第35話 ありがとう
声が出なかった。
これは、恐怖。
それは、ドラゴンをすべて己に吸い込んだ。
意味が分からない。
どこから現れた……?
一瞬にして現れ、一瞬にしてドラゴンを吸い込んだ。
逃げないと。
そう本能で分かっていた。
だが、動けない。
震えている。
今は慰める人などいない。
師匠も俺と同じくして震えているからだ。
何に恐怖しているのか。
それは自分でも分からない。
その姿が怖いのか?
違う
それがドラゴンを吸い込んだから怖いのか?
違う
それからは、殺気など微塵も感じ取れない。
だが、俺の心は恐怖で犯されていた。
それは、ドラゴンを吸い込んだ後何をするでもないそこにいた。
目はなかったが、まるで俺達を監視しているかのようにいた。
「アオィ……」
師匠が、掠れた声で俺を呼んだ。
「は、い……」
ぎこちなくも返事をしたら、師匠と目があった。
そこには涙が溢れていた。
「師匠!?」
俺はそれを見ていて、気づかなかった。
いや、気づけなった。
「立派になってね」
俺が好きでたまらない笑顔。
何を言ってるのか分からなかった。
なぜなってねなのか。
その疑問はすぐ消えた。
手首を師匠の弱々しい手が掴んできたのだ。
これは覚えがある。
転移魔法を使う時のだ。
帰れるのか。
と、一安心したがあることに気づく。
「なんです……立派になってねって。それじぁまるで、俺が立派になった時、師匠いないみたいじゃないですか」
そんなはずない。
転移魔法はいつも二人同時にしていた。
なので今度も……
そう、勝手に思っていた。
俺の問に、師匠は否定も肯定もせず、笑顔のままだった。
目があい、至近距離で見つめ合ってる。
俺は時間の流れが遅くなり、幸せな感覚に包まれた。
この時間が永遠に続けばいいと思った。
だが、現実はあまくない。
「$#仝%&<’ー」
なんて言ってるのかわからない。
ドラゴンを吸い込んだそれが、動き出した。
それは、体から腕のようなものを5本生やし手には拳が握られている
ゆっくりだが、拳が俺達の方へ向かってくる。
どうする?
俺の中にはもう、戦うという選択肢はない。
逃げて逃げて逃げまくる。
どんなにかっこ悪くても。
どんなに惨めでも。
生きてまた、師匠とご飯を食べる。
そして告白する。
それで結婚する。
俺が覚悟を決め、腕に力を入れた
その時
「ありがとう」
そう、言った時師匠から魔力が感じ取れた。
いつもの転移魔法を使う魔力より、少なく思った。
まさかこの人……
「師匠!!ちょっと待っ」
俺が止めようとしたがもう遅かった。
瞬間
目の前が変わる
2つの椅子と机。
俺が最後に見えたのは、師匠の不格好な笑顔だった。
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