第4話算段
選挙事務所に戻ってきた諏訪達はまず応接間のソファーへ腰掛けた。
駅から遠く離れ、徒歩28分築52年のマンションの一階、以前は小さなクリーニング店が入居していたテナントに構えたささやかな諏訪の選挙事務所。
メンソールのタバコに火を付けた太一は、諏訪に今後の選挙戦プランの概要を改めて説明した。
太一「健さん、ご苦労様でした。序盤戦は予想以上の成果です。思った以上の反応がありましたんで、今夜から始めるYOUTUBEでの選挙チャンネルに結構勢い出るかなと。」
諏訪「うん、あくまでもウチは選挙戦を戦っている体だからな」
太一「ハイ、全国に認識させるのがあくまでも今回のタスクですんで。小山が勝つ前提での話っすからね。まあとにかく畳み掛ける様に全国に認識の和を拡げていく為にわざわざここで立候補しましたからね」
諏訪「お偉いさん方、だいぶ顔引き攣ってたからな。お宮仕えの性かねえ。」
諏訪の口元に笑みが浮かぶ、蔑むかの様な笑み。
太一「警察庁の候補は次の補選で自民から出る筈ですので、この選挙戦の成り行き見て対決するかどうかの最終的な判断をしたいと考えてましたけど、この様子なら従来の予定通りで構わないでしょうね。今回はいい仕込みになりそうですし」
諏訪「あいつらは忠実なポチ公にするつもりでオレを使おうとしてたからな。そんな机の上だけ優秀な盆暗二世のエリート様が相手だからこそ助かるんだけどな。」
太一「健さん、先あるんで、ここでハードル上げ切らないで、止め刺す時用に程々で頼みますよ。」
太一にも諏訪と同じ様な蔑むかの様な笑みが浮かぶ。
太一「で、動画配信の仕込みの方なんですけど、大石さんの方、予定通り大丈夫そうですか?」
諏訪「心配すんな太一。任せてあるからさ。」
太一「了解です。後はDAPPAなんかの組織的な妨害工作への対応の件ですが、荒らし等が発生した場合は敢えて消さず、そのまま全員に見える形で残しますんで。対応もなるだけ誠実に落ち着いた対応でお願いしますね。全部利用しますんで。」
眉間に皺寄せた太一。選挙参謀としての腕の見せ処でもある。
諏訪「某党をネタにしたからな。彼らの支援者が揚げ足とりにくるのも目に見えてる、まあ上手く躱すさ。」
太一「革命に命賭けてるつもりでいますからね、未だに。何と闘っているんだか。」
諏訪「まったくだ。無駄なのにな。」
呆れた様に笑う太一と諏訪。
諏訪「そういやその利用の話なんだが、どういう手を使うつもりなんだ?」
太一「これは多くの視聴者がいる前提での話ですけど、まずは多くの人に荒らし行為が酷いな、という事を認識してもらいます。その後、マスメディアが取り上げる様に仕組みます。その後は情報開示請求です。黙って暴れさせとけばアイツらエスカレートして一線踏み外すんで、そこでハイ、組織的な動きでしたねって事を公開するってのが大まかな流れですね。まあこれは選挙期間中は間に合わないので、終わってから止めを刺すって感じです。選挙戦を振り返っての地上波番組にスケジュール合わせる予定で考えてます。」
諏訪「そりゃ良いな。ウチはそもそも今回は当選する気は無いからな。むしろ天下獲る気も無いんだから、世の中のベクトルを少しこちら側に都合の良い様に動かす事を目的としているこっちの狙いにも親和性がある。」
太一「天下獲る気がないってのもまたすごい話っすけどね。」
諏訪「そもそも世の中の流れってのは、日本の一政治家にも一個人にもどうにかできる話じゃないからな。ロードマップも方針も何十年も前から大凡が決まってる。その途中で生じた不都合を軌道修正する際のやり方や方針でその時の政権与党に多少の裁量が認められるだけの話であり、基本的にアメリカやイギリスが決めた事を聞くしかない立場の日本で、さて何をやるかなって話だからな。」
太一「これは素朴な疑問なんですけど、じゃあなんで誰も今までそう言ってこなかったんですかね?」
諏訪「余計な事言うとキッチリ潰されるからだろ。過去に何人も居るわけで。黙って言うこと聞いてれば少なからずご褒美貰えるワケだから、無理すると最悪消されるけど、やりたい事がやりたいように出来ない現実は何をやってもこっちからは変えられない。けど、言うこと聞けば懐は温まる。答えは一つだろ?」
太一「確かにそうですね、なんかスゲー残念と言うか何と言うか…。」
