時は経ちて、いずれ本番となる
蝉の声が聞こえなくなった9月の下旬。季節は夏から秋へと移ろうわけだが、まだ少し暑さが残る。
学校は中間テストの時期だ。中間テストが終わればいよいよ文化祭――通称、神校祭が始まる。
そんな感じなのだが、まだまだクラスの雰囲気はいつもとなんら変わりない。まあそれもそうで、出し物とかも全て中間テストが終わってから決めることになるのだ。中間テストや文化祭の話題を出すこそすれ、盛り上がることは何もない。
だが、部活に関しては違う。本番までもう一ヶ月を切っているのだ。
全員で最初から最後まで劇を通す、なんてこともするようになった。
そして今日は衣装に袖を通すこととなる。
「なんだ、これ。着づれえな」
盛岡が呟いた。
物置として使われていた部室で俺達男組は着替える。橘先輩は慣れた手付きで、パパっと着替え終わっていた。
「慣れないうちは結構違和感があったりするよね。まあすぐに慣れていくよ」
「橘先輩もそうだったんすか?」
「そりゃあ誰だって初めての経験は不慣れなものだよ」
橘先輩の装いはカッコいいと言う他ない。
黒を基にきらびやかな装飾が施された服は貴族然とし、もともとの顔の良さを引き立てていた。
俺と盛岡は緑色の、これまたヨーロッパの貴族を感じさせる服だ。
「しかしまあ、衣装まで着るといよいよ本番が近いんだなって感じるな」
「そうだな」
盛岡の言葉に首肯する。
あと一ヶ月で人様に見られても恥ずかしくないくらいには上手くならないといけないのだ。……大丈夫だろうか。
「よし、二人共着替え終わったな。それじゃあ廊下に出ようか」
「「ういっす」」
俺たちは廊下に出た。
B棟の四階には演劇部部室があるだけで、人が立ち寄ることはないのだがどうにもムズムズする。衣装姿で廊下にいると、恥ずかしいやらなんやら……。こういうのにも慣れないといけないのかあ。
「どれくらいの人が観に来るんすかねぇ……」
「どうだろ? それは俺もよくわからないな」
橘先輩も文化祭で演じるのは初めてだったか。
「緊張とかしないんすか?」
「ん? 俺?」
「はい」
「まあ俺は小さい頃から演劇してたからなぁ。もちろん多少は緊張するけど、いわゆる恐怖とか、そういうのはないかなぁ」
「そうなんすね」
橘先輩が上手いのも納得だ。
三人で談笑をしていると女子組も着替え終わったみたいで、早速部室に戻ることとなった。
宮野先輩は赤がベースのドレスに頭巾を身に纏っている。頭巾の効果はかなり大きく、素人目ではあるがこれは端役だなと感じられた。顔も目立たないようにしているので、高三の宮野先輩でも役との年齢差はあまり気にならない。
対して水野さんは、まるで澄んだ湖のような蒼いドレスを着ている。小柄な水野さんでも、大人だなと感じさせる落ち着いた雰囲気で、けれども
というか、この衣装って――
「どうしたのー? 西園寺くん。素直に言葉に出してみなよ」
「うわっ!?」
突然宮野先輩に耳元で囁かれた! くすぐったい! 恥ずかしい!
「え、えっと、なんすか?」
「ナニってほら、心美ちゃんを舐め回すように見てたじゃん」
「ちょっと待って下さい。なんかこう、表現を変えませんかね?」
まるで俺が変態みたいではないか。
「見てたことは否定しないんだ」
「うぐっ」
この女、楽しんでやがるッ!
宮野先輩はニヤニヤとしながら俺をからかい続ける。
「ほら、素直に言いな? 可愛いねって」
「言えるわけがない……」
「うーん、見た目の割にヘタレだなぁ。すっごいチャラく見えるのに」
俺を性欲に
「人を見た目で判断してはいけません! それに、水野さんを見てたのはもっと別の理由で……」
「ふーん。その別の理由って」
「えーと……まあ、大したものではないです」
「あっそ」
それからは興味をすぐになくして橘先輩のところに行ってしまった。これからの練習の予定を立てたり、どうでもいい世間話を笑いながらしている。
俺が水野さんを見ていた理由が可愛いとは別にあることは事実だ。
そりゃあ? まあ、可愛いなとは思ったけど? それはまあホントちょっぴりだし。なんなら宮野先輩にも美人だなって思ったし。
俺は単純に水野さんと出会ったときのことを思い出していたのだ。俺が後藤に演劇部に誘われてこの部室に入ったとき、今と同じ衣装を着ている水野さんと出会った。あの衣装がジュリエットのものだったとは。
これは二人だけの秘密にしてある。理由は分からないが、先輩たちに知られたくないらしい。……あー、でも後藤には見られたんだよなぁ。
水野さんは俺の視線を感じたらしく、居心地悪そうに視線を逸らした。
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