第5話 国の子どもたち 1/2
次の日。
ランダムに設定された天気は曇りであったが、はっきり言って晴れと言っていいほど明るかった。
その空の下、バギーのハンドルを握るナナは助手席に座るアルのほうを見る。
「ナナさん。なぜ、一人で街を見て回ってはいけないんですか?」
「ここは初心者が行き来できるほど簡単には作られてないの。それに正体バレたらやばいんだから、傍にいてもらわないとこっちの気が持たない」
「まだ信頼してくれていないんですか? 昨日全部話したでしょう。これ以上なにを言えと?」
不服とばかりにアルが言葉を発する。
心なしか怒りの感情が少し乗っているように思えたが、ナナは無視した。
「残念だけど、まだ完全に信じた訳じゃないから」
一言だけそう言って運転に集中すると、アルはふてくされたようにそっぽを向く。
ナナにはどう見ても、これが世界を救済するアンドロイドには見えなかった。
―――――
十年前。まだ世界が平穏だった時代。
人類は豊かな繁栄を手にし、その隣にあったのがアンドロイドと高度な人工知能だ。
アンドロイド、ひいてはそれを開発した人工知能たちによって人々の生活はもっと豊かになるはずだった。
だが結果として人工知能は戦争を仕掛け、その尖兵となったアンドロイドたちによって人類は敗北する。
それがナナも知っている過去の歴史だ。
「いまのアンドロイドたちは人間の脅威です。けど僕は……、いや僕たちは違います。メサイア級の目的はこの世界の救済なんです」
人工知能は世界各地に点在していた。
だが人類に戦争を仕掛けた人工知能は一機。
他の人工知能たちは人類のためにそれぞれにギリシャ文字の名を冠するアンドロイドを作り出した。
それこそが次世代型高度AI搭載アンドロイド――メサイア級。
つまりアルたちだ。
「僕たちメサイア級は操られて外を歩き回る
アルは自分たちのことについてそう語った。
恐らく、アルたちを作り出した人工知能たちは世界がどうなるかを予見していたのだろう。
「僕がこの世界でやらなければならないことは三つです。人間と接触し、アンドロイドとの共存の道を探すこと。僕の兄妹――メサイア級のアンドロイドと接触すること。そして世界に戦争を仕掛けた人工知能の破壊。この三つを成し遂げるために僕は作られたんです」
それが昨日、アルが真剣な表情で言った言葉だった。
―――――
走り続けたバギーは広いグラウンドを持つ建物の前に停車し、ナナはエンジンを止めた。
「ここは?」
「個人が運営してる孤児院よ」
そっけなく告げ、バギーを降りて敷地内に入るとグラウンドを横切って建物のほうへと歩く。
その途中で二階のベランダで洗濯物を干している女性がいることに気づいた。
向こうも二人の姿に気づいたようで、白いシーツを干していた手を止めてすぐに建物の中に引っ込む。
そして建物から飛び出してきた女性は勢いよくナナに飛びついた。
「ナナッ、久しぶり!」
「久しぶり、リズ」
そうして両者はしばらく抱き合ってから体を離す。
リズと呼ばれた二十代後半くらいの女性は後ろに流した長い髪を揺らし柔らかく微笑む。
「本当に久しぶりね、どうしたの急に」
「最近来てなかったから久しぶりにね。それでその……入ってもいい? 彼も」
遠慮気味にそう言って、ナナは後ろのアルを示す。
彼女は澄んだ目で数秒、アルをじっと見てからニコッと笑う。
「もちろんよッ、遠慮なんてしないで。私はリズ。まぁ、この子の姉みたいなものよ。よろしくッ」
リズは快くアルに右手を差し出す。
勢いに気圧されながらアルが手を握り返すと彼女は二人を建物の内へと案内した。
中に入ると、どことなく学校を思わせる雰囲気の無機質なコンクリートが三人を出迎える。
実際、設計者は昔の教会をモチーフにして作ったらしいのであながち間違いではない。
「あー! ナナ姉ちゃんだッ!」
階段を登っていると上方から声が降ってきて顔をあげる。
二階へと続く階段の先に子供たちが複数顔を覗かせ、ぞろぞろと降りてくるとナナたちを取り囲んだ。
「ナナ姉ちゃん、何しにきたの? 遊びに来たの?」
「なにして遊ぶ?」
「ナナ姉ちゃん、お話も読んで!」
「ねぇ、今日お泊りするの!?」
「ナナ姉ちゃん! 僕、ニンジン食べられるようになったよ」
「ねぇねぇ、今日のお土産は?」
「ケン、いっつもお土産ばっかりせがまないの」
「ねぇ、このお兄ちゃん、誰?」
子供たちの口から次々に飛び出す質問に笑顔で返しながら、ナナは問答無用で子供たちに引きずられていく。
その喧騒からは置いてけぼりにされたアルは目を白黒させながら呟く。
「……人気なんですね、ナナさんは」
「まぁ、面倒見がいいから好かれやすいのよね。さぁ、行きましょ」
そう言ってリズがアルの背中をバシッと叩いたその時、彼女は怪訝な表情をする。
「あら、あなた……」
アルは覗き込んでくるリズに首を傾げたが、すぐに彼女は何事もなかったかのようにナナたちの後を追いかけていった。
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