配役(1)
それは先週の金曜日、みんなで遊園地に行った二日前の出来事だ。
四階にあるここら一帯の街が窓から見下ろせる演劇部部室にて、夏休みに入ってからやけにハードになった部活動を終えるとその日はミーティングをすることになった。ミーティングと言っても後藤がなんか報告とかをするだけなのだが。
後藤が俺達を呼び集め、背もたれのない丸椅子に座らせる。そしておし、と一言発してから話し始めた。
「脚本を橘、宮野と書いてたんだがそれがもう完成した。てことで来週から本格的に演劇の練習を始めていくぞ。午後までやるつもりだから弁当ちゃんと持ってこいよ」
「……え?」
疑問を口にしたのは俺だけだった。静寂が俺の発した言葉を空気に溶かしていく。
ミンミンと鳴く蝉の鳴き声がやけに五月蝿い。
午後までやる? 嘘だろ? 冗談きついぜおいおい。
「えーと、具体的には何時頃まで、でしょう?」
「運動部が確か五時半までやってたか。だから俺らもそれくらいするぞ」
え、えぇ! そんな、私これからどうなっちゃうのぉ!? お家に帰してもらえないなんて……。オヨヨ……。
「あ、あのそれってもう配役とかも決まってるんですか?」
脳内ハッピー状態になることで現実逃避をしている俺とは対照的に水野さんが真っ当な問を後藤に投げかける。
「いや、配役はお前達の演技を見てから決めるつもりだ。まあ主役のロミオは橘で確定だがな」
そっかー。ロミオとジュリエットをやるんだ。
「……あれ? 言ってなかったか? 神校祭でやるのはロミオとジュリエットっていうイングランドの劇作家、シェイクスピアが書いた戯曲だ」
後藤が俺達の反応を見て不安げにそう説明する。
イングランドってどの辺だっけ? シェイクスピアは色んな作品とかに出てるから名前だけ知ってるけど。ゲームとかよく使いたがるよね。シェイクスピア。というか戯曲って何? 音楽?
疑問は尽きないが心の中に収めておく。無知を晒すのは恥ずかしいしね!
「まあ、そういうことだから、弁当忘れんなよ」
後藤が最後にそう言ってその日はお開きになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
午前が基礎練習、午後がロミオとジュリエットで時間を割くことになった。
今は昼休みだ。俺は部室のロッカーに背をつけ、地べたに直接座り愛妹弁当を食べている。
俺の隣には盛岡、水野さんが居て先輩達は食堂で食べている。夏休みにも食堂って開いてるんだ、と普通に驚いた。
俺も弁当がいることになって甘奈がついでにと俺の分まで作ってくれたのだ。ついでと行っていたがきっと二人分を作るのは面倒くさいだろう。照れ屋だもんなぁ。照れ隠しが下手だからね、あの子は。
ところで愛妹弁当、俺的には良いネーミングセンスしてると思うのだがどうだろう。改めて考えてみると曖昧弁当になるよな。漢字が無けりゃどういう意味か伝わらんし。曖昧な弁当とか訳分からん……。
良し! ここは率直に「妹の愛情籠もったお弁当」と命名しよう!
俺は黄金に輝くだし巻き卵を口に運ぶ。
うん、うまい! これは愛がないと出せない味だな! ウェへへ……。
「何ニヤついてんだ……? 気色わりい」
「俺の妹が真心込めて作ってくれた弁当だからな。そら嬉しいもんさ」
「シスコンだったのかよ……」
「妹思いと言え」
どいつもこいつもすぐにシスコンだなんだと言いたがるんだから。家族を大切に思うのは当たり前だろ。
「西園寺君は妹がいるんですね」
「あー、うん。今中二のね。水野さんはお姉さんがいるんだっけ」
「はい。姉はこの学校に通ってて、演劇部だったんですよ」
そういや、姉に憧れて演劇部に入ったと言ってたな。もしかしたら先輩達と一緒に活動してたのか?
