公家の家格って?


 今回は公家の家格について。

 戦国時代や時代劇物では公家の名前で一条二条など家の名前が出てくることがあると思います。


 どの家名がどれだけえらいかふわっと解説します。


 

 【半家】:貴族というよりは朝廷に務める専門技術職一族。貴族としては最下位らしい。

 源氏でも平氏でも藤原でも橘氏でもない貴族がそう呼ばれていたらしいです。

 半家でわかりやすいのは天文、暦道、陰陽道をもって仕える土御門家かな?


 戦国物で公家が「適当な半家の娘と婚姻を~」とかいうのは、正式な貴族として認めるには弱いけど貴族の一端にはしてやるという程度だと思ってください。



 【名家】:半家より上でご先祖様や血筋に源平藤橘の流れを汲む貴族の名称です。

 出世は正三位大納言が上限らしい貴族のノンキャリ組か貴族のモブ枠だと思ってください。



 【羽林家】:名家と同じ家格ですが、違いは名家が文官ルート、羽林家が宮中の警護などを担当する武官ルート、モブ貴族(軍人)だと思ってください。

 殿上人の官位を持ってる武家も羽林家相当の扱いだった模様。


 羽林家で有名な人が、よく戦国時代作品で武家と朝廷の橋渡し役に使われる山科言継が羽林家らしいです。

 他には姉小路とか武者小路、四条も羽林家だったようです。



 【大臣家】:ここから公家貴族のキャリア組に当たるそうです。

 大臣家は左大臣、右大臣、内大臣なれる権利を持つ貴族です。

 あくまで大臣職になれる権利があるだけで、大臣職に何かあったときのスペア、中継ぎ的な立ち位置だったようです。


 正親町三条家(嵯峨家)、三条西家、中将家が大臣家だったようです。

 ちなみに明治維新以降は大臣家は伯爵として明治政府に受け入れられたそうです。



 【清華家】:こちらが近衛大将や大臣を兼任して太政大臣にまでなれる貴族の中でもトップランクの上流だそうです。


 清華家で有名なのが久我・三条・西園寺・徳大寺・花山院・大炊御門・今出川(菊亭 晴季) 明治維新後は侯爵として迎え入れられたそうです。

 甲斐源氏の嫡流武田家が婚姻を結ぶランク。



 【摂家】:公家貴族としては最上位、ここから上は皇室だそうです。

 摂政と関白になれるのは摂家だけと言われています。

 近衛家・九条家・二条家・一条家・鷹司家が摂家であり、明治維新後は公爵。

 有名な人は近衛前久。戦国時代物でよく見る名前ですが、すっごく偉い人ですね。

 武家と婚姻を結ぶ時は将軍家ぐらいじゃないと釣り合わない家。

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