第4話 回収屋という職業 2/2
十数分後。
回収物の換金を諦めたナナは、自らの住処である橋の下にあるコンテナハウスに帰宅していた。
しかしその表情は仕事終わりのホッとしたものではなく、面倒ごとを押し付けられたブラック社員のようにとても重く沈んでいる。
「こんなところに住んでいるんですね。興味深い」
その原因であるアルは興味津々といった表情で部屋を見回して目を輝かせていた。
部屋にはいくつか家具が置かれているが、ほとんどが拾い物か使えるパーツを組み合わせた自作で、その上に仕事中に拾ったガラクタなどが雑多に広げられている。
こちらの悩みなど知らず、無邪気な子供のように室内を物色するアルにイラついていたナナは、やがて落ち着きなく部屋の中を行ったり来たりし始めた。
現状で取れる手段は三つ。
このままアンドロイドだとバレないうちに追い出すか。
全力をもってアルを破壊するか。
今の状況を協会などに伝えるくらいだろう。
だが二つ目の実力差的に不可能だし、三つ目の選択肢は正直自信がない。
なので必然的に最初の選択肢を取るしかない。
「ちょっと落ち着いてはどうですか?」
「落ち着けですって? こんな状況で落ちついてられると思う!?」
なんてことはない言葉に凄まじい怒りが露わにし、ナナはアルを睨む。
どこから侵入したのか分からず、かといって捨て置けば何をするかわかったものではないからここに案内したというのに、危機感皆無なアルの様子を見たら怒りたくもなる。
「どうやって潜り込んだの? 何がしたいわけ? 私を付けたの? 答えなさい、今すぐに」
「そんなにいっぺんには答えられませんよ。少し落ち着いてください」
怒りに任せて質問をぶつけてくるナナに苦笑いしてアルは冷静に答えた。
「ここを見つけたのは僕自身の力です。もちろんナナさんの向かった方角なんかも参考にはしましたが。侵入方法は……まぁそれは秘密で」
ケロッとした表情で肩をすくめる姿に呆然どころか薄笑いを浮かべてナナはソファに身を沈めて頭を抱える。
リアクションの意味を理解できていないアルは首を傾げた。
「なにがそんなに気に入らないのです?」
「……あなたの存在そのものよ」
気だるげながらに答え、表情険しくアルを指さす。
「いい? ここは人間のための世界なの。そんな場所にアンドロイドが現れればパニックになる。その上、アンタを招き入れたのが私だと思われたら運が良くても追放、最悪処刑されるのよ」
「招いたのはナナさんじゃありませんよ。僕自身の意志でここを探り当てて潜り込んできたんです」
「そんなこと誰も信じないわよ。アンドロイドを信用してないんだから」
十年前の世界的な闘争を知っている者からすれば、アンドロイドがいれば問答無用で銃器で蜂の巣にされてもおかしくない。
彼らが持つであろう不信を覆すには問題が多すぎる。ナナは難しい顔をして考えた。
「わかりました。そんなに僕が信用ならないなら、これを預けます」
そう言って、アルは部屋の隅に置いていたあのFMFの黒い長方形の箱に手を触れ、表面からコンバットナイフを取り出すと、それを自分の胸に突き立てた。
その光景にナナの顔が真っ青になるが、アルは無表情に胸に刺したナイフを真下へと移動させ胸を開く。
そしておもむろに手を突っ込むと、胸部から一つの匣を取り出して何の予告もなく投げ渡す。
受け取ったナナは、嫌そうな顔をしながら手のひらに収まるくらいの正方形の匣をしげしげと眺める。
見た目はアルが地下街で使っていたFMFと一緒だったが、受け取ったそれはあちこちに赤いラインが走っており、まるで生きているように明滅していた。
ひと通り観察してからジトッとした目をアルに向ける。
「……爆弾、じゃないでしょうね?」
「違いますよ。それは僕の頭脳であり心臓でもある
苦笑まじりで言われた言葉にナナが驚く。
核はアンドロイドの頭脳にあたる部分だから、失えばどんな機体も機能停止に陥る。それを何の疑いもなく渡してくるアルの考えが読めなかった。
「本気……? 私がこれを壊さないと思っているの? だいたいこれを取り出したらアンタ動けなくなるでしょ?」
「心配ありません。例えボディと切り離されても核とは量子的に繋がっているので。前者の質問に対しては、少なくとも今すぐに破壊されないくらいの信用はされていると思っていますよ」
アルは呟いておどけるように肩をすくめる。
本当に人間のようだ。
不覚にもナナはそう思ってしまい、頭をふって騙されるなと言い聞かせる。
目の前にいるのは紛れもなくアンドロイドであり、他の何物でもない。
人のように助けるな。人のように笑うな。人を装うな。
そんな言葉を胸のうちで反芻させて抱いた印象を打ち消していると、今度はアルの方から口を開く。
「ナナさんはなぜ世界がこうなったのかを知っていますか? 」
「アンドロイドが人間に反逆して戦争が始まった。それだけでしょ?」
率直な言葉にアルは苦笑しながら続ける。
「確かにそうですがが、実際はもっと複雑です。これは僕たちの存在意義にも繋がっていることですからぜひ聞いて欲しいんです」
そう前置きしてからアルは厳かに語り出す。
「世界がこうなったのは、一台の人工知能が世界に戦争を挑んだことから始まったんです」
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