に何も悪くないのに変なの」


 わたしの発言に、え、と言う顔のオリビアと目が合う。「とんだ災難だね」と伝わるように苦笑いをして困惑のポーズを取ってみせた。


「私はそんなつもりで言ったんじゃないです。お姉様なら綺麗に盛り付けてくれるからその方が良かったのじゃないかと思っただけで」


 すかさずシーラが口を挟んできた。


「え、わたしもそんなつもりじゃないです。オリビア様が食べるケーキだから、オリビア様の自由なのにな、と思っただけで」


 驚いた素振りで答えると、シーラは黙った。はい、これで誰も悪くなくなってめでたしめでたし。目には目を歯には歯を、余計な一言には余計な一言。素晴らしい。とても良い感じだ。

 

「シーラは思ったことを何でも口にしてしまうんですよ。でも、悪気は全くないんです。まだ幼さが抜けきらなくて。早く皆さんみたいに淑女らしくなって欲しいのですけれど」


 今度はキャスリーンがシーラを庇って笑顔で告げた。美しい姉妹愛というべきか。子供なのはわたしも同じだ。何故シーラだけが許されるみたいに持っていくのか。


「そうなんですね。わたしもよく余計な事を言うな、と言われます。シーラ様とは性格が似ているかもしれません」


 似ていてたまるか。自分で自分に解釈違いだ。ただ、キャスリーンにいいようにされない為に予防線を張ってやった。次の台詞が手に取るようにわかるから。


「……えぇ、素直すぎると言いますか、お腹に溜めない性格で、さっぱりしたいい子なんですけどね。なので、この子の言うことはあまり気にしないでくださいね」


 キャスリーンはオリビアの顔色を伺って言う。予想通りの展開。こういうことを平気で言う人間って偶にいる。シーラの性格などこっちに関係ない。何故それが免罪符になると思うのか。


「わかります。でも、気にはされても仕方ないのではないですか?」

「え?」


 わたしの横槍にキャスリーンが間抜けな声を出す。微妙な間ができて注目が集まる。空気が淀んでいくのがわかって、心許なくて不安になる。でも、引いたら駄目だ。わたしは正論を主張するだけ。悪くない。言ってやるんだ。絶対に。


「わたしも、思ったことを何でも口にしてしまう性格で根に持ったりとかはしないんですけど、真逆の性格の人からしたら、どうなんだろうって最近考えるようになったのです。他人が嫌な気持ちにならないように、考えて考えて発言する人からしたら、なんでもほいほい口にするわたしみたいな人間は、腹が立つだろうなって。それに、わたしが忘れても相手が都合よく忘れてくれるなんて虫の良い話はありえませんから、恨まれても仕方ないのではないかと思うんです。だから、もしわたしがいつか誰かに身に覚えのないことで刺されたら、きっとそれは自分の過去の言動のせいなんです。悲しいですが自業自得なんで潔く受け入れる所存です」


 人の振りして我が振り非難法典を成立させてやった。

 キャスリーンの顔が強張っているのがわかる。言ってやれた解放感で気持ちが昂った。だってそうだろう。「わたしは毒舌だけど根に持たないタイプだから、気にしないで」という主張が罷り通るなら「わたしは毒舌じゃないから、逆に言われた酷いことはずっと恨み続ける執念深いタイプなの。悪く思わないで」も認めるべきだ。わたしは何一つ間違ったことは言っていない。「気にしないで」なんて勝手な主張に押さえつけられたりしないのだ。流石に「刺される」は過激な発言だったろうか。


「潔すぎませんか。サラ嬢が刺されたら、大事件ですよ」


 ハロルドが愉快げに声を上げて笑いだしたので、皆の視線がわたしから外れた。


「なんというか斬新で公平な考え方で、僕は素晴らしいと思います」

「本当ですか? ハロルド様はお優しいですね。父には、お前は子供すぎる。そんな下らないことを言ってないで、もっと考えてから発言するようにしろと怒られました。貴族としての自覚が足りないって」


 ついでに子供だから不躾でも仕方ない特権も付加しておく。パパの名前を出しておけば、文句を言いにくいことも加味した上で。


「公爵様はサラ嬢が大切なのでしょう。オリビアから聞いていますが、サラ嬢は刺されるような方ではないと承知しています」


 ハロルドが穏やかな笑顔で言う。最初にけらけら笑ったのは多分、わざじゃないかな、と思った。ハロルドが言えばキャスリーンは食い下がってこないし、明るい空気にして丸く収めてくれた。この人は結構周囲を見ている気がする。そして、面倒見がいい優しいお兄さんだ。わたしを悪者にする何処ぞの糞王太子とは雲泥の差だ。

