夏休み到来
ガチャン。
家のドアが閉まり俺の妹、
甘奈はリビングに来た途端、おもむろに深く深くため息を吐いた。
「あ~部活して疲れて帰ってきたらソファーでゴロゴロしてる人が居て気が滅入るなあ」
「ゴロゴロはしてない。俺は今世界を救ってるんだ。話しかけんな。……あ、やべえ、ヒーラーが死んだ!」
どうすっかな。もう少しで倒せそうだし復活アイテムを使うのは少し躊躇ってしまう。
てかこのボス戦BGMめっちゃかっけえな!
うおお! 燃えるぜえぇ!!
「はぁ、私シャワー浴びてくるから」
「おう。風呂洗ってあるから入りたかったら湯、入れろよ」
「ん、ありがと」
甘奈がリビングで服を脱ぎながら脱衣所へ向かう。
女の子なんだからちゃんと脱衣所に行ってから服を脱げと思う。男でもそれが普通だぞ。
そう言ったらキモって言われるだろうから言わないけど。
え、待って何この攻撃。
は? 全体に300ダメージ?
俺のパーティーは全滅しました。
くっそ、体力減ったら大技撃つパターンか。復活アイテム使ったら良かったかなあ。
俺しかいない広い室内にゲームオーバーのBGMが虚しく響く。
カーテンの隙間から覗き込んで外を見ると空は真っ赤に燃え上がり、太陽は姿を隠し始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目が覚め、時計を見ると十時三十分になっていた。俺はのっそりと体を起こす。
そう、ついに昨日から夏休みが始まったのだ!
まあ今日は日曜だから普段も休みだけど。
部活は明日からである。夏休みでも学校に行かないといけないのはだるいが午前中だけだし、土日祝日はないしで演劇部はそれなりに楽なのだ。
今日は白井とゲーセンに行くことになっている。
待ち合わせは現地、午後一時。
今、家には俺しかいない。
両親は朝から出掛けて、甘奈は部活に行っている。起きた頃にはみんないなかった。
家を出るまでに割と時間があるから軽めの昼食を作ることにした。
夏休みが始まってまだ二日だ。普通の休日と何も変わらない日だけど俺の心は毎日がエブリデイ状態。昨日は昼まで寝て、起きてからはずっとゲームしてたしね。
昼食をとると、待ち合わせまでゆっくり行けるくらいの時間になっていた。
よし、行くとするか。
俺の住むこの街は都会とは言えないが駅前まで来るとショッピングモールや飲食店が建ち並び、人の流れが目に見える。
近くで遊べるところは駅前くらいにしかないから、よくこの辺りには来ているのだ。
空には雨雲が漂い、太陽の光を遮って世界を暗く染めている。
それでも暑いことには変わりない。汗ばんだ額を手の甲で拭って、ようやくゲームセンターまでたどり着いた。
駐輪場にはスマホを突いている白井の姿がある。
白井の服装は街中ではあまり、というよりは全く見かけないものだ。
とても可愛らしい。そう言う外ない。
男が可愛らしい服を着てたら気持ち悪く思うかもしれないが安心しろ。女が着てても二度見してしまうくらいの異質さだ。何ならガン見するかもな。
白井は可愛い女の子のアニメキャラクターがプリントされたTシャツを着ており、周りからの視線を集めていた!
初めて見たときは驚いたがもう慣れた。……いや、やっぱ恥ずかしい。
そういや図書館で勉強したときは普通の服装だったな。痛Tシャツ全部洗濯に出してたんかな?
「よう、白井。少し遅れた?」
「いや、大丈夫。それじゃ中に入るか」
ゲーセンに入り、俺たちはクレーンゲームを物色し始める。
まず初めに言っておくと俺と白井の趣味は合わない。
俺はゲーセンに来たら基本的にレースゲームやメダルゲームをするが白井はアニメキャラクターのフィギュアを狙ってのUFOキャッチャーやリズムゲームをプレイするのだ。
俺も太鼓の達人ならできるし一緒にしようぜ、と前に言ったら、太鼓の達人は俺のする科目じゃない、と言われた。何だこいつ?
