第1話 人を守るアンドロイド 1/2

 狙撃銃を手に持ったまま少女はほっとする。


 危なかった。


 さっきの攻撃で無傷だったのは幸運だった。

 飛び退くのが遅れていたら、腕の一本や二本は無事ではなかっただろう。

 弾が当たったのも偶然の産物だ。


 自らの幸運に感謝しながら、少女は走り続ける。

 姿は見えないが、向こうもこちらを追ってきているはずだ。

 今のうちに出来るだけ距離を引き離して、こちらが有利な形へ持っていくしかない。


 自らが生き残るための作戦を脳内で組み終えた時、ちょうどさしかかった曲がり角から突然人影がのっそりと現れる。


 嘘、なんでこんなところに人が……ッ!?


 飛び出してきた人影に驚きつつ少女は急制動をかける。

 だが、逃げることに全力を注いでいた速力で間に合うはずもなく、両者は盛大にぶつかった。


「キャッ……!」


 ぶつかった衝撃でバランスを崩して後ろに倒れそうになる。

 だが、地面に倒れる前に彼女の腕が掴まれた。


 おそるおそる目を開けてみると、病院で着せられるような簡素な服に身を包んだ同い年くらいの少年が不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「大丈夫ですか?」

「……えぇ、だいじょ――」


 ポカンとしてしまった少女は取り直すように立ち上がって真面目に答えかけたところでハッと後ろを振り返る。


「伏せてッ!」


 咄嗟に覆いかぶさるようにして曲がり角に飛び込んだ直後、ひとまとまりになった銃声が二人のいた場所を穴だらけにした。


「あぁ、もうッ! しつこい!」


 毒づきながら見ると、左手のガトリングガンを構えたアンドロイドがこちらに近づいてくる。


 少女は狙おうとしたが、その時になって狙撃銃が消えていることに気づく。

 まさかと思って再び通りを覗くと狙撃銃はアンドロイドのいる道に放置されていた。


 さっき少年とぶつかった時に取り落としたのだと気づき、自分の不甲斐なさに少女は怒鳴りたくなる。

 そんな彼女を気にする様子もなく、少年は角から顔を覗かせて問いかけてきた。


「追われているのですか? あの機械に」

「見ればわかるでしょ」


 なげやりに答えながら思考を切り替え、自らの武装を確認。

 ハンドガンが一丁とコンバットナイフ、それと閃光弾二つが現状手持ちの武器だ。


 あまりの心許なさに嘆きたくなったが、何かを考えるように右手を顎にあてていた少年が呟く。


「ふむ……じゃあ、あれを僕が倒しましょう」

「えぇ、そうね。そうしてくれると助か……は?」


 あまりに突飛な発言を理解した時には少年は立ち上がってアンドロイドの前に身を晒していた。


「ちょ、ちょっとッ!」


 角に隠れながら少年を呼び戻そうと試みる。

 丸腰なんて自殺行為だ。


 案の定、アンドロイドは寸分狂わぬ正確さで銃口を向ける。

 これで引き金が引かれれば少年は蜂の巣になるだろう。


 だがしかし、少年は自然な動作で歩き出し、どこから出したのか漆黒の匣のようなもの胸の前に持ってくる。


銃器教典バレットノートインストール、六式」


 そう呟いた瞬間、匣型の物体はドロリと溶け出すように形を崩すと、まるで生きているかのように変化し、一つの細長い形を作っていく。

 そして彼の手にあった匣は黒光りするライフルへと変貌していた。


「なッ……!」


 変身の一部始終に唖然とし、アンドロイドも困惑したように数歩ほど後ずさる。

 そんな一人と一台を置いてけぼりにして少年は構えたライフルを発砲。


 放たれた一撃は見事に核に命中し、アンドロイドは膝立ちの状態でうなだれたような体制で動きを止めた。


「油断しないでッ。すぐに予備電源に切り替わるわ!」


 叫ぶと同時に動きを止めたアンドロイドは再起動して少年に弾丸の雨を降らせる。


 しかし少年はそれを上方へ跳躍して躱すと、そのまま重力を感じさせない歩みで天井を駆けて一気に肉薄。再びライフルを発砲する。


 弾丸はアンドロイドの左手に命中し、衝撃波は中身をかき乱しながら左手を完全破壊して機能不全に陥らせたが、おまけとばかりに少年は右拳を握った。


「せーのッ!」


 そんな軽い掛け声とともに振るわれた拳とアンドロイドのボディがぶつかって衝撃波が周囲の粉塵を一気に舞い上げる。

 舞い散った粉塵を吸い込まないように口元を覆いながら、少女は目を見開く。

 視線の先にはほぼ無傷の少年と、機能停止したアンドロイドの残骸があった。


「嘘、でしょ…………」


 放心するこちらの視線に気付いた少年は無邪気な笑みで手を振り戻ってきた。


「大丈夫ですか? さすがにここまで壊せばもう復活はしないでしょうが――」

「あなた、その腕……」


 キョトンとした顔で少年は自分の右手を見る。


 彼の手は皮膚がめくり上がって無残に中身を露出していたが、そこにあったのは人間の生身の腕ではなく、様々部品が複雑に絡み合った機械の手だった。


「問題ありません。数時間もすれば元どおりになりますから。それよりも――」


 そう言って、少年はズイッと顔を寄せてくる。


「あなたの名前は?」

「え、急になに? 名前?」

「そう名前。あなたの名前を教えてください」


 食い気味に問われて怪訝な表情をしていると少年はハッとした顔をして距離を取る。

 近いことに不快感を覚えたと思ったのだろう。

 ソワソワとする相手から視線を逸らし、ボソッと呟く。


「…………ナナ」

「ナナですね! 僕はアルファです。見ての通りアンドロイドですが、どうぞよろしくお願いします」


 そう言って少年――アルファは右手を差し出してくる。

 ナナはその手をジッと凝視したあと、返答代わりにハンドガンをアルファの眉間に突きつけた。


「ふざけんな」


 それが、アルファに対するナナの返答挨拶だった。

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