第6話 国の子どもたち 2/2
「「「「ごちそう様でしたッー!」」」」」
食堂に響く威勢のいい挨拶とともに子供たちが長テーブルを離れ、一箇所に集まっていく。
「ねぇねぇ、早く外に行こ!」
「なにやる? 鬼ごっこ?」
「散歩がいい」
「えー、あとでいいじゃん」
「私も散歩がいい」
「じゃあ散歩にけっていー」
「勝手に決めるなよ」
「もうお兄ちゃんに決めてもらったら?」
「そうだねー」
子どもたちは口々に喋りながら半ば強引に掴んだ手を引っ張る。
その光景をナナはじっと見つめ、中心にいる人物――愛想笑いを浮かべるアルを眺めた。
何故こんなことになったかというと、ちょうどリズが昼食を作っている間。
ナナが子供たちの遊び相手を務めていた時、アルがせがまれて披露した初歩的なマジックに子供たちの心は鷲掴みにされ、以来、完全に忘れられていたのだ。
「えっと……、これはどうすればいいんです?」
人気者となったアルが困惑顔でおろおろとしていると、食器の片づけていたリズが炊事場から顔を出す。
「とりあえず、その辺をブラブラ散歩させてあげて」
「え、じゃあ私も――」
「いいのいいの。一人で大丈夫でしょ? 任せたわよ」
「りょ、了解です……」
リズはにこやかに手を振ってアルたちを見送る。
手持ち無沙汰になったナナは仕方なく椅子に座り直すと食器を全て洗い終わったリズがテーブルに戻ってきた。
「なに? 子供たちとの戯れを取られて妬いてんの?」
「別に……、妬いてない」
口ではそう言うものの眉を寄せてプイッと顔を背けるあたり明らかに不機嫌であることを表しているのだが、それに気づかぬフリをしてリズはニヤニヤと笑う。
「ねぇ、リズ。なんでさっき私を止めたの?」
「んー? 別に。あの子たちもあなた以外と触れ合っていた方がいいと思っただけよ。それとも止めちゃいけない理由でもあった?」
「だって、あいつは――」
「アンドロイド、でしょう?」
言いたかったことを先に言われ、ナナは驚いた顔で声を詰まらせる。
アルがアンドロイドであることは一言も口にしていないのに、とナナは大量の疑問符を浮かべたがリズは肩をすくめた。
「これでも元回収屋なんだから。アンドロイドと人間の区別くらいは分かるわよ」
「じゃあ、アンドロイドだって分かった上でアルを行かせたの? なんで?」
「なんでって、あなたが連れてきたからよ。あなたが無意味にアンドロイドを連れてくるわけないもの」
リズの平然とした言葉に思わず唖然とする。
だが少しだけ嬉しかった。
そうやって信じてくれる人なんてそうそういない。
しかし、そんな内心を悟られないようにするために照れ隠しで視線を逸らす。
「まったく……よくそんな恥ずかしいことが言えるわね」
「当たり前でしょ、だって家族なんだから。たとえ血が繋がっていなくてもね」
そう言われたナナは薄く笑って、虚空をぼんやりと見つめる。
二年前。
外で倒れていたところをリズと彼の父親によって救われたナナは彼らとともに回収屋として働いた。
過去の記憶を失っていたナナに名前をつけ、家族として迎えてくれたリズの父は半年ほど前に亡くなり、孤児院の業務はリズが引き継いだが、ナナは今日に至るまで回収屋として外の世界を見てきたのだ。
「親父が死んじゃったけど、私がここを継いでアンタは回収屋として資金を稼いでくれてるおかげでなんとかやれてる。まぁ色々あったけど、私たちは紛れもなく家族だよ」
窓の外を見やって呟いたリズにナナはぎこちない笑みを返す。
ここに集まっている子供たちは皆、両親をアンドロイドに殺されたり、不慮の事故で失ってしまったのが主だ。
本来、身寄りもない彼らはただ掃き溜めのゴミを漁って密かに身を寄せ合って生きていくしかなかったが、リズの父親が回収屋として貯めた資金で施設を立ち上げたのだ。
ナナ自身も拾ってもらえなければ、早くに飢え死にしていただろう。
身分も、財産も、身寄りもない――本質的に言えばナナもここにいる子供たちとなんら変わりない。
ただ他の子供たちよりも年が上で、生き抜く手段を持っているだけだ。
そんなことをぼんやりと考えていた時、突如爆弾でも落ちたかのような爆音で地面が震え、衝撃波で窓ガラスがビリビリと割れんばかりに音を立てた。
「なに、今の!?」
一瞬で収まった揺れにリズは何が起こったのか理解できずに、心配そうに周囲を見る。
その揺れの原因を経験でなんとなく悟ったナナは、視線を向けた窓に駆け寄って開け放つ。
すると窓から景色の右手寄りから煙が上がっているのが見えた。
「あの方角、第一シャフトのほうだ……」
煙はシャフト――つまり地上と地下にある国の行き来に使われるエレベーターのほうから上がっており、黒い煙の合間にチロチロと赤い炎が燃えているのが確認できる。
シャフト付近で異常事態が起こっているのは明白だった。
嫌な予感がする。
窓の景色を見たリズは唖然としたが、サッと背を向けて走り出そうする。
ナナはその肩を掴んだ。
「リズはここにいてッ、子どもたちは私が探してくる」
「でも――」
「お願い。もし両方が探しに出て、入れ違いになったらマズいでしょ?」
「…………わかった。お願い」
リズの頷きに応え、ナナは食堂を飛び出して外に止めていたバギーに乗り込み、第一シャフトに向けて急発進させた。
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