第13話 確かな筋の情報

 荷物は四角と円柱の箱が一つずつに手紙が二通。

 一通はパパ、もう一通は王室の封蝋があった。


「サラ様の好きなクグロフですね」


 四角い箱から開けると、中はまたもや王室御用達のケーキが入っていた。こっちに来て二週間も経っていませんが。どんだけ絡んでくる気か。わたしが戸惑い気味にクグロフを眺めていると、マリアンヌが続けて言った。


「こっちの丸い箱には何が入っているのでしょうね?」

「開けてみる」

「はい」


 帽子だ。麦わら帽子。まだ夏の暑い盛りではない。


「こちらは旦那様からでしょうか」


 マリアンヌは首を傾げつつ、わたしの頭に帽子を乗せる。帽子は嫌いだ。走って脱げたふりをしたり、わざと忘れて放置するのに、その都度、拾い上げてくるあの人物。外出するなら被れとうるさい。庭の手入れが楽しい、と手紙に書いたことを思い出した。失敗した。


「違うよ」


 答えると、マリアンヌは少しだけ笑った。マールのことで泣きついて以来、マリアンヌはマール絡みになると微妙な反応をする。とても良い傾向。気を遣わせて悪い気もするけれど。


「とてもよくお似合いですよ」


 頭にぴったりフィットする。百合子の時、ぶかぶかの黄色い安全帽を被って小学校へ通ったことが妙に色濃く蘇る。六年間使えるように大き目だった。こんな風にきっちりしたサイズでは来年には使えない。だけど、一年後にはきっと新しい品が届く。グラン王家は、国庫からの王室助成金を公務費や外遊費、諸々の経費に充てている。わたしへの贈り物は、婚約者に対する品質管理費で賄われていると聞いたことがある。そして、それとは別に個人保有の土地や不動産、貿易業を手掛けていて相当に裕福な家系だ。ヒュー公爵家自身も大貴族の富裕層だし、実際問題かなりいい暮らしをさせてもらっている。サラちゃんが、親に逆えず政略結婚に拒絶の意思を表せなかったのは、この生活を捨てて、一人で生きていけないことをわかっていた部分もあると思う。


「まだ、暑くないからいいよ」


 わたしが帽子を脱いで箱に納めながら言うと、


「初夏の日差しは厳しいですから、そろそろ被った方がよいです。うっかりして、持ってきておりませんでした」


 マリアンヌが反省しているような口ぶりで返した。今年も帽子地獄が始まったじゃないか。マール・グランめ。

 帽子を箱ごとテーブルの奥へ押しやって、手紙を開封する。


『サラへ 

 庭に出るなら帽子を被るように。忘れたふりはやめろ。

 水分もちゃんと補給すること』


 何処の保健委員なのだか。

 無表情で威圧的な顔が脳裏に走る。前前世でマールに笑いかけられたのはいつが最後だったか。げらげら馬鹿笑いするタイプではない。でも、人前では大概穏やかに微笑んでいた印象が残っている。王太子として卒がなかった。

 手紙を書くように指示されていたけれど、返事が来るとは意外だ。三行というのが、なんとも微妙な気持ちになる。わたしと同じことを陛下や王妃様に言われているのではないか。そこまで考えて、駄目だなと思った。何故、返事を書いてくれて、お菓子と帽子を贈ってくれて有難うと喜べないのだろう。悪意ありありで解釈してしまうのはサラちゃんの積年の恨みか、わたしの元来の性格か。ノエルじゃないけれど「思い込みで判断しない」と部屋にでっかくメモを貼っておこうか。下らないことを考えて笑ってしまう。

 手紙から顔を上げるとマリアンヌが微笑ましそうにこちらを見ている。笑ったから何か勘違いさせたのではないか。そういうのじゃないからね、と慌ててもう一通の手紙を取り上げて中身を確認する。


『今週末のユリウス伯爵邸で開かれる茶会に招待された。日曜日の午後に迎えに行くので用意しておくように』


 走り書きの文字の手紙と招待状が同封されていた。友達はいらないと答えたのに何故? そして今週も来るつもりなんやね、という感想を抱いた。往復に六時間掛けて毎週来るならば、最初にわたしがここへ来るとき時間がないと渋った理由は何なのか。おばあ様と仲が悪いわけでもなさそうだし、行動の真意が汲み取れない。


「パパが今週また来るって。伯爵様のお茶会に連れて行ってくれるんだって」


 マリアンヌに伝えると、


「よかったですね」


 とにこにこ笑う。お茶会とは楽しいものなんだろうか。貴族達が集まってマウントを取り合うイメージしかないのだけれど。友達がいれば楽しいのかもしれない。令嬢同士が集まって女子会的なものかもしれない。サラちゃんには友達がいなかったから、嫌な噂話を胃痛を我慢して笑顔で耐える場所でしかなかった。


