懐疑
始業式から五日が経ち、いつもの日常が戻るとともに学校が退屈になってきた。長期休みが明けてすぐは授業とかも新鮮に感じられるんだが、慣れというのはそんなもんである。
そんな中、俺はやる気の出ない状態が続いている。結局水野さんがジュリエット役ということになり、もう変更はなさそうだ。
全員の役が決まったことによって部活動も本番を見据えての練習が増えてきた。――無力感に
俺が部室に行くため、一人で歩いていると、教室を出てすぐに後藤が駆け足で詰め寄ってきた。
「西園寺、休み明けテストの結果、ありゃあどういうことだ? 前の期末テストはそれなりの点だったじゃねえか」
「はぁ……すんません」
「部活も大事だがなぁ、勉強もおろそかにしちゃならんぞ」
「はい」
つい今しがたテストの結果と順位が返却された。結果は赤点二個の八十四位。一年全員含めて百人ちょいだからかなりまずい結果だ。
部活にしたって勉強にしたって自責が増えていく。
「まあ、なんだ。お前の腕前が上がってきてるのは確かだ。そのへんは安心しろ」
「そうっすかね?」
「そうだ。……でもなぁ赤点二個は流石にまずいぞ。中間で取り返していけよ」
「うっす」
後藤はそのまま職員室へ向かっていった。
俺だってこれがまずいことは分かってる。最近はうまくいかないことばかりで嫌になるな。
◇ ◇ ◇
「こんにちは~、って、あれ?」
「ああ、西園寺か。今は俺一人だ」
「そうなんすね」
見れば部室の中央で、台本を片手にシュッと立っている橘先輩がいた。高身長は姿勢を正して立っているだけで絵になるからズルいな。俺もあと五センチあれば百七十。これからに期待しよう。
ひとまずリュックを隅に置く。が、何をしようか。先輩と二人きりとか気まずい。話題もないし。
「元気がないね。まあ、こう言ったら反感を買うかもしれないけど、納得できないことを呑み込むことは大事だよ。そんな場面、よくあるから」
「まあ、そうかもしれませんが」
先輩は台本を片手に持ったまま閉じ、俺の方へ向き直った。
俺自身、そのことは理解している。でも――
「実はさ、俺もジュリエット役は宮野がいいと思ってるんだ」
「え?」
「あ、このことは内緒にしてくれよ」
先輩はそう言って小さく笑った。
「それならどうして」
あのとき何も言わなかったんだ。
先輩は言葉を続ける。
「言っただろ? 納得できないことも呑み込まないといけないって」
「……俺はもっと自分の意見を言ってもいいと思いますが」
「まあ宮野がジュリエット役がいいって言ってるなら話は別だけどさ、あいつは本心でどの役でもいいって、そう言ってるんだよ。あの言葉に嘘はない」
「本当ですかね?」
「ああ、本当だ」
先輩は、確信を持って断言した。
「俺は――」
この先の言葉を言おうか、少し悩む。きっと先輩を困らせてしまうだけになるだろう。だから、そうだな。やめておこう。
宮野先輩の言ってることが本心だとは思えない、なんて俺が人を信じられてないだけだし。
「いや、なんでもないです」
「そっか」
そうこうしているうちに、水野さんと盛岡が来た。
「うっす。宮野さんはいないんすね」
「ああ、そういやそうだな」
「宮野は課題出してる。夏休みのを出すの忘れてたみたいでね」
「なるほど」
「あ、そうだ、水野」
「え? あ、はい!」
突然橘先輩に話を振られ、水野さんは顔を真っ赤にして慌てる。その様子がなんとも可愛らしく、少し笑いそうになった。
「ジュリエット役、どう? 大丈夫そう?」
「えっと……緊張もするし、私なんかでいいのか分かんないんですけど、頑張ります!」
「ああ、良かった。頑張れ」
「はい!」
水野さんは満開の笑顔を咲かせた。橘先輩は優しく微笑んでいた。
◇ ◇ ◇
ジュリエットの役が決まって五日。果たして、水野さんは今どういった気持ちなのだろうか。水野さんは宮野先輩がジュリエットをすべきだと言っていた。しかしそれは叶わなかった。
今日、水野さんは橘先輩に大丈夫かと聞かれていた。それに対し、頑張ると答えていた。
それは本心か? 今でも納得できてないのではないか?
水野さんはもしかしたら、橘先輩が言っていたように納得できないけれど、呑み込んだのかもしれない。
それは正しいのか? 自分の気持に嘘をつくのは正しいのか?
俺だけが取り残されているのか。俺だけがうじうじと悩んでいるのか。……呑み込むしかないのか。
分からない。水野さんが今何を思っているのかが分からない。それが堪らなく怖い。
けれど、あのとき橘先輩に見せた笑顔は嘘偽りがなく思える。言葉も、だ。
水野さんは前を向いた。決して宮野先輩がジュリエット役をすることを諦めたのではない。
……そう思うことにしよう。
あれこれと考えていたら時間はすぐに過ぎるもので、気づけば俺は校門まで来ていた。葉月と白井もすでに到着済みである。
「よっ、お疲れ」
「うん」
「ああ」
誰が言うでもなく、三人が揃うまで待って、揃ったらみんなで帰る。それが日常となっている。
「そういや御行。テストの結果どうだったよ?」
「ヴッ」
「おっと〜その反応は!」
「まあ、どうだっていいだろ。そういや白井は今回のテスト、自身があるんだったか。どうだった」
意趣返しだ。こいつが好成績を収めるなんて無理だろ!
「ふっ、聞いて驚け。学年十位だ!」
「なん……だとッ!」
「……まあ欲を言えば一桁がよかったなぁ」
「いや、今までのお前からしたら充分凄いだろ。俺なんか八十四位ぞ」
「ほう、なるほど」
「なッ! しまった、誘導尋問だったか!」
「いやそんなんじゃねえけど」
「ふふっ」
俺達の馬鹿みたいなやり取りの最中、葉月が小さく笑う。白井も俺も、話をやめて葉月の方を見たた。
葉月が笑う姿を見せるのは珍しく、俺は素直に驚いた。普段が無愛想なだけに、こんなことされたら妙に居心地が悪い。
「二人って本当に仲いいね」
「あー、そうか?」
「そうだよ」
「ま、俺達の友情は誰にも裂くことができないぜ! な、御行!」
「お? おう……そうなのかも?」
「なんで疑問形なんだよ! まああと、あれだ。俺は御行だけじゃなくて、葉月さんとも仲がいいと思ってる」
「そうなの?」
「なんで葉月さんまで疑問形なんだぁ!」
白井の悲痛な叫びが響き渡る。
近所迷惑になるじゃん……恥ずかしいしやめろよ。そう言おうとしたけど、この言葉は葉月の笑顔で吹き飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます