配役(2)

 なんやかんやでしりとりに熱中し、五分くらい経っただろうか。無精な様子で後藤が入ってきた。


「おうお前等、しりとりは中断して部活動に取り組むぞー」

「はーい」


 宮野先輩が応え、それぞれが散り散りになる。

 床にずっと座ってたからか体が痛い。俺は両手を挙げてグッと伸びをした。


「っと。あ、そういえば先生。配役に関してなんですけど、人数、足らなくないですか?」

「あぁ、足りねえな」

「……えーと、どうするので?」


 一人二役は嫌だぞ。というかそんなこと出来ないし、台詞だって覚える量が多くなるじゃんか。


「まぁ無くすとするならパリスかティボルトになるな。一人二役にしようかと思ったんだが……。まぁお前らには無理だろ」


 むっ。今のはイラッと来た。事実だから反論できないけどね!


「部員が増えるのが一番いいんだがなぁ」

「まあ、そうですね」


 言葉では同意したが俺はこれ以上、部員は増えてほしくない。俺は今の演劇部の雰囲気が好きなのだ。自分勝手かもしれないがこれ以上部員が増えたら俺は演劇部を辞める。

 そもそも部活自体が嫌いだからな……。先輩が優しくなかったらとっくに辞めてた。


「脚本をざっと見た感じ、無くすのはパリスでいいんじゃねえか? 最後のシーンは少し味気なくなるけどティボルトを無くすよりはそっちだろ。ロミオがティボルトを殺すシーンはそれだけ意味がある」


 お、おう。盛岡、意外と説得力あるな。急に話に入ってきたからビビったけど。

 なるほど、パリスの役を無くすのか。けどそうなるとジュリエットに絶望を与えることができない気がする。ジュリエットはロミオに恋に落ちる。だが、親の決めた結婚相手がいて、ロミオが国外追放されるから仮死状態になったのだ。

 パリスがいなくなればジュリエットが仮死状態になる必要もなくなる気がするのだが。


「結婚に関しても、乳母との会話とかでどうとでもなるだろ。『貴女はパリスという方と結婚するのよ』『そんな!』みたいな」

「ブフッ」

「あ?なんだキモい声出して」

「いや、なんでもないぞ」


 急にキャラクターの台詞を言うから笑っちまったよ。しかも女キャラの!

 いや、でもうん。分かりやすい説明だった。うん。……クフッ!!


「お前ぶっ殺すぞ」


 うぉ、怖っ! めっちゃドス効いてんじゃん……。まあでも殺すと言われて黙ってるわけにはいかない。


「人に殺すとか軽々しく言うなよ。殺すぞ」

「あ? やんの?」

「ヒェッ、な、なんでもないよぉ。オホホ……」

「お前らなぁ……仲良くやれよ」


 後藤が呆れた目で俺たちを見る。他のみんなも苦笑い。

 ごめんよぉ。俺も仲良くしたいんだけど森岡がなかなか心開かなくて……。

 そんなことを考えていると盛岡に睨まれた。怖えよ……。こいつエスパーか何か?


「まぁ盛岡の言ったことはかなり正しい。俺もそうしようかと思ってたしな。もしかしたらお前は脚本を書く才能があるかもだ」


 後藤が戯けて言った言葉に何を言ってるんすか、と盛岡は返す。才能、ねぇ。


「あ、もう一つ。ロザラインって誰っすか?」


 俺は疑問を呈した。


「あれか。あれは気にしなくていい。役は乳母に決めたから」

「あ、そうなんですね」

「あー、でもそうか。お前ら、ロミオとジュリエット観たことねえのか」

「まあ、俺は観たことないっすね」


 ほとんどの人は昔の作品に興味を持たないだろう。高校生でロミオとジュリエットのストーリーを知ってるやつなんて少数だと思う。俺もその例外ではない。

 というか、盛岡なんてタイトルすら知らなかったからな。まあこいつのような人はもっと少数だと思うが。


「盛岡はまあいいとして、水野さんはロミオとジュリエット、観たことある?」

「えーと、姉がしているのを観たことありますね」

「なるほどね」


 まあそんなもんだろう。よっぽどの物好きじゃないと観ないよな。


「そうか。じゃあ今日はロミオとジュリエットの劇を観るとしよう。まあ映画でもいいんだが劇をやるにはまずプロの舞台を観ないとだ」


 何事でも学は必要だ。知ってるのと知らないのとでは大きな差が出る。スポーツをするにしてもそうだ。ルールを覚えただけでは、できる気になるだけ。いざやってみせて挫折するのがオチである。まあ、プロを観ただけで出来るようになることはないのだが……。

