第14話 戦隊ヒーロー
パパとママは学生時代に知り合った。ママの初恋だった。ママが学園で女生徒に人気の高かったパパに猛アピールをして心を射止めた。
「流石、わたしの娘だわ」
おばあ様は笑って語ったけれど、ちょっと眉唾物だなと思った。
だってそれが本当に恋愛結婚といえるのか。ママが好きでもパパがどうだったかはわからない。
王妃様は元々隣国の王家の血筋だ。デイビット陛下とキャサリン王妃が結婚したことで、両国の関係は強固なものになり、対外的にもグラン王国は権威を高めた。そんな王妃様の友人だったならばママは政治的な観点からして良物件の令嬢だと言える。侯爵令嬢だし爵位も十分だ。ママが一方的にパパを好きで、パパはその恋心を利用して出世の為に結婚したのではないか。しつこくそんなことを疑うわたしは前世で昼ドラを見すぎたのだろうか。
でも実際、パパの社畜ぶりは尋常ではない。朝の九時に出掛けて帰宅するのは深夜。わたしは大概眠っている。何日も顔を合わせないことはざらだ。去年、三十五にして宰相の地位に就いたのは異例の若さだが、見合う仕事量はこなしているし、優秀な人だとも思う。だけれど、仕事ができるだけでは伸し上がれないのが貴族社会だ。わたしとマールの婚約が出世の足掛かりになったことも事実だろう。サラちゃんが、ヒュー公爵に身売りされたと信じ込んだ所以だ。
「きみが素直だって言ったことは、撤回していい?」
「なんでよ」
ノエルが呆れた視線を投げてくるので、抗議するポーズを取ってみたものの、確かに屈折している気はする。パパとママは愛し合っているから結婚したのよ、とおばあ様に言われて、ここまで猜疑心を抱く八歳とは一体。目の前に用意された甘いお菓子と添えられた牛乳を見ていると、考えと現実のギャップを感じる。
パパからの手紙を受け取ってから三日が過ぎ、今日午後になってノエルが屋敷を尋ねてきた。わたしは全ての生活を捨ててきた暇人だが、ノエルには日常の暮らしがある為、そうそうわたしの相手をしていられないらしい。
「ジオルド男爵様は、うちの両親のことなんて言っているの?」
マールから送られてきた王室特製のクグロフをすすっと差し出しながら尋ねると、
「うーん。メアリー夫人が王都へ帰ってからずっと手紙のやりとりはしていて、ヒュー公爵と上手くいってからは止めたみたいだよ。婚約者がいるのに他の男と文通しているのは体裁がよくないからって」
ノエルは容易くぺらぺらとしゃべった。大人びているが甘い物には目がない。短い付き合いだけれど、お菓子を餌にすれば割と簡単に釣れることだけはわかった。
「幼馴染なのに」
「うちの父親だって母親との出会いがあっただろうし、お互い恋人がいるのに他の異性と文通なんかしないでしょ」
「そりゃそうかもしれないけど」
そう言えばパパも「マールの婚約者なんだからノエルと仲良くするのはよくない」と渋った反応をみせていた。いくらなんでも八歳の子供同士に警戒しすぎだ。世間体を重んじるパパと、日記から読み解く男の子相手でも喧嘩してしまうママ。やっぱりしっくりこない。
「ノエルのお母さんってどんな人だった?」
ノエルはクグロフを咀嚼しながら、想起するように視線を右斜め上に走らせた。
一年前に亡くなったと聞いている。多感な時期に母親を亡くした八歳の子供に無神経な質問だったか。自分も同じなのだけれど、わたしはあまりママの死がピンとこない。ぽっかり穴が空いたみたいに記憶が空洞だ。
「教師だったよ。昔は王都で貴族相手に家庭教師をしていたけど、結婚してこっちに住むようになってからは、教会で勉強を教えていたんだ。僕も一緒に通っていた」
心配をよそにノエルは口内のケーキを飲み込むとさらりと答えた。
「毎日通っていたの?」
「週に三日」
「まだ八歳なのに?」
「読み書きを覚えたい人間なら年齢は問わないんだ」
ノエルは愉快そうに笑う。
この世界は階級社会だし義務教育もない。通常、貴族の子供は十五になると学校に通い始める。それまでに基礎知識を家庭教師に習うのが一般的だ。わたしは王妃教育でみっちりしごかれている。平民の子供は、稼業の手伝いの合間に町の集会場で月に一度の授業を受けられればよい方だ。週三日学校に通うというのはかなり前衛的。しかも年齢問わず。こんな田舎でそんな改革が推し進められているなんて凄い。
ノエル曰く、その教育活動を始めたのはノエルの母親だったらしい。当初は、平民に教育なんてして余計な知恵をつけさせたら厄介だという貴族達や、仕事の担い手の子供に勉強などさせている余裕はないという親達の反発もあった。それを、子供の教育はこれからの世の中に絶対に必要なものだ、と処々に根回しして教会の使用と予算の確保を領主であるユークリス侯爵に通したのがジオルド男爵だったそうだ。子爵、男爵家は土地を持っていないため、高位貴族の補佐として領地の一部を分割統治して生計を立てていることが多い。マカリスター男爵家は、ずっとユークリス侯爵家に仕えてきた家系だとか。
ノエルは今よりずっと幼い頃から母親について教会に通い、その手伝いをしていたらしい。
「それでノエルはそんな風なんだね」
「どんな風だよ」
「その教会は今はどうなっているの?」
「町の青年会が引き継いでいるよ。いろいろ揉めて始めた活動みたいだったけど、今は賛同者が多くいる」
ノエルが自慢気に語る。なんだかいいなぁ、と思った。
「流石、知的ブルーだね。お母さんはピンクっぽい」
「ブルーとピンク?」
「そういうのがあるのよ。悪の組織を倒す為に五人のヒーローが集まるわけ。それぞれ色があって、レッド、ブルー、グリーン、イエロー、ピンクがいてね、レッドは熱血ヒーローで主役なの。ブルーは知的で冷静沈着なレッドの補佐役。グリーンは弟キャラか食いしん坊キャラ。イエローは気の強いお転婆娘、ピンクは芯のある優しい女の子キャラかな。それで襲ってくる怪人や怪獣と戦うのよ」
「なにそれ、面白いね。ちょっと詳しく聞かせてよ」
ノエルは目を輝かせて言った。何処の世界の男の子も戦隊ものは好きなのだろうか。この世界の書物には、魔法や天使、悪魔の概念や時間旅行者、異世界の住人などは描かれているけれど、ロボットや科学技術を駆使して云々の話はない。車も発明されていない世界だから当然だろう。百合子が技術者だったら、色々な物を発明して一攫千金を狙えたのに、生憎、俺tueeeするものを持ち合わせていない。語るだけでは全て机上の空論だ。
「ブルーとピンクねぇ。じゃあ、きみの父親は?」
「パパ? ブラックかな」
「五つの色にないじゃないか」
「えっとね、十話のうちに五話目くらいで出てくるの。最初は敵か味方かわからない謎の人物なんだけれど、ヒーロー達とは別な理由で悪の組織に一人で立ち向かっている孤高のキャラで、実はめちゃくちゃいい奴なの」
「なんだよそれ」
ノエルは後だしキャラに納得できないらしかった。だってそうなのだから仕方ない。
「じゃあ、僕は?」
「グリーン」
「将来の義弟候補だったから?」
食いしん坊キャラに引っ張られたのだけれど、
「まぁね」
と返した。
「ふーん。きみは? イエロー?」
「わたしは、高慢で自分の欲望に忠実な悪の女王様」
何故なら、今世では自分の信念を強固に通す悪役令嬢を狙っているからだ。悪の女王と悪役令嬢は全く違う気もするが。
「また新たなキャラ出してくる」
「悪の女王は元々心優しい人間だったのだけど、好きな男に手酷く裏切られて悪の帝王側につくの。でも、最後は昔の自分に似た子供を庇って死んでしまうの。本当はいい人だから」
「きみさ、身内ばっかりいい役宛てがってない?」
ノエルは不満そうに言う。そんなつもりはない。言っている間にどんなキャラかを思い出しただけだ。そしてやはり悪の女王は悪役令嬢とは全然違う。
「なんでよ。ブルーもピンクもグリーンもいい役じゃない。メインキャラなんだから。大体これはあくまでわたしのイメージなだけ。不満ならノエルはノエルで決めればいいでしょ」
答えると、
「じゃあ、マール殿下は?」
ノエルはちょっと間を置いて言った。
「マール様は、レッドでしょう」
「ほら」
「何がよ」
「きみのこれまでの話を聞いていれば、悪の帝王ってのが妥当じゃない? レッドって主役なんでしょ?」
「わたしが悪の女王なんだから、敵役のレッドになるのは当然でしょ」
「きみのイメージではマール殿下はレッドなんだね」