だから一緒に楽しむということができないのだ。それでも白井と遊びに行くのはなんだかんだで気が合うからなのだろう。
好きなアニメのキャラクターのフィギュアを見つけたらしく、白井は五百円玉を入れてチャレンジする。
俺はその隣にあるチョコのお菓子を取ってみよう。
五百円玉、投入。
チョコのお菓子は高さの低い長方形の箱で、何枚も積み重なっている。
取り敢えず普通にアームを下ろす。
びくともしない。なぜ?
色々と試すうちにもうチャレンジできる回数がなくなってしまった。
俺がさらに金を入れるか迷っているとき隣からよっしゃ、と弾んだ声が聞こえた。
「2回で取れた! 今回はかなり運が良かったな。いっつもは五回くらいかかるんだが」
そう言って白井は満面の笑みを浮かべて、取ったフィギュアを俺に見せつけてきた。
こうしていると、少年のような無邪気さがあって、白井が眩しく見える。
人が喜んでるのを見るとこっちまで嬉しくなるから不思議だ。
「相変わらず凄えな。どんだけ上手いんだよ」
「まあな」
白井は得意気に応え、プレイできる回数余ったから店員呼んでくるわ、と言ってその場を後にした。
財布の中を確認する。千円札が3枚と百年玉6枚。五百円玉は残念ながら消えてしまっていた。
……あと一回だけするか。
さあ、俺と甘奈のおやつとなれ!
気づけば百年玉が全てなくなっていた。なんでだろ?
俺の手には2枚のチョコのお菓子がある。
現金で買ったら何円だったか……俺は考えるのをやめた。
それにしても白井、遅いな。
両替に行くついでに探すか。見つからんかったらライン(最近始めた)しよ。
千円札を十枚の硬貨に替えて辺りを見回すと、白井を見つけた。痛T着てるからわかりやすいぜ!
俺は白井に駆け寄って話しかけようとする。
だが、それはできなかった。先客がいたのだ。
「白井、本当に久しぶりだな!」
「あ、あぁそうだな」
「それにしてもそのTシャツ、変わってねえな」
三人のチャラそうな男が意地の悪い笑みを浮かべて話しかけている。
白井は居心地悪そうにしていた。……あいつ等の目だ。あの目は完全に人を見下している目。
今までに何度もあの目を浴びせられてきたから俺にはすぐにわかる。
……胸くそ悪い。
「あのー、俺こいつと遊んでるからちょっといいですか?」
「ん? ああ、白井の友達? うわあ、白井に似合わねえイケメンな男じゃんか」
暗い室内に青白く光が点っている。
「はあ、それはどうも」
白井は弱々しく縮こまっている。
「へー君みたいな人がなんでこんなのと友達やってんの?」
ゲームセンター特有の喧騒が酷く静かに鼓膜を刺激している。
「白井とは気があったんで、それに悪いやつじゃないですよ」
「ふーん。まあいいや! 邪魔して悪かったね」
白井にじゃあな、と手を振り彼らはゲームセンターから出ていった。
どっと汗が流れ出す。止まっているような錯覚を受けた時間が俺の中で再び刻みだした。
……慣れないことしたな。
「白井、大丈夫か?」
「あ、あぁ悪いな。待たせて」
「少し休むか?」
「いや、大丈夫だ。ありがとな。うし! じゃあ遊ぶか!」
白井は快活にそう、笑った。
俺はその笑顔が作り物でなければいいなと思った。人の心がわからないのが堪らなく怖い。
「あのさ、悪かったな。あんま言い返せなくて」
「だから気にしなくていいって! それに、嬉しかったよ。だからさ、遊ぶぞ!」
……嬉しかったって何がだ?
俺はそれに気付きそうになる。だけど気付けない。というよりも知りたくないだけなのかも知れない。
うん、一旦このことは考えるのをやめよう。
人生、楽しんだもん勝ちだ。まだまだ遊び足りないしな!
それから俺たちは太陽が落ちるまで遊び続けた。こんな長い時間遊んだのは初めてかもしれない。
帰り路、空を見上げると雨雲は通り過ぎて、満天の星空が煌めいていた。
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