 というかロミオとジュリエットは映画もあるのか。流石、この俺でも知ってる作品なだけあるな。


「日本でもよく演じられてる。日本人の演技の方がお前らにもためになるだろ。日本で演じられたビデオがあるから、視聴覚室に今からそれを観に行くぞ」

「私達も?」


 宮野先輩が問う。


「ああ、プロの演技を観るのも練習の一つだ。何度も経験を重ねたって、研究することが大事なのは変わりないからな」

「確かに、そっかー」


 そう言って先生は廊下に出ていった。先輩達もそれに続く。俺達も少し駆け足に後を追った。


 視聴覚室はB棟の二階にある。A棟の四階に位置する演劇部部室からは離れており少し歩くことになるのだ。

 窓の外を観ると野球部が他校と練習試合をしていた。燦然と照りつける太陽の下、汗水たらして賢明に努力する姿は青春だなと思える。俺は最近モテるようになったが、正しい青春を送れていないような気がするんだよな。まあそれも全て俺に責任があるのだろうが。


「あぁ、そうだ。前にも言ったが配役は橘のロミオしか決めてない。だから宮野がジュリエットをするのが確定というわけではないからな」

「……えっ?」


 水野さんが後藤の発言を受けて目を丸くし、立ち止まる。俺もかなり驚いた。主役のキャラを三年にさせずに一年にさせるのか。


「ちょ、ちょっと待ってください! それっておかしくないですか? 普通、三年生が主役を務めるものだと思うのですが……。それに私は先輩と比べて実力なんてないですし」


 水野さんの発言にみんなが立ち止まる。窓から差す日差しが電気の点いてない廊下を暑く照らしていた。


「まあ、実力に関してはそうなんだがな」


 オゥ、後藤、言うねぇ。それって水野さんに実力がないと言うのに同義では? なんか水野さんが落ち込んでる気がするし。自分を否定したあと、そのことを肯定されると辛いよね……。


「けどな、ジュリエットは十三歳なんだよ。宮野は背が高いからな。見る人は違和感を覚えるんだ。ドラマだって子供のキャラを大人に演じさせることはないだろ?」


 後藤はそう言って、まあ全てはお前らの演技次第だけどな、と付け足した。

 確かに、宮野先輩と水野さんの間には十センチ程の差がある。見たところ宮野先輩は一六〇より上だろう。一六五もあり得る。十三歳の少女にはミスマッチだ。

 キャラクターと演者の違和感。それも考えないといけないのか。

 話はこれで終わりとばかりに後藤があるきだす。水野さんはまだ納得出来てないようだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ロミオとジュリエット鑑賞後、後藤はプロジェクタースクリーンを外し視聴覚室の電気を点けた。


「と、まあこんな感じだ。どうだ? なんか感想はあるか?」

「俺、演劇自体初めて観たんですけどなんか凄いっすね。めっちゃ惹き込まれました」

「ああ、俺も演劇は初めて観た。ドラマとかも興味なくて一切観てこなかったんだがこれは凄いな。こういった娯楽が人気な理由が分かった」

「おう、森岡も気に入ったか。それは何よりだ」


 盛岡がうっす、と応える。なんだようっす、て。他になんか言えないんか。それとも恥ずかしがってんの?


「まあでも演劇部だからな。作品を観て、凄かった、なんて陳腐な感想だけじゃ駄目だぞ。どうして凄いと感じたのか。そして演者のスキル、演出とかも注目して観ないとな」


 それもそうだ。俺は演劇部なんだ。消費者ではなく生産者。視聴者ではなく演者。


「今回は演劇についての勉強をするか。座学だ。とりあえずボールペンと紙をやるからそこに感想を書け。十分でな」


 え? 感想文? なにそれ嫌なんだけど。


「感想を書けたらロミオとジュリエットを観ながら劇をするのに当たって覚えたほうがいいスキルを解説していく。メモしろよ。あと、三年ももう知ってるからとか、できるからとかって適当にするんじゃねえぞ」

「えー! 座学嫌いー!」


 宮野先輩の言葉を後藤は、文句言うな、と一蹴した。

 クッ! 世の中は不条理だッ!!











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