ノエルは特にどうという感じでもなく思ったことを口にしただけのようだけど、誘導尋問に引っかかった気分になった。でも、レッドはレッドなんだからしかたない。
「……それしか余ってないから仕方ない」
言い訳めいて告げると、
「何も責めてないよ。イメージなんだろ。イメージ。あぁ、でもいいなぁ、この設定」
「小説に書いたら? 一発ヒットするんじゃない?」
「盗作だろ」
ノエルが眉根を寄せて信じられない顔でわたしを見る。軽口にそんなに真剣な反応をするとは思わなかった。
「そうだね。ごめん」
「別に怒ってないよ。たださ、異世界の知識ってあんまりこっちで持ち出さない方がいいかもね」
「どの道、言ったところでそれを具現化できる技術はないしね」
新しい物好きの消費するだけの一般人だった百合子。でも、幸せだった。平凡に幸せだ。サラちゃんは、公爵令嬢で王太子の婚約者で誰もが羨む特権階級なのに幸せではなかった。最高の幸せを知っている者は、最悪の不幸も知っている、とテレビでインフルエンサーが言っていたけど、サラちゃんの不幸は分かるが、幸せとは何だったのだろう。
「わたしの前前世と前世の記憶ってね、多分死んだ時の現状の記憶なんだよね」
「どういう意味?」
「だからね、百合子の八歳の時のことを思い出すとするでしょ、それは四十歳の百合子からみた八歳の思い出なわけ。わたしが酷いじゃないのと思っているサラちゃんに起こった出来事は、十六歳のサラちゃんが思い返す過去の事柄なの」
「リアルな感覚じゃないってこと?」
「まぁ、どの道、わたしが直接体験したことじゃないからリアルではないんだけどね」
凄く重大な発見をしたかと思ったけれど、口に出すとそうでもない気がしてきた。だけど、多分、サラちゃんの幸せな記憶を思い出せないのは嫌なことが多すぎたせいだ。いくら仲が良かった人でも大喧嘩して嫌いになって憎みあって過ごした時間が長ければ、良かった日々なんて思い出さない。やがて記憶に埋もれて消えてしまう。だから、その頃のことが抜け落ちている。
「ふーん。僕にはよくわからないけれど、貴重な体験をしているんだから、楽しめば?」
励ましているのか突き放したのか、きっと本当にわからないから素直な意見を述べたのだろう。
ノエルはメモを取り始めた。わたしの自叙伝を本気で書くつもりなんだろうか。
「そうね。そういえば、今週末はパパが来て、ユリウス伯爵様のお茶会に連れていってくれるって」
「へぇ。ヒュー公爵が来るのか。面白そう」
「全然面白くないんだけど」
「なんでだよ。こんなに頻繁に来るんだから、きみのことを気にかけている証拠だろ。歩み寄って仲良くしろよ」
そんな単純なことじゃない。パパと何を話していいのかわからない。実のところ、百合子とサラちゃんの記憶云々以前に、自分本来の八歳までの記憶がうまく思い出せない、というとんでもない弊害が出ている。百合子とサラちゃんの記憶に圧迫されてしまったせいなのか。ただ、八歳児ってそんなもんだよ、と言われれば三歳や四歳の頃の話を覚えていなくて普通な気もする。自分のやりたいようにやると決めたのだから、過去がどうであれよいのだけれど、喉に小骨が刺さったみたいに気持ち悪い。
「ねぇ、ノエルって何歳からの記憶覚えている?」
と尋ねる前に、ノエルはメモをしまうと、
「じゃあ、ちょっと急用ができたから帰るよ。時間ができたらまた来る。どうせきみはいつも暇だろ?」
クグロフの残りの一口を頬張り、牛乳で一気に流し込んだ。やっぱり食いしん坊キャラでいいのではないか。
「ご馳走様! じゃあね」
わたしの返事を聞く間もなくノエルは出て行った。忙しそうなノエルを見ていると時間を無駄にしている焦燥に駆られる。逃げないで今の自分と向き合うと決めたのだから、王都へ帰るべきではないか。でも、パパやマールがやいのやいのと連絡を寄越してくるだけで、実際はここへ来て二週間も経っていない。まだ、のんびりしてもいいか。
取り敢えずの課題は、お茶会でパパと話すこと。父娘なのになにそれ、と思う心は置いておいて。
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