獄中からの手紙

@solo1981forever

遺構より発掘された書簡

 十年以上にわたって信頼し、共に生活してきた私の配偶者へ。[註1]

 人類の攻撃性というものは今後百年は失われない。そう言われたらあなたは信じるだろうか?

 信じてもらわないと話を進められないので、現代[註2]においては乱暴であることを承知の上で、ひとつの事例を紹介しようと思う。

 なお、この手紙は厳密には人民安保法施行令[註3]に違反するが、法規制への問題提起として人類社会の進歩に貢献するためなので、あなたの生活に何らかの制限が加えられることはない。


 我が国において昨年[註2]まで起因者不明の治安擾乱事案が多発していたことは記憶にも鮮明だろう。

 この手紙の主旨なので暴露するが、全てタイムトラベラーの出現が原因だった。

 どこでどのような異常が起きたのか、理系研究者の資格を持たない私は言及することができないが、西暦2010年代の住人が我々の時代にタイムスリップするという事故が多発していた。時空保安局が把握した件数はおよそ千件[註4]にのぼる。

 私が収監前に従事していた仕事が、これらのタイムトラベラーを保護し隠匿する作業だった。あなたには長年職を偽っていたので、さぞや失望してしまったことだろう。今でも生活契約を解除せず配偶者という立場でいてくれることに感謝している。


 最後の任務となった事件の折も、私はある男性[註5]タイムトラベラーの保護にあたっていた。

 インプラント手術のためその人を連行する最中、私の電脳に「危険が迫っている」という警告メッセージが表示された。そう、「望ましくない行為」や「望ましくない言葉」を意識した時に表示されるものと同じだ。私は職務上の必要から特別に、身辺の安全に関わるメッセージを受け取ることがあった。

 この時“インテリジェンス”が察知したのは新たな時間移動だ。

 この時が初めてではなかったが、緊張はしていた。重力渦を越えてやってくるのが何者か、私は知っていたから。

 視界に稲妻が走り、身体が動かなくなった。この恐怖を想像してもらえるだろうか。電脳のメンテナンスで医者が回線接続を切る時の数倍衝撃的だ。

 来訪者たちは知らないのだ。

 我々にとって“インテリジェンス”との接続が失われることの不安や恐怖を。

 来訪者について先に説明しておくと、彼らは未来人[註6]だ。なんでも我々より百年先の時代を生きる人々だという。

 未来人たちは動けなくなった私は地面に押し倒し、タイムトラベラーをどこかへ連れ去った。

 何度もこうやって妨害された。あなたに隠し続けていた減給の理由はこういう事だったのだ。

 最後に耳元に声だけが残った。

「我々は漂流者救助のために来た。この国で君に罪はないが、漂流者に電脳化手術を強制することは人権侵害なので阻止する」

 未来人の誰かがささやいたのか、電脳に直接アクセスしたのか知らない。

「君は我々と複数回接触したので処罰対象になるはずだ。希望するなら身の安全を確保できるよう、いくつかの情報を提供する」

 その後、何枚かの映像が浮かんでは消えた。それらの映像を真似て行動を起こせという意味合いなのだとわかった。

 あなたが訝しんでいた私の奇行の全ては未来人たちに教えられた、未来へのアクセス方法だったのだ。


 複数の罪に問われた私は収監され、明日にも電脳削減刑に処される。

 未来人たちが私を救ってくれるか、それこそ未来の人々のみが知ることだろう。



※※※


 上記が遺跡から発掘された書簡のひとつである。当時としては珍しいパルプ紙にインクで記されたものだったため、その後の時代をくぐり抜けて残されたのだと考えられる。


 以下、文中の註記について解説する。


[註1] 当時は主語や人称から性別が消えていたため、この書簡の送信者特定に手間取った。

[註2] 西暦2062年から2063年と推測される。

[註3] 旧北京政府崩壊に際して記録が改竄されたが、現代では重大な人権侵害とされる法律が多数施行されていた。私信の制限もこのひとつ。

[註4] 原典では1000に999や1001という数字が重ね書きされていた。当時、「約」何件や「おおよそ」何人などといった不明確な数字を筆記する言葉が失われていたためと考えられる。

[註5] 当時は性別を表わす単語が失われていたが、敬称のないものが男性格であったとの指摘を受けて訳者が付け加えた。

[註6] 新暦0053年現在に至るも過去への時間移動を実現する技術は完成していない。未来人を名乗った「来訪者」は連邦の前身である日本国臨時政府の工作員と考えられる。


 上の書簡はウラジオストクの労働改造所跡から発見されたため、不幸にも届けられることはなかった。

 だが、破壊をまぬがれた数少ない記録と、いくつかの当事者の証言とを照らし合わせた結果、後の戦争指導者竹田扇が労働改造所に収監されていた時期のものと推測されている。


 翻訳にあたっては入念な考証を重ねているが、当時用いられた言語「改造新語」は常に未完成で、時期によって大きくニュアンスが異なる。そのため、現代の価値観で正確に理解することは難しい。

 余談ではあるが、この「改造新語」は「ニュースピーク」と通称されていた。支配者たちは果たして「ニュースピーク」の意味を知っていたのだろうか。

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