第2話 人を守るアンドロイド 2/2

 荒れ放題の大地に白線を引くように伸びる道。

 あちこちがひび割れたアスファルトからは雑草たちが顔を出し、放置された車を侵食していたが、それらを避けながら二人は歩いていた。


「ねぇ、なんで付いてくるわけ? 付いて来いなんて言った覚えはないんだけど」

「そう言わないでください。目が覚めたばかりで情報が足りないんです。それと僕のことはアルで構いません」

「そんなこと聞いてないから」


 剣呑な雰囲気を放ちながら先を歩くナナに対し笑顔で応えるアルファ改めアル。


 ナナは銃口を突きつけたい衝動に駆られるが、ため息をつくだけにとどめて視線を逸らす。


 踏みしめたアスファルトは歩くたびにザリザリと音を立てる。

 長年手入れを受けられなかった道は視認しづらいヒビや凸凹でこぼこが多数存在していたが、歩き慣れたナナはあらかじめそういう場所を避けて通っていく。


 その動きをトレースするようにアルも同じルートを辿る。


 アルは出会った時の簡素な病衣から裾の長いジャケットにシャツとズボン。コンバットブーツという出で立ちに変わっていた。


 すべてあの地下街から見繕った物で、薄汚れてはいるがまだ生地はしっかりとしているし、色のセンスも良い。

 認めたくはないが、人間のように見事に着こなしていた。


 体にフィットするようなボディスーツにラフな服を着て、外套のようなボロ布を被っている自分の姿に目を落としてからナナは呟く。


「あの時、素直に撃たれれば良かったのに……」

「起きた途端に撃たれるのはさすがに流石に困りますよ」


 あの時――アンドロイドを破壊したアルがナナに手を差し出した時。

 遠慮なくナナは眉間に向けて発砲したが、見事に躱されたのだ。


 そして一度も反撃することもなく、今もこうして後ろに付いてきている。

 ナナは鬱陶しそうな顔で後ろに目をやった。


「色々言いたいことは山ほどあるけど、まず後ろのそれは何?」


 胡乱げに向けられた視線の先にはブラックモノクロームの金属の塊があった。

 無言の威圧感を放っている棺桶のようなそれはスリングによってアルの背中に背負われていたが、あまりにデカすぎて背負われているようにしか見えない。


「僕の唯一の持ち物です。これがないと僕自身のスペックを完全に出し切れない――いうなればナナさんのその銃と同じです」

「一緒にしないで。サックスはそんな訳のわからないものとは全く違うわ」


 不快そうに眉を寄せたナナは肩に背負った狙撃銃――サックスのスリングを少し強く握り、バッサリと切り捨ててから改めて訊ねた。


「つまりはあれみたいなのが入ってるってことでしょ?」


 ナナの言うあれとは、もちろんあの銃へと変形した黒い匣のことだ。


「そうです。これはFMF――正確には流体型金属フレームFluid-type Metal Flameと呼ばれる物で、特有の静電気を流せば、どんな形にでも変化させることが出来ます」

「武器ってこと?」

「なんにでも変化させられます。しかし自衛のための品ですし、僕以外には反応しないように作られてますから、他のアンドロイドや人間には扱えません」

「そういうことを言ってるんじゃないのよ。私が言いたいこと分かる?」

「さぁ? どういうことです、分かりません」


 キョトンとした顔で肩をすくめるアルに眉間に刻まれた皺がいっそう険しくなるのを感じる。

 いま自分は悪鬼も逃げだすような酷い顔をしているに違いない。


「さっきまで我慢してたけど気が変わったわ。答えなさい。アンタ一体何が目的? 私と一緒に行動して行き着いた国を潰すつもり?」

「なぜ、僕がそんなことをすると?」

「当たり前じゃない。だってアンドロイドなんだから」


 人とアンドロイドは敵同士。それはこの世界の誰もが知っている常識だ。

 だがアルは飄々とした態度で話題を変える。


「それにしても、こんな状態でもちゃんと政府は機能しているのですか? 今日の日付は?」

「知らないわよ。それに政府なんてものはとっくに滅んだわ」


 西暦などもう誰も気にしない。

 その日を無事に生き延びることに必死で、そんなものを数える習慣など今の人類からはほとんど消え失せてしまったのだから。


 油断なく視線を向けながら何故か残念そうに顔を伏せるアルを観察する。


 表情や仕草は言われなければ本当にアンドロイドだと気づけないほどに洗練されており、どこか気の抜けた笑顔がそれを助長させている。


「ナナさん。前提としての認識に齟齬があるようなので言っておきますが僕にはちゃんとした目的があります。この世界を救うという目的が。そのためにできるだけ多くの人と触れ合うことが必要なんです」


 背負った物体を差しながら流れるようにそう話すアル。

 ナナは吐き捨てるように言った。


「ふざけないでッ、アンドロイドと人間は敵同士。世界を救うなんて馬鹿げたこと言わないでッ」

「ふざけてなんていません。僕は他のアンドロイドとは違って自らの意思で動いている。そこには誰の命令も意思も介在していません」

「それでも機械は機械。同じことよ」


 アルの言葉を完全否定するナナだが、内心では困惑していた。


 文明はアンドロイド――正確にはそれを制御していた人工知能たちによってことごとく滅び去り、いまや彼らに狩られる羊でしかない。

 アンドロイドは操り人形にすぎず、決められた事務仕事をこなすかのように人々を抹殺していくだけだ。


 だというのに、ナナは心のどこかでアルの言葉を信じかけていた。

 何故かはわからない。

 そう信じさせてくれるなにかがあるような気がした。


 しかし、ナナの中の理性がそんな意見を否定する。


 アンドロイドが敵である人間を抹殺せずにこうして行動を共にしてくることなどあり得ない。何か裏があるはずだ。

 世界を救うなど世迷い言も甚だしい。きっと何かのバグでも起きているのだろう。


 余計なことには関わらないほうが懸命だ。


「あなたの言葉が実現するとは思えない。この十年で人間とアンドロイドの間に刻まれた溝は簡単に埋められるほど浅いものじゃないの。悪いことは言わないから諦めなさい」


 ナナはそう絞り出し、道の外れに隠していたバギーのエンジンに火を入れ、道へと出す。

 アルは何かの言いたげにその場に立ち尽くしていたが、引き止めるようにバギーの車体を掴んだ。


「一応言っておきますが、僕は本気です。人間とアンドロイドが共に共存できるようにすることが僕の使命であり、この世に存在できる理由なんですから」

「なら一人で頑張って、私は帰るから」


 アルの発した言葉をそっけなく返してナナはバギーを発進させた。

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