第7話 巻き起こる騒乱 1/2

 ナナがアルたちを探してバギーを走らせている頃。

 シャフト近くは混迷を極めていた。


 高く立ち上った煙が人工照明の光を隠し、露店で品定めをしていた人たちは揺れの直後に広がった光景に一様に足を止め、事態の深刻さに気づくとパニックとなった。

 のどかな通りは一瞬にして混乱と恐怖が渦巻いている。


 ちょうどシャフト付近まで来ていたアルと子供たちは、通りに面した建物の入り口付近に避難していた。

 統率感のない荒れる波のような人の流れを見ながら、アルは歯噛みする。


 早くこの場を離れたほうがいいのは考えるまでもないことだが、いま出て行けば足の遅い子供たちとはぐれる可能性があった。

 しかし時々聞こえてくる銃声がタイムリミットが近づいていることをアルに伝えてくる。


 少しでも早く人の流れが途切れることを祈りながら、どうやって子供たちを逃がすかを計算するが、考え出した手段ははっきり言って曖昧なものだった。


 せめて、あの爆発がなぜ起こったのかだけでも知りたい。

 試しにちょうど目の前を通った中年男の首根っこ掴む。


「すいません、教えてください。何が起きてるんですッ?」

「なんだッ、お前!? いいから離してくれッ! 早く逃げないと!」

「それは僕たちも同じです。一体何があったんです?」

「アンドロイドだ……、アンドロイドが攻めてきたんだッ!」


 半ば錯乱状態に陥っている男はアルの手を振り払ってその場から逃げ出す。

 だが直後、パパパンッという短い銃声と同時に男が前のめりに倒れた。


 子どもたちの無事を確認して倒れて動かない男の体をスキャンし、心拍数や脈拍などがマーカーとして表示される。

 幸い、急所は外れているようで心拍数が上がっていたが、男にはまだ息があった。


 それを確認してからアルが駆け寄ろうとするが、先に男のすぐ傍に一体のアンドロイドが降り立つ。


 左腕と顔が不自然な方向に曲がり、黒いツタのようなものがまとわりついたアンドロイドは銃を男の頭に照準する。

 反射的に子どもたちの視線を遮るのとパンッと乾いた音が響くのは同時だった。


「…………ッ!」


 アルは再び男をスキャンしたが、様々なマーカーは死亡したことを示していた。


「ッ……あれは、どうして?」


 アンドロイドによる処刑。

 あまりにもあっけなく行われた光景にアルは歯噛みする。


 何故、人間を殺す。

 何故、敵対する。

 何故、根絶やしにしようとするんだ。


 人類を救うことを前提に作られたアンドロイドであるメサイア級にとって、目の前で行われている行為は到底理解できなかった。


 アンドロイドがこちらを向く。

 その右手が跳ね上がった瞬間、ポケットに隠し持っていたFMFを取り出す。


変身ターン、シールドッ!」


 FMFは空中で緩やかなカーブのかかった長方形の盾に変化すると、アルと弾丸の間に立ちはだかる。

 降りかかる弾丸の雨がカンッカンッと甲高い音と共にあらぬ方向へと弾かれていく。


 あのツタに見覚えがある。

 当たり前だ。

 何故なら、あれに使われている技術の基礎は自分にも使われているのだから。


 アンドロイドに巻きついてるツタは、アルの持つ流体型金属フレームFMFと同じように特殊な性質をもつ金属で、触れた金属を操り、制御する力を持つ。

 恐らくはあのツタが制御中枢に侵入し、直接アンドロイドを操っているのだろう。


 しかも、未だに銃声があちこちから聞こえてくることから複数のアンドロイドを同時に操っていることがわかる。

 その処理速度はとてつもないはずだ。


 ついでに言えば、ここは電波が完全に遮断されているため、操っている黒幕はこのアンドロイドと共に集団で移動しているということにもなる。


 ツタで複数のアンドロイドを操り、単機でとてつもない処理速度と移動手段を持つ。

 そこから導き出される答えはひとつだけだ。


 あのツタでアンドロイドを操っているのは――。


 そこまで考えた時、唐突に手を握られアルは視線を落とす。

 見ると子供たちが一様に不安そうな顔をしており、中には目に涙を貯めている者もいた。


「お兄ちゃん……僕たち、死んじゃうの?」


 アルの右手を握った少女が口を引き結びながら呟く。

 その目に映っていたのは死に対する恐怖だと見抜き、防御にも意識を割きながら子供たちの方に顔を向ける。


「いいえ、誰も死なないし、死なせません。僕は人間の味方です。だから今は出来るだけ奥に行って、姿勢を可能な限り低くしていてください」


 アルは子供たちの目を見てまっすぐに言い、彼らは一様に頷いて指示に従う。

 それを確認してからアンドロイドに意識を向ける。


 今の自分の目的は人間を守ることだ。

 その目的を邪魔するのなら容赦なく潰す。たとえそれが同族であろうとも。


銃器教典バレットノート、一式」


 小さく呟くと薄く広がっていたFMFは収縮するように縮み、漆黒のハンドガンへと姿を変える。

 そして、その引き金を連続して引く。


 発射された弾はアンドロイドの胸部、頭部、右腕に寸分狂わず命中し、アルは銃を構えたまま建物から通りに出た。


 仲間が破壊されたことを感知した二体のアンドロイドが新たに現れ、こちらに走りこんできたので銃撃して片方を仕留める。

 だが、もう片方のアンドロイドは銃撃を躱し、一気にアルに肉薄し踊りかかった。


 攻撃を避けると空いた手で敵の頭を鷲掴みし、勢いよく地面に叩きつけて黙らせる。

 そこで場違いなクラクションの音が聞こえた。


 振り返ると、見慣れたバギーが目の前で停車し、運転席からナナが降りてくる。


「アルッ、子供たちは?」

「そこの建物に隠れています。ここにいるのは危険ですから早く安全な場所へ」


 そう言いながらアルはさらに寄ってくるアンドロイド数体を撃ち、殴り、破壊していく。

 その間にナナは子どもたちの元へと走り、次々とバギーに乗せていく。


「全員乗せたわ! 早くアンタも乗ってッ」

「いえ、僕は行きません。ナナさんたちは避難してください」


 丁重に断りながら右手のハンドガンを変化させ、同じハンドガンをもう一丁作り出して連射する。


「アンタが起こしたことじゃないでしょ? ここは放棄されるわ、早く――」

「いいえ。僕のせいです。直接的ではありませんが、間接的には僕の責任です。それよりもナナさん、一つお願いしてもよろしいですか?」

「私に出来る範囲でなら……」

「あなたの所に置いてきた僕の荷物を持って来てくれませんか? あれがあれば、この状況がなんとかなるかもしれません」

「……分かったわ」


 彼女が頷くのを確認してから、アルは背を向けて第一シャフトの方へと歩き出す。

 逡巡するようにナナはその背中に何かを言いかけたが、結局は口を噤んでバギーのアクセルを踏んで来た道を走った。

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