水野心美

 眠気を噛み殺しながら校門を潜る。昨日は夕方に寝たせいで夜はあまり眠れなくて寝不足なのだ。

 それにしても最近はとても暑い。この炎天下の中、一時間も歩いてたら熱中症になるぞ。汗がベタベタして気持ち悪い。風呂入りたい。

 ああ、駄目だ! ネガティブな事ばかり考えてしまう。

 昨日、色々とあってまだ整理ができてないのだ。喧嘩してから仲直りするのは難しい。かなりの勇気がいる。

 取り敢えず白井たちとバカ話でもするかな。

 何とはなしに校舎に付けられた時計を見る。

 あ、朝のホームルームまであと三分もないのか。遅刻ギリギリじゃん。少し急ぐか。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 俺の席はちょうど中央だ。ここの席のおかげでだいぶ友達は出来たがやはり主人公席(窓際の一番後ろ)が良かった。二学期にあるであろう席替えに期待するしかないな。

 席に鞄を下ろした時、隣から視線を感じた。葉月だ。昨日の件で少し気まずいけど挨拶は大事だ。俺は変わるんだ! ちゃんと挨拶するぞ!


「……あ、えとおはようございます」

「え、あ、うん。おはよう」


 ……よし! 結果はどうあれ挨拶できた! これは成功だろうそうだろう!

 中学の頃は挨拶なんて人にしたことなかったからな。まあそう考えれば昨日、高校デビューなんて言われてキレたのは筋違いだ。ちゃんと謝らないと。この変な気まずさはそのせいだし。


「あのさ、」


 ガラガラ、とタイミング悪く教室のドアが開き担任の後藤が入って来た。

 後藤は白髪が増えてきた男性教師で、白井によればもうすぐ還暦とのこと。何でそんなことまで知ってんだ? あいつ。

 葉月がなに? とこちらに目線を寄越よこしたので何でもないと応じる。出鼻をくじかれると言いづらくなるよな。まあそれでも言えることが一番いいんだろうけどさ。

 後藤は、朝のホームルームを始めるぞ〜、と言って生徒たちを席に座らせる。

 そして号令を掛けた後、俺にとって無視することはできない、とんでもない事を後藤は言い放ってきた。


「ああ、今日から部活動に所属していない生徒は一時間居残りで自習をする事になった。文句は俺に言うなよ。学校が決めた事なんだから。まあこのクラスで部活に所属してない奴は少ないしあんまり関係ない話かもな」


 ……はああぁぁ!?

 ふざけんなよ。部活やってない奴は勉強とか意味分かんねえよ! いやまあ意味はわかるけども!

 俺の学校は進学校であり、部活動に重きを置いている節がある。実際、入学した時の学校紹介でも部活動を強く推してたし。部活をしているだけで就職や進学に有利になるとかなんとか。

 それにしたって一時間居残りの勉強はないだろ。どうすればいいんだ。

 後藤はそれからも何か言っていたが俺の耳には何も入って来ず、気が付けば朝のホームルームは終わっていた。


「部活してない奴は居残りで勉強だってよ。残念だったな、御行」


 朝のホームルームが終わり、白井がニヤニヤしながら俺へと話しかけてきた。こういう時はだいたい俺を全力で煽ってくる。本当に面倒くさい。

 ていうかコイツも殆ど帰宅部みたいなもんだろ。部活出てねえんだし。

 ……ん? 待てよ? それじゃ俺も適当にどっかの部活に入って活動せずに帰ればいいのか。天才じゃね?俺。


「なに、ニヤニヤしてんだ。気持ち悪!」

「お前に言われたきゃねえよ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 午後のホームルームが終わり、俺は後藤の元へ駆け出した。一時間も勉強なんて嫌だからな。とりあえず部活に入らなければ。


