第2話王道
進三郎「皆さん!こんにちは!」
聴衆「こんにちは〜!!!」
進三郎の挨拶に合わせ、示し合わせたかの様に聴衆から合いの手が入る。
強固な地盤とそれを支える有権者の方々、ボランティアも含めた組織力はさすがの一言である。
政治業者と言っても過言ではないであろう。
「先程の諏訪候補ですね、えー、大変に興味深い内容でして、私も目がから鱗が零れ落ちる思いで拝聴させていただいておりました!実に素晴らしかった!感動しました!!ホントですよぉ?」
少し戯けて魅せた進三郎に、聴衆はドっと湧く。
親子二代に渡ったアドリブネタにも隙はない。
報道などでは良くも悪くも部分部分が切り取られ、時には悪意に満ちた印象操作が行われる事もしばしばである。
大臣職まで短期間にて上り詰める事が可能になる自力は決して侮るべきではない、と、諏訪は進三郎の演説を自身の選挙カー内で聞いていた。
「今日は私がですね、任期中に取り組んでいた環境問題について、引き続きこれからも皆さんに考えてもらいたいという事をお伝えにきました。」
「そして皆さんにこれは是非伝えたいのです…。日本は遅れています!!ナンセンスなんです!!世界はもう脱炭素型社会に向けてドンドン進んでいるわけですよ!」
「石炭発電?原子力?そんな!事を!言っていては!世界に通用しないんです!!!」
進三郎の熱のこもった演説が続く。
あくまでも諏訪の政策は別の話であり、しかも良ければ後で自分が用いれば良いという風に切り替える事ができた進三郎は、あわよくば後日、諏訪を自分のブレーンとして取り込めても良い、まで計算していた。
この切り替えの速さは流石、政治の世界で名を馳せた父を持った利点であろう。
使える者は自分の為に使い倒す、それこそが「力」という想念を使いこなす為の手段の一つでもあるのだ。
政治家をすれば、あらゆる形の欲が集中する。
それらの一つ一つが千差万別のしがらみを産み、そしてそのしがらみの一つ一つが新たなる力を自分の元へ連れてくる。
その事を進三郎は父の背から言わずとも識っているのだ。
苦悩、葛藤、喜び、怒り、嘆きまでもが、人間を人間たらしめる欲望の全てが集中する事を。
「原子力発電についてはまず考えて頂きたい。一体福島で何があったか!原発は今現在で老朽化もかなり進んでおり、再稼働への判断も、他の地域の住民の皆様へのご理解も難しい!」
怒号にも嘆きにも似た声、その表現力。
「そこで、再生可能エネルギーとして今は一般的にもかなり普及してきた太陽光発電があります。日本は太陽光発電に比較的適している地域です。日本を日の本とも言いますよね。つまりおひさまの豊かな国なんですね。」
「その太陽光発電施設ですが、発電所近隣にて悲しい土石流災害の件もありました。全てがこの施設を作ったから誘発された訳ではございませんが、これは未だ調査中の案件でもあり、一概にどうとこの場で申し上げる訳にもいきません。被災された方々には言葉にもならない程の哀悼の念を禁じ得ませんが、だからと言ってですよ!!その一件で太陽光発電の全てを害悪と壟断してもいいんですか!いいや、決してそうではないはずです!!」
聴衆より大きな歓声と拍手が上がる。
「その為の技術革新ではありませんか!その為の科学技術ではないのですか?日本は世界をリードする技術立国でもありました。昨今では他の国々に遅れを取る事もしばしばあるかもしれませんが、もっと!もっとですよ、技術革新が進めば発電量のアップも見込めるでしょうし、蓄電の技術も大幅に進化しております。もっと良くなっていくはずなんです!!!」
先の諏訪の話でつい足を止め、政策、政治について耳を傾けた聴衆に熱を帯びた進三郎の演説は大きく響いた。
気が付けばある者は釣られる様に声を挙げ、手を打ってその場を共有した。
まるでそれは祭りに出かけた時に感じた様な一体感であり、腹の下から波を打つように身体を揺らしにくるかのような心地よい高揚感に包まれていた。
「脱炭素社会に向けて、どうしても充電、給電に対する技術革新は必要になりますが、それこそね、それこそまさに官民一体となって取り組む課題であるんです!!」
「東京都では既に、各家庭に太陽光設備を設置する為の具体的な案を検討しています。我々自民党はちゃんと今できる事を進めていく為にしっかりとやっているんです!自民党は皆さんの為に、世界とこれからも共存共栄していく為に真剣に仕事をしているんです!!!批判ばかりで何もしない某政党とは一緒にしないで頂きたい!」
最早、進三郎の独壇場であった。
諏訪はこの熱狂に表情ひとつ変えなかった。