諏訪「だからオレは少しこっちに都合の良い様に予定調和のベクトルを動かす事を目的としてるってワケだ。そして今も昔も変わらないのは、多くの者を動かせるって事は強いって事なのさ。」
太一「健さんの目指す処っすね。」
諏訪「そう言う事だ。流れを見ればいずれ年金も無くなるだろう、でも無くなった後に似た様なシステムを提示しないと国民が暴発する危険性もある。となれば治安維持能力に疑問符がつき、飼い主様が出張ってきてこっちの僅かな裁量すら取り上げられる可能性もある。そうなれば私腹も肥やせなくなる。」
「だからベーシックインカムの話を世間に流して反応を見てるって事。それまでは受給年齢引き上げで対応、な?これぞ正に対処療法って事。日本は基本的に何においてもこれしか出来ない。故にMMTだのができよう筈も無いって事でもある。円は基軸通貨ドルの価値を担保する為に存在してるとも言えるからな。」
「で、これまで日本の政権運営において、ずっと中枢にいたのがいる。それがやりたがってるのがこのベーシックインカム月額7万、他道州制ってお題目の地方分権だ。中身は地方分権ではなく地方独立制だがな。大阪都構想の中身がそれだ。」
元警察官僚で、その中でも特に秀でてもいなかった諏訪の見識に舌を巻く太一。
一体何から知識を得たのか、それとも裏に諏訪を操る人物が居ると言うのか。
太一は湧き上がる疑念を抱きつつも、徐々に熱を帯びてきた諏訪の話に耳を傾ける。
諏訪「何度否決されようとも、表向きは府民の為になるってお題目だろ?だが中身はそうだな、太一、お前も奴らの政策に目を通しておけよ。まあざっくり言うならば都構想ってのは軍事を中央に丸投げしたまま、日本という大看板を使って、各地方が独自に世界と経済活動やる権利を中央から奪う、って言えばわかるかな?」
「アメリカ合衆国をより商売に特化したシステムに変える、とでも言えるか。漢字上では合衆国、つまり色んな民衆が合体した国って勘違いするが、中身は小さい国が集まって連邦国家になっているワケだ。その方式をより自分らに都合の良い様に纏めたのが都構想だよ。これを日本の各地に拡げて中央を形骸化させ、地方のいう事を聞かないと国が機能不全に陥るような形に変えるのが目的だと見てるがねオレは。」
太一「そんな…、そんな事可能なんですか?」
諏訪「今の民主主義のシステムを考えてみろ太一。少数が大多数を統治運営してはいるが、その方針の建前は多数決だよな?一見公平な様に見えるだろうが、その意見を伝える人間は一体何万人、何十万人を代表していると思う?」
太一「あっ…。」
太一は咄嗟に言語化する事は出来なかったが、感覚で理解してしまった。
このシステムは公平とは程遠いシステムであると。
諏訪「何となく理解したみたいだな。要するに、その多くて数十万人を代表できる立場に立つにもたくさんの金がいるし、応援する人間を集めたり取りまとめたりするのも必要だよな。
得てしてそう言う人間ってのはざっくりでいい、全体の何%なのかって事だ。
建前は総数100%のうちの51%を握れば全体を握った事になるわけだが、その多数派のなかで、51%のうちの殆どが立候補できる資金もなければ人脈も無いだろ、つまりそれができる数%の人間たちの中で、残りの90%くらいの人間の人生までも決めてしまっているってのがこの民主主義ってシステムな訳だ。」
「更に日本は資本主義でもある。つまりは金を持った人間が、より自分らに都合の良い様に世の中を動かせられる様に出来上がっている訳なんだよ。
そのシステムをこっちの都合で乗っ取れる様に改変する為の初手が、お題目の地方創生に叶う地方分権、つまり都構想の実現なんですよって事だ。」
太一は諏訪の話に聞き入ってしまっていた。元々はボスの立花からの要請で諏訪の選挙戦及び、議員当選するまでの補佐を任されて派遣されただけの男である。
太一はIT実務労働者でもあり、代表でもある立花裕也の仕事ぶりには大きな敬意を持っていた。
そして世の中をこれまで斜に観ていた自身の性格上、一体世を動かすと言う事とはどう言う事なのか、要するに中はどうなっているのか?という知的好奇心があった。
これまでは自分なりにこの世を眺めて、きっとこうであろうという感覚との違いを確かめてみたいとも考えてもいたが、自身の敬意をもった人間が自社の業務よりも優先する昔の仲間、諏訪健一の言葉に太一は表しようの無い湧き上がる興奮を覚えた。