……まあ知ったところで何にもならんけど。
「盛岡は兄弟いんの?」
「いねえ」
「一人っ子か」
なんというか、意外でも何でもないからそれ以上言うことがねえな……。
それから暫しの気まずい時間帯。古い扇風機がガタガタとたてる音だけが響いてる。三人並んで無言とか辛いわ……。なんか話題ねえかな。
「そういえば、盛岡君は美香ちゃんと幼馴染みなんですよね」
「ん?あぁ、そうだな。美香と友達なのか?」
なんか二人が俺に関わりがない話題で話し始めたぞ。
俺を挟んで付いて行けない話をするのは辞めてほしい。話に入るべきかどっか行くべきか、それともここに無言でいるべきか分からんから。
というか盛岡、女の子の幼馴染みいんの? ラブコメ主人公?
とりあえず、後藤に渡された脚本に目を通す。
演目は「ロミオとジュリエット」だ。
俺は見たことないから原作とどれくらい話が改変されてるのか分からないけど結構重い話なんだな。
内容は簡潔にするとこうだ。
イタリアのヴェローナという都市にて代々対立していたモンタギュー家とキャピュレット家。
モンタギュー家の一人息子ロミオはキャピュレット家で行われるパーティーに忍び込み、そこでジュリエットというキャピュレット家の一人娘と出合い、恋をする。
二人は相思相愛となり、修道僧ロレンスの元で親に隠れて結婚。
しかし、その直後に街で乱闘騒ぎが起こる。その争いでロミオの友人であるマーキューシオがキャピュレット夫人の甥、ティボルトに殺されてしまった。怒ったロミオはティボルトを殺害。これにより両家の対立は更に悪化した。
大公エスカラスはロミオを国外追放に処す。
悲しみに暮れるジュリエットにキャピュレットは青年パリスとの結婚を迫る。
ジュリエットはロレンスに助けを求めた。それにロレンスは毒を使って仮死するという計画を企てる。
しかしロミオにはその計画がうまく伝わらなかった。
結果、ロミオはパリスを殺害。そして服毒自殺する。目が覚めたジュリエットはロミオが死んだことを知り、ロミオの持っていた短剣で後追い自殺をした、という恋愛悲劇だ。この間、なんと五日間である。
うん、なんというか俺にはよく分からん話だな。そんなすぐに人を好きになって結婚なんて……。しかもジュリエットは十三歳らしいじゃないか。まだまだ少女だぞ。
愚かだな、と思う。結ばれない恋をして結局二人共死んでしまった。何がそこまで二人を動かしたのか、理解できない。俺だって好きな人が居たことはある。けれど、出会ったばかりの人をそんなに愛せるものか?
まあ、物語についてはここまでにしよう。どうせ何ヶ月、何年経ったって俺には理解できないだろうし。
問題は配役だ。
女キャラクターは二人いて、ジュリエットとジュリエットの
そして男キャラクター。
ロミオ、マーキューシオ、ティボルト、パリス、この四名に役がある。
そう、四名なのだ。
はて、我等が演劇部の男部員は何人いるだろう?
はい、三人っすね。
つまりは新しい部員が来るか、一人二役か、はたまたこの四名のうち誰かの役をなくすか、ということになる。ちなみにだがロミオを演じる場合、一人二役はできない。なぜなら他三名全員がロミオと関わりがあるからだ。だから一人二役をするとなると、先輩ではなく俺と盛岡のどちらかがやることになる。まじで嫌だな……。
俺は脚本を床にパサッと置く。それと同時に先輩達が部室に戻ってきた。
「ただいまー。お弁当食べ終わった?」
「あ、はい。食べ終わりました」
「よし、じゃあ先生が来るまでしりとりでもしようか!」
「しりとり? っすか……」
えっと……なんで?
「ん? じゃあ別の遊びでもする?」
「あ、しりとり……しましょうか」
「オッケー! じゃあ私、橘、西園寺君、盛岡君、心美ちゃんの順番ね!」
宮野先輩は朗らかに笑い、りんご! と言った。
……先輩、めっちゃ元気っすね。
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