第11話 救済の代償
ラムダを倒したナナとアルは、避難していた住民が集まる国の中心部へと歩いていた。
「……ホント、ボロボロね。直せるの?」
肩を貸した状態でナナが問う。
アルの右腕は内部骨格が露出し、胸部や腹部にも貫かれた穴が深々と空いていたが心配するなとばかりに苦笑してみせた。
「問題ありません。時間はかかりますが大丈夫です。それに――」
「それに?」
「これが本当の僕の姿ですから」
二人はゆっくりとだが歩を進めているとちらほらと人の姿が見え始め、やがて街の中心部に辿り着く。
「ナナ姉ちゃんッ!」
公園に辿り着くと、逃した子供たちがこちらに走ってくる。
その後ろにはリズの姿もあった。
「良かった無事で。怪我はしてない?」
「大丈夫、心配しなくてもこの通りよ」
心配げな表情をするリズにナナが胸を張ると泣き出しそうな顔で抱きしめられる。
「ホントに……、心配したんだからッ……」
「うん、分かってる。ありがとう」
首元に顔をうずめる彼女を安心させるように、ナナは背中に手を回してポンポンと叩いた。
「おい、なんでアンドロイドと一緒にいるんだ」
そんな感傷に浸る彼らを邪魔するような声が聞こえ、視線を向ける。
するとそこには昨日、ナナの回収品を買い叩こうとした小太りな換金所の店主がいた。
「そいつらは敵だ。さっさと始末しろ」
「彼は敵じゃない。みんなを守ってくれた」
「ふざけるなッ、そいつらのせいで俺の店はめちゃくちゃだ! アンドロイドの肩を持つってんならお前は裏切り者だ!」
ナナの味方という発言を聞いた店主が青筋を立てながら怒鳴る。
それによって何事かを気にした周りに人々がこちらに視線を向け、ぞろぞろと寄ってくる。
中にはアルの姿を見てあからさまにヒソヒソと小声で話す者もいた。
「そいつは問題ねぇよ」
嫌な雰囲気が漂い始めたとき、アンドロイドたちを掃討し終えた自警団のメンバーが口を挟んだ。
「俺たちもそいつが親玉みてぇな奴とやり合うのを見てたからな。そいつは敵じゃない」
「街を守ってるお前らまで何を言っている……? みんな騙されてるんだよ! 目を覚ませ!」
自警団員の言葉に店主は一瞬怯んだが、またすぐに喚き立てた。
こちらの意見など聞かずに自らの意見を押し付ける店主を撃ちたくなる衝動を覚えたが、同時に心の片隅では店主の姿が実に滑稽だとも思った。
しかし、そんなナナの心情など知らず店主は決定的な一言を叫ぶ。
「みんなも考えろッ! コイツは危険だ。今ここで虐殺を始めないと言い切れない! だいいち、どうして電波の遮断された空間で活動できてるんだッ」
その言葉に自警団員を含めた全員が視線を逸らして黙り込む。
この事態の全容を知っているのはナナとリズくらいで、それ以外の人間にはアルが何をしたのかすら理解していない。
自警団員たちもアルがラムダとの戦闘を途中までしか見ていなかったわけで、アルが何者でどこからやってきたのかも把握できていなかった。
「コイツが黒幕じゃないと誰か断言できる奴はいるか? 人間に溶け込むためにわざと同士討ちをさせた可能性をなぜ考えない!?」
自分の言葉に全員が黙り込むのを見て気を良くしたのか、店主は芝居掛かった身振り手振りで訴えた。
いままでにもアンドロイド側が巧妙な罠を仕掛けてきたことを過去の戦争でみな知っているので、誰も店主の言葉を頭ごなしに否定することができないのだ。
やがて、店主の言葉はその場にいた人々を徐々に支配しはじめる。
「そうだ、アンドロイドは俺たちの敵だ」
「そうよ。暴走して暴れだすかもしれない物を傍に置いてはいけないわ」
「実際にここはこうして攻められたんだ。また次がないとは言い切れない」
「イカれた鉄クズはいらない! ここから出て行け!」
しばらくは小さな声が聞こえるだけだったが、徐々にアルへの断罪の声は大きくなった。
ナナには目の前の光景に理解ができなかった。
助けてもらっておいて、出て行けと言い出す身勝手さに言い表しようのない怒りを覚えるほどだ。
それはアル自身やリズも同じようで、特に命を救ってもらった子供たちは店主の前に立って周囲の大人たちに叫んだ。
「そんな訳ないッ! お兄ちゃんは僕たちのこと救ってくれたんだ! お兄ちゃんのことを悪く言うな!」
だが大人たちは子供の戯言だろうとまったく気にもとめず、むしろアンドロイドがどれだけ危険かを子供たちに解き始める。
「ナナさん」
ナナは唇を噛んだが、ふと名前を呼ばれて見るとアルが誰にも気づかれぬように耳打ちをしてくる。
ナナは告げられた言葉に驚いたが、決意を固めた顔で頷く。
そしてどこからともなく取り出したハンドガンを肩を貸したままのアルのこめかみに突きつけ、引き金を引いた。
パァンと甲高い音が響いて、アルの体はグラリと地面にうつ伏せに倒れる。
その一発の銃声で場で騒ぎ立てていた人々がしんと静まり返り、皆が一様に驚いた顔でナナを見た。
「どう? これで満足?」
「え、あ…………」
店主はナナの予想もしなかった行動に言い淀む。
まさか行動を起こすとは思っていなかったのだろう。
さっきまで好き勝手に言っていた周囲の人々も沈黙を貫いている。
そんな彼らを一通り見回してからナナは近くにいた自警団員に口を開いた。
「ねぇ、第二シャフトを開けてもらえる? これを外に出したいんだけど」
問われた自警団員は戸惑ったように隊長格である髭面の男を見た。
「なら俺が案内しよう」
男がそう言って、第二シャフトの方へと歩き出す。ナナもその後ろについていこうとしたが、その背に声がかかる。
「ナナ姉ちゃん、なんで…………」
子供たちだった。彼らは信じられないという表情でナナを見ていたが、それを無視して彼女はリズに目を向ける。
「リズ、後でそこにあるアルの荷物と例のものを持ってきて」
そう一方的に告げると、ナナは自警団員に連れられてアルの体を引きずるように第二シャフトに向かって歩いていった。
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