太一「つまり…、いち地方政党が地方を経済的に独立させ、他の地方にこんだけやれるんですよと例を示す気でいる、ということでしょうか?」
諏訪「そう言う事だ。同時にノウハウも得れる。後は各地方に自分のとこの政党支部を建てて、ノウハウを供与しますんで、ウチで一緒にやりませんか?と工作してまわったらどうなる?」
「まさにこれまでの民主主義の裏側、ごく少数が大多数を支配する新たな図式が成り立つだろう?そしてトップに君臨するのは…ってオチさ。そうなってからは中央もそれに対抗しようったって遅いわけ。中央が何らかの指導しても地方が事ある毎に反発して機能不全に陥る、中央はもう妥協策でそれこそ対処療法的な真似しか出来ない。」
太一「そこまで力を持てるもんなんでしょうか?怖い話ですけども…。」
諏訪「多分一度は聞いた事あるだろうが、その為の小さな政府案だったりする訳さ。後は地方民の支持を得る必要があるからな、それでやったのがご覧の通り、身を斬る改革とかいうシロモノさ。元々さっきも言った様に、日本ってのは単体で何かやろうとする権限がないんだよ、基本的に言いなりな訳だ。だから政治家になっても私腹を肥すくらいしか無くなってくる故、その肥やすシステムの部分がダブついた贅肉の様になるってワケだ。」
「で、それをカットして他所に回す、例えば授業料を無償化するだとか、民衆の懐に直撃する恩恵を与えるって事。で、無駄な学校は潰して統廃合すりゃ聞こえも良いだろ?私たちは皆様の為に身を粉にして取り組んでおりますと言えるからな。」
「そういう仕込みが済んだところで、都構想を実現させて、民衆に多少なりとも金を回してみな?そうすりゃ何でウチの地方はそれが出来ないのか、今まで何をやってきたのかってなるのは単純に想像がつくだろ?」
「そうやって仕上げた場面で颯爽と、まるで救世主の如く現れるわけだ、で、喝采を浴びて支持されて、次々と地方が都構想と同じ状態になる。それらをノウハウ供与で全て仕切る、後は中央を形骸化した後に堂々と選挙で政権与党の席を奪いに行く、って算段なワケよ。」
太一「健さん、今のはまるで裏側聞いてきたかの様な話で、ちょっとなんて言って良いかわからないんですけど、もし実現したら怖いですよね。」
諏訪「日本の憲法変えるにも4分の3の賛成が必要だし、更に国民投票も必要だ。実質不可能なレベルなんだが、この都構想やった後ならどうだ?可能になるだろ。
こいつらは今までよりも国民にちょっと分け前を増やすだけでいいんだからな、そしてこれまでの既得権益を自分らの好きな様に解体するなり料理するなりして自分らで握っちまえるワケだ。ただまあ、ここまで聞いただけなら、国民にとって特に悪い話じゃないと感じてしまうかもしれないがな。」
太一「違うんですか?」
諏訪「ああ、違うね。この状態になると、一人の絶対的存在が方針を決定し、一地方の政党幹部が日本全国を差配するシステムになる、そのような政治形態は共産主義政権って言うんだよ。一党独裁のな。近くにそう言う国あるだろ?」
太一「言われてみれば中国のような形になってますよね。」
諏訪「中国よりも悪質だぞ。中国はまだ代表を党の中で決めて表立って立たせているが、こちらの場合は党の代表が選挙で選ばれる必要がないんだよ、選挙で選ばれて実務の仕事するのは兵隊議員のする仕事、方針決定は党を運営する人間の仕事、そしてその運営する人間が新しく触れる利権に全ていっちょ噛みしたらどうなる?」
太一「事実上、関係各所に利害関係が発生して、結局言う事を聞くしかなくなるっすねぇ…。ああ、だからノウハウを供与するという話なのか…。」
諏訪「そう言う事だ。すでに受け入れた時点で詰んでるって事。
後は言うこと聞くしか無くなるが、一応これまで通り私腹は肥やせる、つまりただ主が入れ変わるだけで、国民の方は前よりもちょっと実入りが増えさえすれば、纏まって文句も言えなくなるから反対勢力の力を削ぐ分断工作にもなってるって事。」
「それに一度そういうシステムが確立されてしまった場合、やっぱ酷いからもうやめようとなっても、今以上に変えるのが困難になるだろうね。一党独裁の立場を確立した場合、した方はそれを長期安定で運営したいだろ?せっかく独裁できたんだから。だから法律も弄るし、条文も付け足してくるだろう、国民が世の中変わったと、実入りが増えたと喜んでる隙にな。」