「パパ、お仕事大丈夫なのかな。毎週来て疲れないのかな」

「サラ様のお顔を見に来られるのでしょう。疲れも吹き飛びますよ」


 マリアンヌはわたしとパパの関係をどのように感じているのだろうか。どう見たって仲の良い父娘じゃない。


「……おばあ様にも伝えてくる」

「はい」


 おばあ様は大体、応接間にあるソファでくつろいでいることが多い。昨日、ジオルド男爵の息子であるノエルが尋ねてきたことで、わたしが日記を読んだことに気づいたはずだ。ご近所さんとは言え、都合よくわたしとノエルが知り合うなんてない。でも、おばあ様は何も言わなかった。敢えて尋ねたりしないところが洒落た人だと思う。大人の百合子の記憶をもっていても、おばあ様には勝てる気がしない。変に斜に構えずに、ママとパパのことを聞いてみようか。おばあ様からの情報ならば確かな筋のそれだろう。

 応接間には扉がない。ひょっこり顔を覗かせると足音で気づいたのだろうおばあ様と目が合って、


「入っていらっしゃい」


 と柔らかな声が返った。読書中だったらしい。手招きされるままに傍まで近寄ると頭を撫でられる。そのままソファに座るように促されて腰かけた。


「サラちゃんは猫毛ね。オーランド様に似たみたいね」


 パパのことをオーランドと呼ぶのは、わたしの知る限りパパの身内とおばあ様だけだ。


「あのね。パパが今週末、ユリウス伯爵様のお茶会に連れて行ってくれるって」

「そう。よかったわね」

「うん」


 マリアンヌもおばあ様も、パパが来ることには特に驚いたりしないのが不思議でならない。親の責務があるにしても屋敷からマリアンヌを派遣させているわけだし、人を使って様子を報告させれば事足りる。百合子は姉と二人で夏休みに祖父母の家に遊びに行ったが、その間、両親は羽を伸ばしていた。百合子の親が放任主義だったことを差し引いて、パパがかなりの堅物であることをプラスしてもやりすぎではないか。領地への来訪の許可をなかなか出さなかったのは放置できない為だったのか。わたしは何も考えすぎに勝手に決めて軽率だったのかもしれない。


「パパに迷惑かけているのかな」

「あら、いいじゃないの。親はね、子供に迷惑をかけられたいものよ」


 おばあ様は緩やかに微笑む。親にも色々いると思うのだけれども。おばあ様は昔の人にしては珍しく大恋愛の上、逆玉だったらしい。物凄く興味があるが身内の恋愛話は照れる。パパとママの馴れ初めはどうなのだろう。日記から察する破天荒なママと生真面目なパパの性格では合わない気がする。ノエルが言うように政略結婚じゃないなら、恋愛結婚しかないのだが謎すぎる。


「……ママの日記読んだよ」

「悪いこといっぱいしていたでしょ。やんちゃでね」

「途中で終わっていたね」

「毎年誕生日にプレゼントしていたのだけどね。残っているのはあれだけ」


 おばあ様は笑いながら、なんてことのない会話の続きみたいに答える。ママの話題を極力避けてきたけど今なら聞ける気がした。


「迷惑かけられても嫌いにならなかった?」

「わたしの娘だから、まぁそうでしょうよと思ったわね」

「ママとパパは政略結婚なの?」


 おばあ様はきょとんとした表情をみせた後、けらけらと笑いだした。


「サラちゃん、よくそんな言葉知っているわねぇ」


 だって自分もそうですから。貴族の子供なら十歳前後で婚約することは珍しくない。政略結婚くらい皆知っているものではないか。


「ママとパパは学校で出会ったの。マール殿下の御両親のデイビット陛下とキャサリン妃の紹介で知り合ったのよ」

「え」

「ママはキャサリン妃とお友達で、パパはデイビット陛下とお友達だったからね」


 なにそれ、初めて聞いた。パパと陛下が友達なんて知らなかった。陛下がパパに信頼を寄せているのは知っていたけれど、仕事上のビジネスライクな関係だと思っていた。いつも事務的に話していたし、親しさなんて皆無に見えた。


「パパはね、ママの初恋の人なのよ」

「ママの初恋はジオルド男爵様でしょう」


 子供に夢を与えるのは大事だけれど、真実を捻じ曲げるのはよくない。わたしが間髪入れずに返すと、内心を読んだようにおばあ様は笑った。


「ジオルド様も素敵だけれど、サラちゃんのパパも凄く格好いいじゃないの。学校でも凄く人気があったのよ」

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