第3話 回収屋という職業 1/2

 バギーを走らせたナナは放置車両や障害物を巧みなハンドル捌きでかわして高速道路だった道を走る。


 彼女が向かっているのはこの先にある国だ。

 国といっても、ひと昔前の何億という国民を抱えるものではなく、千人にも満たない小さなコミュニティである。


 心地のいい風を受けながら景色に目を向ける。


 傾いたビルに地面に空いたクレーター。まるで戦争でも起きたようだ。

 いや、実際に起こったのだ。


 世界がこうなったのは十年前。

 突如として反乱を起こしたアンドロイドたちによるものだった。


 最初に生み出されたのは人と同等の知性を持つことを目標とした人工知能だったという。

 それは学習過程で様々な知識を獲得し、ついには人の知性を越えるまでに成長した。


 その人工知能が人と深く接するためのインターフェイスとして開発したのがアンドロイドだったのだ。


 人工知能が作ったアンドロイド。

 その体には人には解析できないブラックボックスが存在していたが、生まれる利益を優先した企業はもっとも人に寄り添い、助ける道具として大々的に売り出した。

 お陰でアンドロイドは瞬く間に世界に普及し、それが地獄の始まりとなった。


 ある時、彼らは一斉に決起し、人間を攻撃し始めたのだ。

 結果、あらゆる大陸から政府という概念が消失し、国家という形態を失った人類はアンドロイドの脅威に怯えながら小さなコミュニティを作って隠れるしかなかった。


 国の存在はアンドロイドたちから秘匿するために電波遮断壁で覆われ、入口も巧妙に隠されている。

 だが隠すことに重点が置かれたため、国同士の連絡手段はなく、存在すら怪しまれる都市伝説のような国も存在していた。

 それだけ国の存在は重要なのだ。


 かつての人類が築いたであろう景色に想いを馳せ、ナナはアルの言葉を思い出す。


 人とアンドロイドの共存など馬鹿げている。

 そんなことが出来るのなら、この戦争というには一方的な争いは起こることすらなかっただろう。


 アンドロイドに親兄弟を殺された人類が憎しみを捨てられるはずがない。

 この争いを終わらせるにはどちらかが滅びるしかないのだ。


 そんな思考を巡らせながら高速を降りて真っ暗なトンネルへと侵入する。

 ヘッドライトだけが頼りの中、スピードを緩めてバギーの頭を壁へ向けて振りアクセルを踏み込む。


 バギーはそのまま壁に激突するかと思われたが、鼻先が壁に触れるとそのまま飲み込まれるように中へと消える。


 その先に広がっていたのは別のトンネルだった。

 国の存在を隠すための設置されているホログラムの先には車一台が通れるほどの道路があった。


 ぼんやりと行先を示すような照明に導かれ、ナナはバギーを走らせた。



 ―――――



「……なんですって?」


 秘密の通路を通って国に着いたナナは、回収屋をまとめる協会の建物の中にある換金所にいた。


 協会の建物は教会と飲食店が一体になったようなちょっとした大きさで、大部分を占める休憩所では談笑している同業者の姿が見える。


 ナナがいるのはその端っこにある換金所の一つで、彼女の目の前には面倒くさそうに頭を掻く四十代くらいの小太りの男がいた。


「悪いけど、値段は簡単に変えられないよ。こっちも商売なんだから」

「ふざけないで。前回来た時は同じ物を倍の値段で買ってくれたはずよ」


 そう言ってナナが指し示したのは、テーブルに広げられた様々な電子機器だ。


 かつての文明の遺跡を漁り、有益そうなものを回収することを生業とする回収屋は、回収した遺産を換金してもらうことで生活している。

 昔風にいうならトレジャーハンターなどの類と同義で、回収した物によっては一攫千金のチャンスがあるのだ。


 事実、ナナの使う狙撃銃――サックスもかつて荒地から自らの手で掘り当てた品で、売りに出せば人生の半分は遊んで暮らせる金が手に入る。


 回収屋になって二年。

 まだまだ経験は浅い方だが、回収した機器の相場くらいはわかっている。

 男の提示した額ははるかにそれを下回っており、買い叩かれているのは明確だった。


「俺に抗議するなよ。これは元からウチの方針なんだ。何を言われても変える気はない」

「ウチじゃなくてアンタの方針でしょ! いいから、おじさんを出して」


 男の言葉に耳を貸さず、ナナはそう主張する。

 おじさんとは、この男の父親であり本来の店主である老人のことだ。


 彼は気前が良く、たとえ質の悪い回収品にもそれなりの値段を払ってくれるので古参の回収屋からも好かれていたのだが、今日に限って普段仕事を手伝いもしない男が出て来たことにナナには最初から違和感があった。