突然の降って沸いた不確定要素の諏訪という候補者の懸念を吹き飛ばす程の進三郎の演説はまさに会心の出来、これ以上ないスタートを切っている事に確かな手応えを進三郎陣営は感じていた。
「対案は無いのか、なんですよ。先程の諏訪候補の対案とも提言とも取れる大胆な政策は本当に素晴らしいと私は思いました。彼は少なくとも某政党のなにがし様とは違い、皆さんの為によかれと判断したお話をしていました!それは決して絵に描いた餅ではなく、筋の通った大胆かつ斬新な提案です。全く違う!!!」
「勿論それが実現できるかはまた別の話であり、関係各所であったり、有識者が集まって存分に議論する必要もございますが。私はですね、こういう心ある候補者と一対一、堂々と皆様の為になる政策をぶつけ合って、正々堂々と戦いたい!ただ単に揚げ足を取るだけ、不平不満を言うだけで何もしない連中など相手にもしたくないんです!!!」
熱狂する聴衆、この話題性のありそうな報道を撮りに来た各局報道班も、期待値以上の場面に同じく高揚していた。
井口「よし、今回ウチはここを集中的にやるぞ。選挙期間中ずっと追えよお前ら!」
山田「井ぐっさん、コレー、めっけもんでしたねぇ。」
井口「おお、こいつはきっとまだ先に面白い事があんぞ…。」
井口は無精髭の顎をゆっくりと摩りながら、不敵な笑いを浮かべていた。
どうディレクションしてやろうかと、その事を想像するだけでも全身の毛穴が静かに開いていく感覚に興奮していた。
進三郎「どうかですね、どうか自民党をよろしくお願いいたします。我々はやります!責任政党として、与党としてこれからも皆様の為に一歩一歩歩んでまいります。どうか、清き一票をお願いいたします!」
聴衆の大歓声と共に進三郎の演説は終わった。
今回の選挙も小山一強、やはり11区は進三郎だとの印象を植え付けた。
彼の過去に発した迷言も吹き飛ぶ程の会心の選挙戦の幕開けに、誰もが今回の趨勢は決したかの様に映るのだった。
一方で諏訪は、予定以上の成果が上がった事に確かな手応えを感じていた。
11区の候補者は三名であるが、進三郎の名演説のお陰で、初日の初回演説で既に両雄一騎打ちの様相を呈する結果になった事がである。
更に諏訪の基本戦術は、自分が与党の首班にならなくても実行できる提案をする事である。
図らずしもその選挙戦術は、強固に支えられた進三郎の承認によって、諏訪の提案は一聴に値する話であり、今後も広く大きく取り挙げられる事を担保される結果を得たのである。
諏訪の目論見通り以上に事は運び、当初の狙い以上に全国的な注目の的となりうる予想が立つこの神奈川11区において、地盤の絶対王者の余裕の間隙を突いた上に、次代を担う人材同士が正々堂々と政策を競わせる絵は民放各局にとっても、また政治不信が蔓延し出したこの情勢においても都合が良く、自民党選対本部に於いても諏訪健一という人間の再評価がなされた。
中継を見ながら、選挙対策本部長の山本一眞が口を開いた。
山本「諏訪が思ったより使える。もしあれならどっかの補選で公認出してウチで面倒見たっていいくらいだ。ただ警察庁の方で何か問題出ると思うか?今回こいつは面子潰した格好になってるだろう?」
今回幹事長に就任したばかりの甘泉圭佑が答える。
甘泉「どうでしょうか。状況次第じゃないですかね。諏訪が全国区になれば違った答えも期待できるでしょうが、今はまだ時期尚早かと。それこそ警察庁の面子もありますし、レール敷いてやる予定でしたので。暫くは様子見る必要がありますが、もしも状況次第でとなればとても有効な手段ですね。」
甘泉は自民党内でも抜きん出て計算高く、渉外を任せれば指折りの人材である。
選挙をただ勝つ強さとはまた別のものだが、今回の不利な形勢で勝ち切る事ができれば、タフネゴシエイターとの異名を持つ甘泉の手腕が存分に発揮できる場面にもなるだろうが、今はまだその時では無い。
選対本部長を張る山本の老獪な選挙戦略を頼りに、なんとしてもこの選挙には勝ち切らねば党内の派閥力学がまた一変してしまうからである。
敵は外にも内にもいるのだ。
その状況下においてこの諏訪に目を付けた山本の発想に、甘泉は流石の一念を禁じ得なかった。
自らの仕事は先ずは勝つ事であり、その為の障害を整理するのがお前の仕事だと言われているかの様な、山本の言わずもがな理解しろと言わんばかりの無言の圧力に感じてしまう甘泉。
山本は口元に笑みを浮かべたまま話し続けた。
まるで何か少し先の結果を見てきたかの様に。
山本「よし、まあそれも含めて検討して進めていくとしよう。どこぞの有名人を引っ張り込むよりよほど有益だ。使える奴はいくらでも欲しいとこなんだから」
甘泉は返す言葉もない程山本に同意したが、自分が動く部分においての懸念もある。
警察庁との関係性である。
警察の総職員数約30万人のうち、警察庁約8000名、警視庁以下約28万8000名を束ねる巨大省庁にも相応の力学と都合、それに伴う面子というものが存在するからだ。
そしてその意向に諏訪は反した事になるからである。
甘泉「しかしながら、なぜ諏訪は強力な母体の支援を蹴ったのでしょうかね。諏訪にしてみればウチの公認とって警察庁の支援を受ければ今回当たり前に当選できたはずなんですが、状況が読めない様な人材でも無さそうですし、そつのなく失敗らしい失敗をしない人物だって事はウチでも把握していましたが、そこから後ろ足で砂を掛ける真似をして飛び出した訳ですからね。何か他の理由があったとも見えますね。」
計算高い甘泉には珍しく、つい率直な疑問が口から溢れた。
諏訪という人物の不可解さがどうしても理解できなかったからである。
山本「フン、なんぞ警察庁に別な腹案でもあったんだろう、諏訪は確か元警部補だったか?キャリアの主流に乗ってた訳でもないからな、要するにどうあっても長官にはなれない将来が約束されているって事だろ?要は良くて警視正止まりだ。つまり諏訪の奴は所詮身内のバックアップを受けたとこで、後々本社のお偉いさんが出馬してきた時の為の地慣らしの駒くらいなもんだろ?」
甘泉「確かに、諏訪の立場でならそうするしかないかもしれませんね。本社に残っても先は閉ざされていて、バックアップを受けたら政治家として個の役割もあらかじめ決まっていると…。」
山本は不快そうな表情を浮かべて鼻を鳴らしながら続けた。
山本「ホントかどうかはわからねぇよ。ただ、そう考えると何となく辻褄が合うって事だ。単にそれが気に食わなかったのか、それこそ違う目的があったからなのか、そこが面白えなコイツと思う点って訳だ」
甘泉の目を品定めする様に覗き込む山本。
しかし、甘泉にもその山本が思うところの面白さが伝わっていた。
期せずして口元の口角が均等にゆっくりと上がった甘泉。
甘泉「山本さん、承知しました。山本さんのおっしゃる通り、色々な点を含めて検討する事にしますよ、確かに使える駒はいくらでも欲しいです。それが有益とあれば尚更ね。」
山本「オウ、しっかり頼んだぞ。先ずはこの選挙区を煽る。んで、全国的に話題にしてから警察庁に探りを入れるわけさ。堂々とな。んで色々なしがらみも込みで材料が集まった時がオメーの出番って事よ。お手のもんだろ?」
老獪である、それは優秀で結果も伴ってきたからからこその話。
山本一眞という個の優秀さを表現する手段、その周到さこそが、老獪と他に評され、この魑魅魍魎が跳梁跋扈する政界で一目置かれる要因であろう。
甘泉は一度緩んだ口元を引き締め、静かに頷いた。
甘泉「少しつついてみますよ。明日お楽しみに。」
山本「オウ、こっちも注射入れてみるわ。」
選対本部を後にした甘泉は、JHK報道番組出演の打ち合わせに向かった。
諏訪という人物にはいたく興味を惹かれはしたが、少なくとも甘泉にとっては状況の芳しくないこの衆院選を勝たねばならないのだ。
世界を席巻した流行病の最中による前政権の舵取りの失敗、それに伴った傲慢な説明、一定の業界だけ優遇した政策にネット工作問題も噴出し、大きな逆風の只中にある。
国民には結局どこが政権獲っても一緒じゃないか、という雰囲気すら漂う。
過去最悪と言い続けてきた自民党宇部政権の欺瞞も暴かれつつあり、何より数々の疑惑を有耶無耶にして丸投げした所業は明らかに国民を白けさせた事は間違いない。
今度の報道番組での対談では、各出演者から烈火の如く追及を受ける事が目に見えている。
腕を組み、深く息を吐きつつも、やはり甘泉は思考を纏めきれないでいた。
しかし…、この逆風の状況を諏訪が読んでいたと仮定すれば?
まさかの一点突破の逆張りか?
いや、それにしてもどう考えても普通じゃない。
政権担当能力が無い政党らよりも、更に関わる機会すらない無所属のその他だ。
妄言並べ、実行不可能な政策ばかり並べて揚げ足取りしかできんような輩と同じ立場が欲しいと?
甘泉が最も優先すべきは自民党の勝利である。
その次が補選の人選だ。必ず勝てる様な人材を揃えておいて後に備える事。
諏訪の事は、その補選の時に間に合う様に段取りしておけばいいだけなのだが…。
甘泉の頭からは、どうしても諏訪健一という男の事が離れなかった。
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