太一「確かに…。せっかく独裁システム作っても、他所の政党に丸々取られちゃったら意味ないですもんね。必ずそういう工作をするか…。」
「あれ、待ってください健さん。ではアメリカとかイギリスとかはそれ黙って見てますかね?言わば日本を所有してる様な連中じゃないっすか。」
諏訪「…彼らの言う事を呑んだら?今の自民党よりもな。例えばより日本を切り売りしてだ、一昔前の香港みたいな地外法権の特区を用意しますよ、と提案すれば?」
太一「あっ…。」
諏訪「邪魔するどころか後押ししてくれると思わないか?そう言う事だ。」
太一「…良くわかりました。健さん、では健さんがやりたい事と言うのはどうなんでしょうか?彼らに対抗するわけでもない話でしたよね。天下は獲らないと…。」
太一は咄嗟に思った事が口から溢れてしまった。
一度考えてから言葉を発してきたつもりの用心さは、この時ばかりは消えていた。
諏訪「言ったろう?こちらの都合の良い様にベクトルを少し動かすと。例えば今の話が現実となりそうな場合と仮定しよう、その際にこちらに都合が良い物事の動かし方と言えばなんだ?」
諏訪は話の途中からずっと太一の様子を窺い、自身に対する太一の反応を確かめる様に言葉を紡いできた。
そして今、諏訪は満面の笑みで太一に疑問を問いかける。
太一「都合が良い事…。つまり相手にとっては都合が悪い事で、でも相手はやりたい事があるからそれを飲まざるを得ない事、でないと成果すら得られなくなる状態…を作る?という事になるのですか?」
自分の答えに対する諏訪の反応が知りたかった太一は、無意識ながらも諏訪の目を見つめて答えた。
諏訪の様子を少しも見逃したくなかった。
諏訪「そう、そう言う事なんだよ太一。だからみんなに認識してもらう必要がある訳だ。いちいち聞いてもらうような環境を構築する必要がある訳なんだよ。この件でまず先に困るのは、ざっと見積もって既存の与党と国家公務員だろう?後々には国民も困るかもしれない。だからその困る順の都合に叶う様に囁く訳さ。このままだとこういうことになった場合、困るんじゃないですか、とね。そして仮に向こうが特区戦略打ち出してきたとしても、別に向こうにしか出来ない話じゃないだろ?既存の政党でも十分可能な話なんだからさ。」
太一「そりゃそうですよね。向こうは奪ってからしか出来ないけど、こっちはそのままやろうと思えばやれちゃうわけで。」
諏訪「ま、今のは考え方の話だよ。向こうのメリットを削ぐ、全部絵に描いた餅のような状況に追い込む、というのも一つの手。他には権利に制限をかけるアイデアを通して、いくら地方で独立するような動きをしても、思い通りに行かない様にする、というのもある。だったら今までのと大して変わらないじゃないか、って状況にする。つまり、私腹を肥やせない様な環境を作れば、自然と都構想は潰れるって事。」
「勿論、途中まで乗っかってから梯子を外したって構わない、要はどこぞの誰にも腹案通りの好きにはさせないよって状況を作る為の足場を築く事、これがオレがやろうとしてる事さ。」
太一「よく…、わかりました。健さん、ぜひ手伝わせてください!」
普段あまり感情の起伏を表に出さない様にしてる太一であったが、この時ばかりは違っていた。
何か今までにない、とんでもなく面白そうな事が待っている、そんな予感を覚えた。
諏訪「太一、頼りにしてるぞ。」
太一「ハイ!なんかこう…、熱くなってきたっす!政治家ってより煽動する人っつうか、イイっすね!何かフィクサーっぽい!!」
無邪気に喜ぶ太一を眺め、ふと笑みが溢れた諏訪。
諏訪「ま、それまでに片付けなければならない課題も山積みだからな。一つずつ片付けていくとしようか。」
築52年の一階に構えたささやかな選挙事務所の窓から差す柔らかな西日。
顔を少しだけ傾け、窓の空の遠くへと目を向けた諏訪。
体の奥底より湧き上がる、脊髄を震わす程の何かに初めての興奮を覚えた太一。
太一「となれば…、今日の配信っすね。重要っすねコレは。」
諏訪「まあ、せっかくだし楽しむとしよう、政治は祭り事とも言うしな。」
太一「ちょっと段取りしてきすんで!健さんそれまでごゆっくりどうぞ!」
諏訪「おう、後は任せたぞ。」
諏訪の信頼に小気味いい返事で答えた太一。
配信予定の夜8時に向けて太一は準備を始めた。
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