「あの人は引退したよ。今は俺がここの店主だ。親父のやり方は間違ってる。これが本来の値段なんだよ」


 少しばかり声を荒げてそう主張する男は、気を落ち着けるように息を吐いてから再度口を開く。


「まぁでも、アンタはお得意様だから、態度次第じゃ倍出してやってもいいぜ」


 そう言って品定めでもするように卑下た視線を向けてくる男。


 ナナはその視線に生理的嫌悪を覚えて、腰のハンドガンに手をかけたが寸前で思いとどまる。

 ここでイザコザを起こせば自警団に囲まれて最悪国から追放されてしまう。


「もういい。話にならない」


 そう言ってテーブルに広げていた回収品を片付けようとする。

 しかし男がその手を掴んだ。


「おいおい、そっちから話を持ちかけておいてそれはないだろ? せめてもう少しだけ――」

「黙れ。アンタに興味はない、失せろ」


 くだらないことを言い出す男を眼光と口調だけで黙らせ、スタスタと協会を出た。



 ―――――



 外では人工照明が街を煌々と照らしていた。

 協会内は照明がカットされて薄暗かったので、ナナは眩しさに慣れない目でバギーを停車させた場所へと歩き出す。


 回収屋の命は軽い。

 自ら外に出るのだからアクシデントに見舞われたりアンドロイドに襲われて殺されたりする可能性が常に付きまとっている。


 ナナ自身も今日のようにアンドロイドに鉢合わせし、命を狙われたことは何度もあった。


 国の中にある協会に出向いて許可証を発行してもらえれば、誰でも回収屋になることができる敷居の低さもあって入れ替わりの激しい職業だということが理解できる。


 ふとナナは通りで立ち止まって、顔をあげた。


 通りから見える建物のほとんどが一階か二階建てのプレハブもどきで、通り歩く人はどこか覇気がなく疲れているように見える。

 しかし、これが街の日常であり人間の今の現状だ。


 今の時代、人類には技術も資材も何もかもが失われ足りない。

 だから過去の遺産からそれらを復活させ、なおかつ学ぶ必要がある。


 そのためにどれだけ個人に対する価値が低くとも回収屋は必要とされる存在なのだ。


 しかしそういう所には不届き者や欲に目がくらんだりしたならず者も多く、そこにさらに利益を得ようと奴も混ざってくる。

 ちょうどさっきの男のように。


 さらに言えばナナは自分が女性で子供だと侮られることが我慢ならなかった。

 言うまでもなく回収屋は男が多く、女性の回収屋はなかなか見ることができない。


 ついでに言えば、十代で一人前の回収屋として働く人間などこの街にもナナを含めて数人程度だ。


 だから女性で若い回収屋はベテランたちから侮られ、バカにされる。

 ナナにはそれは我慢ならない。


 確かに自分は女で子供かもしれないが、だからと言って同じ土俵に立てないと思われるのは心外だ。


 いつかおごり高ぶったその顔に爪痕を残してやりたい。


 そう考えるのがナナという人間であったが、アルのボディか匣だけでも回収していれば、かなりの額になったのではないかということにいまさら現実的なことに気づき、ため息を漏らす未熟な面もあった。


「随分と沈んだ顔をしていますね」


 そんなナナがバギーの元に辿りつくと聞こえるはずのない声が聞こえ、バッと顔を上げる。

 声をかけてきたを捉えたナナは震える声で問う。


「アンタ、なんで……?」

「どうも、さっきぶりです。ナナさん」


 彼女の目の前には、何事もなかったかのようにバギーにもたれかかって手を振るアルがいた。

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