リミテーション1(1)

 小学三年生の頃の話だ。

 あれは昼休みだったか、いや放課後だったかもしれない。教室にいて外は夕焼けに染まっていたような気がする。

 あの頃は自分の気持ちに気づいてなかったのだろう。本当は嬉しかったはずなのに。……好きなくせに。照れ隠しの仕方が分からなかったんだ。そのせいで私は御行を傷つけることになった。


「御行くんって花梨ちゃんのこと好きらしいよ!」


 四人くらいの女の子がキャー! と色めき立っている。私はというと顔が夕焼けに染まっていた。それをみんなはからかってきた。


「そ、そんなことある訳ないじゃん!」


 カーテンが風に揺らされ音をたてる。

 私は恥ずかしくて窓の方を向いた。夕焼けが街を彩り、綺麗だなと思った。

 なんとはなしに窓を開ける。冷たく、心地良い風にゴムを解いた長い髪がサラサラとなびいた。


「実際どうなのー?御行くんかっこいいじゃん! 嬉しいくせに」


 冷たい風が、私を冷ましてくれている。そのはずなのに、どんどん熱くなっていって、もう抑え込むことさえ出来なくなってしまった。


「……嬉しくない。全然嬉しくない! 私、あいつのこと嫌いだもん!」


 いちいちこんなことを訊いてくるクラスメートに嫌気が差したいた。みんな愉しんでるんだ。この状況を。私が恥ずかしがっているのを。

 どうしょうもなくて、ただ否定することしか出来なくて。咄嗟についた嘘は、みんなにとって本当になって。

 だから、次の日に見た御行の顔を今でも忘れられない。

 謝らないと、そう思った。あれは嘘だって、嫌いなんかじゃなくて、本当は――

 ちゃんと言わないといけないと分かっているのに私は高校生になった今でも言えないでいる。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 いつも通り部活を終え、空は夕焼けに染まっていた。水野さん達に別れを告げ俺は正門へと行く。

 演劇部が午後まで活動するようになってから数日が過ぎた。日の出に家を出て日没に帰宅。それを休日以外毎日だ。通学路も片道一時間弱。流石に疲れるな……。まあ明日からお盆休みだ。しっかりと休息を取ろう。

 正門には葉月と白井が待っていた。葉月は女子バレー部でもともと午後まで活動している。俺も午後まで部活となり、鉢合わせた日から一緒に帰るようになったのだ。それを知った白井も、俺も一緒に帰りたいと言ってきた。寂しがりやだなこいつ。

 部活動をしていない人たちは皆、平日に登校して勉強をすることになっている。午前と午後、或いは両方を選べる。白井は初め、午前を選んでいたが俺や葉月と帰るために午後に変えたと。別に登下校くらいは一人でいいだろと思うのだが……。


「おう、待たせたな」

「別に待ってない」

「御行……お前何カッコつけてんだ?」

「は!? 別にカッコつけてねえし! お前が勝手にカッコいいって思っただけだろ!」


 白井、お前まじで何言い出してんの? 恥ずかしいだろ!? あ、あと本当にカッコつけてなんかないからね? 本当だからね!?

 なんかアニメやドラマとかでよく見るからやってみたくなっただけ。ネタだから。


「ま、まあ帰るぞ、うん。いやぁ疲れた疲れた」

「話題の変え方めっちゃ下手だな……」

「うるせぇ」


 俺達は正門を出て住宅街を歩いていく。俺はリュックサックを背負っただけで手ぶらだ。対して白井と葉月は自転車を押している。なんか申し訳ねえなあとは思う。俺のせいで二人共歩くことになるのだから。

 ……いや、でもそれって俺と話しながら帰りたいってことだよな。そう、信じてもいいよな?

 確証が持てない。単純に一人が嫌なだけなのかもしれない。人は孤独を嫌うから。俺だってそうなわけで……。

 素直に友達が出来たと喜べばいいんだろうけどなぁ。白井とは高校で知り合ったからまだ五ヶ月程度の付き合いだ。だから小中で仲良かった友達と、どうしても比べてしまう。俺は本当に友達なのだろうかと。高校生になって女子からも男からも話しかけられるようになったが、どうしても彼等と距離を感じてしまう。果たしてこれは時間が解決してくれるものなのだろうか?

 自分でも難儀な性格をしていると思う。こんな自分が最低だとも思う。けれど、この思いを拭い去ることは出来ない。

 白井が自転車を引きながら、そういえばと前置きし、話し始めた。


「明後日に夏祭りがあるだろ? なあ、三人で行かないか?」

「ああ、もうそんな時期か。俺は別に構わないけど」

「夏祭り……まあ、いいけど」


 よっしゃ! と白井がガッツポーズをとる。それからニヤニヤと笑いながら、


「いやぁ葉月さんの浴衣楽しみだなあ」

「浴衣?」

「おう! そりゃあ夏祭りと言えば浴衣だろ? ……もしかして御行、私服で行くつもりだったのか?」

「え、あー、いや、うん。浴衣な。風情があっていいよな」


 浴衣とか持ってねぇ……。二人共浴衣で行くのか? 一人私服とか恥ずかしすぎる……。

 というか白井、よく女子に面と向かって浴衣楽しみなんて言えるな。俺には無理だ。こういうところは素直に凄え奴だと思う。


「えっと、二人共、浴衣で行くのか?」

「あぁ当たり前」

「まあ夏祭りだし」

「あ、そう……」


 浴衣、買わないとな……。浴衣ってみんな持ってるもんなの? 白井まで持ってるみたいだし。あれ? 俺がおかしいのか? うーん。

 それにしても夏祭り、かぁ。人と行くのは小学校の頃、家族と行ったとき以来だな。中学の頃は一人で花火を観に行ってた程度。

 友達と遊ぶ、ということをあまりしたことないから少し楽しみになっている自分がいる。大きい行事だと特に。

 それから俺達は待ち合わせ場所や時間などの諸々を決め、談笑しながら帰った。

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