「あの、後藤先生。部活に入りたいんですけど」

「おお、西園寺か、これ部活の志願書だから入りたい部活を記入しろよ」

「ああ、えっとこの学校どんな部活動あるんでしたっけ?」

「は?」


 なんか空気が凍った気がする。

 取り敢えず何か言わなければ。なんて言おう。なんの部活あるか知らんのは本当のことだしな。


「いや、あれですよ? 別に勉強が嫌とかではなく、やはり高校生、少ない時間である青春をいかに謳歌するか。それは部活に入っていると入ってないとでは全然違うと思うんですよ。それに何かにひたむきに頑張ることは大切ですしね。だからまあ、」

「ああ、はいはい。わかったわかった」


 軽くあしらわれた。目が合わせられんよ。


「まあ、その、だからどんな部活があるのかとか、先生のオススメの部活とか、どうでしょう?」


 どうでしょう?ってなんだよ! と、自分に自分でツッコミを入れる。なんか冷や汗でてるし、色々としくったなあ。漫画研究会にでもするか? 漫画は普段読まないけど。


「んじゃまあ演劇部とかどうだ? ああ、演劇部がいいと思うぞ。よし、お前は今日から演劇部の一員だ」

「え?」

「俺が顧問をしているんだけどな。このままじゃ来年には廃部になりそうなんだよ。部員少なすぎて。てな訳で四階の空き教室に行くぞ。そこが部室だから」


 いや、ちょっと待って!? なんか俺を抜きにして話し進み過ぎじゃない!?

 いやまあ先生のオススメをとは聞いたけどこんな強引に……俺の意思は尊重されないのですか!?

 まあ運動部じゃないからいいけど。顧問が担任だとサボりづらいなあ。


「まあとりあえずは体験入部という形でいいぞ。できればずっといて欲しいが性に合わなければ辞めたっていい」

「……まあ、取り敢えずそうします」


 後藤の後ろに付き、俺は階段を上っていく。俺のクラスの教室は二階で今までに他の階に行く機会が無かったから何気に始めてくるな。

 後藤は四階の空き教室のドアに手を掛け、開くと中に入った。ここが部室なのだろう。俺もあとに続く。

 空き教室には当たり前だけど机が一つも無く、後ろ側にはダンボールが積まれてあった。

 だが、そんな事はどうでもいい。この教室に入って俺の目を引いたのは一人の女子生徒の姿だ。

 黒髪のショートボブで、顔立ちはまだ幼く感じられ、可愛らしい。そして何よりも目に着いたのは服装だ。

 彼女は控えめな蒼色のドレスを身に纏っており、ここが教室だという事を忘れさせるくらいに、場違いで、綺麗だった。


「ん? 今日は水野だけか?」

「あ、はい。先輩方はまだ来てないです」

「そうか」


 俺は水野と呼ばれた女子をまじまじと見てしまっていた。俺の視線に気づいて彼女は顔を赤くする。


「えっと、すみません。勝手に衣装着ちゃって……あの、その人は?」

「ああ、勝手に衣装を着るのは駄目だぞ。破れたりするかもしれないしな。まあ、今回は大目に見よう。そんでそこに居るこいつは一年三組の俺の受け持つ生徒。今日から演劇部に所属する事になった西園寺御行だ」

「どうも。はじめまして」

「あ、はい。はじめまして」

「んでこの子はお前と同じ一年生の水野心美みずのここみ。演劇部唯一の一年生だ。まあお前が入って唯一ではなくなったけどな」


 後藤が紹介を終える。

 えっと、これからどうしたらいいんだろ? 助けて! 後藤先生!

 そんな感じで俺は後藤先生に目配せをした。すると、後藤先生がそれに気が付きおっと、忘れてた、と言って教室から出ていった!



 ……は?

 空き教室には取り残された二人の男女。

 女子は蒼色のドレスを纏っており、恥ずかしいのか俯いている。

 男子は元はコミュ障で、こういう状況にどうしていいのか分からない俺。

 まあ、取り敢えず話しかけるか。


「天気、いいですね」

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