 チラッとキャスリーンとシーラを確認する。キャスリーンは笑顔を作っているが、シーラは明らかにムッとしている。甘やかされているな、と思う。わたしが見ていることに気づいて、


「本当にサラ様はユニークな考え方をなさいますね。折り紙もそうですし、王宮で学ばれたりするのですか?」


 キャスリーンがさっきの自分の発言はなかったように尋ねてくる。王妃教育では内心をひた隠すよう教えられる。言いたいことを言って刺されろ、なんて習うわけがない。


「いえ、王妃教育とは違います」

「では、王宮ではどのようなことを学ばれるのですか? 興味があります」

「お姉様、サラ様は王妃教育はお休みされているのですよ」


 話泥棒のシーラが訳知り顔でわたしの言葉に被せて言うと、


「まぁ、そうですの? 余計なことを聞いてしまいましたわね」


 キャスリーンが返した。王妃教育を休んでいることは公表はしていないが、隠しているわけでもない。マールが言い出して王宮側が決定したことだ。何の弱みにもならないはずだが、キャスリーンとシーラからは明らかな悪意を感じた。謝罪しているのに目が笑っている。キャスリーンは知っていたのにわざと惚けて質問したのかもしれない。意地悪姉妹の連携プレイだ。完全に敵認定されている。わたしが言い返したから恨まれた。「こっちはやらないのに向こうはやる」を覆したら結果がこれだ。こんな風になりたくないから百合子は俯いた。考えるとまたムカついてきた。嫌いな人間からでも敵意を向けられるのは気分が悪いし、ちょっと怖い。でも、屈したりしない。わたしだって言いたい事を言ってやるんだ。我慢なんて絶対にしない。


「いえ。別に構いません。シーラ様はよくご存知ですね」

「私の友達が、よく王宮に遊びに行くのですけれど、サラ様が通われていないと言っていたので」 


 シーラが勝ち誇って言うので、カチッとパズルのピースがはまった。王宮に遊びに行く人間でシーラと友達になる人物なんてエリィ以外にいない。エリィが高位貴族の令嬢達と派閥を作っているのは知っているし、侯爵家のシーラがそこに含まれていても不思議はない。なるほど、わたしのことをエリィに聞いていたのだろう。思えばシーラもキャスリーンも最初から不躾で不敬だった。わたしが王宮に通わなくなったことで、エリィが婚約者に成り代わると勝手に憶測しているんじゃないか。前前世ではサラちゃんが反論しないから、ずっと勝手な誹謗中傷を受けた。今回も既にわたしを爪弾きにする計画が進行しているのかもしれない。しかし残念だが、わたしはサラちゃんと違って、いざとなったらパパに泣きついて公爵家の権力をフルに使うつもりだ。身の程知らずな態度は取らない方がいいと思うが。


「はい。マール殿下に休むように指示を受けましたし、今は友達と交流を深めることを優先しています」

「よき友人は一生の宝といいますものね」


 キャスリーンは秀麗に目を細めるが、どこか不敵で鼻についた。


「どういった集まりに参加されているのですか? お茶会でお会いしたことありませんよね。招待状を送っても断られるって、皆言っていますよ」


 シーラが突っ込んで聞いてくる。王妃教育を干されたくせに見栄を張ったと疑われているみたいだ。事実を言っているのに胸糞悪い。大体、お茶会の誘いを勝手に断りまくっているのはパパなんだけど。


「わたし達の集まりです」

「そうです。わたくし達がサラ様を独占してしまい申し訳ありません」


 パパに八つ当たりするわたしの両隣で、ペネロープとオリビアが言った。交互に二人を見る。笑っている。味方してくれた。安心できる。ほっとする。そうだ。わたしは孤立無縁のサラちゃんじゃない。友達がいるっていい。ささくれた気持ちがすーっと晴れたが、


「そうなんですね。じゃあ、私も参加させてください」


 シーラが平然と言うので若干引いた。参加する気なのが怖い。得体の知れない不気味さがある。どんな神経をしているのか。「侯爵家の集まりでないけどいいのですか?」と言ってやりたい。ペネロープが内緒にしたがっているから言えないのが残念すぎる。何と答えて断ってやろうか。悩むわたしとは対照的に、


「いいですよ」


 とオリビアがあっさり了承する。えっ、とわたしが声を上げる間もなく、オリビアは更に続けた。


「では、わたくし達に協力してくださいね」

「協力ですか? 何を協力すればいいのですか?」

「はい、お兄様の恋を応援をすることです」

「え」


 シーラが目を見張る。それよりもその隣に座っているハロルドの表情が気になった。完全に固まって絶句している。同情してしまう。だって、まさかのとばっちりだ。

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