第9話 駅長の仕事

「あ、いけない。寝ていた」


 無事に新幹線と貨物列車を通過させた直後、新幹線とエギュプトス本線の復旧が伝えられ、混乱は解消。

 新幹線の迂回が無くなり日が暮れてからダイヤは平常に戻った。

 しかしダイヤが戻って気が抜けた瞬間、テルは居眠りをしてしまった。


「ようやく起きたかのう」

「あ、駅長ううっっっ」


 ベッドの上に寝るテルの横には人間に化けた駅長が裸で寝そべっていた。


「な、何を」

「昼間から事故対応に奮戦していた可愛い駅員に添い寝してやったのじゃ。ポイント故障は先ほど保線区の連中が来て直しておった。無事に動くぞ。ああ、帰ってきたムスタファがテルに礼を言っておったぞ。ダイヤが乱れて帰れるか心配だったがてるの伝言で安心したと」

「それはよかったです」

「その通りじゃ、見事な対応じゃった。その褒美もかねておる。それとも妾では不満かのう?」


 駅長の質問にテルは首を激しく横に振った。

 つるつるの肌に柔らかい感触は最高です、と言ってしまいそうだった。


「って、業務が」

「妾が終わらせておいた。心配するでない、キチンと終えたぞ」


 テルに駅の業務を教えただけあって駅長は本気を出すと業務をキチンと終える。

 そもそも、テルに地方駅の仕事を仕込んだのは駅長なのだ。


「まあ、もう少しゆっくりして行くが良い。昨日は大変じゃったしの」


 そういって駅長はテルを自分の元に引き寄せ抱きしめる。


「セクハラですよ」

「妾の身体に不満か。貧相な身体に触れられて不快か?」

「そうじゃなくて」


 制服の上からでさえ判るほどの素晴らしい身体なのだ。しかも直に触ったら寄り気持ちよいのだから不満など無く寧ろ快感だ。

 だが齢数百年の半ば神のような存在が十代前半の少年をたぶらかすのは問題がある。


「少々考え方が硬いのう。日々務めを果たしたのじゃから少しくらい褒美を受け取っても罰は当たるまい」

「罰だけで済めばどれだけ良い事か」


 嫉妬深い姉妹達がテルが女性の肌を触ったことを知れば鈍なことになるか考えただけで恐怖である。


「って、早番の時間じゃ無いですか」

「一日くらい休んでもよいじゃろう」

「そんなわけ無いでしょう!」


 テルはベッドから抜け出すと急いで制服に着替えるべく出て行った。


「あの様子なら平気じゃな」


 テルの様子を見てから裸体を隠すこと無く伸びをする駅長。

 もし晃が休むような魔法で眠らせて今日一日駅長一人で業務を行うつもりだった。

 昨日はそれだけの働きをしたし、実習開始からずっと働いていたからだ。


「中々よい少年じゃな。総裁の子息だけのことはある。まあ頼まれた事は成し遂げられたかのう」


 バステトは、駅長に就任して以来、多くの見習い駅員を受け容れてきた。

 中には早く出世して要職を占めている者もいる。

 それだけに人材を見極める目は非常に優れている上、指導が行き届いている。テルが送られたのも将来有望か否かキチンと見極めて教育して欲しかったからだ。


「まあ自学自習が妾の方針じゃから初めだけ教えるがのう」


 基本の業務を教えて後は任せる。よほどの事が無ければ手助けしないのがバステトのやり方だ。

 テルのように全て任せてしまうが、キチンと見ている。

 間違いがあってもフォローするし、危険な行為をしていないか気を配っている。

 疲れているようならテルのように寝かせるなど、気配りが良い。

 そもそも重大な間違いを犯しそうな奴には仕事を任せない。休んでいろと命じて仕事に関わらせず落第の評価を下して送り返す。


「優秀の判を押せるのう」


 これまでのテルの評価は文句なしに優秀だ。何処にやっても大丈夫。

 今日のように突発的な事故にも十分に対処できる。

 乗客対応などはまだ不慣れな点があるが、経験がモノを言う分野であるため若い晃にはやむを得ない。仕事をこなして行けば直ぐに学ぶことが出来るだろう。


「しかし、家庭の方に問題があるようじゃな」


 手出しされないように気を付けてくれ、と総裁――テルの父親から言われており、バステトは気を配っていた。

 通学の女子高生が媚薬を入れてきたことには多少焦ったがテルの可愛さと真摯さを考えれば起こりうる。

 だが、自らの身体に磨きを掛けて幾星霜、完璧に仕上げた身体に食いつかないのはおかしい。

 堅物以前に、家族や姉妹を恐れている。


「勇者の家系じゃが力が無いことで可愛がられていると言うが、あの世話焼きとマメな性格。そりゃ誰でも好感を持つのう。たとえ勇者でも」


 その時、バステトは接近する気配に気が付いた。


「噂をすればなんとやらか」


 バステトはテルのロッカーからテルの制服を盗み出し当直室を抜け出すと、平野を走る。途中で巨大な化け猫に変化して接近してくる者に近づく。


「たあっっっっ」


 化け猫となったバステトに鋭い斬撃が加えられるが、バステトは巨体とは思えぬ動きで回避した。


「貴様か! テルを誘拐したのは!」


 巨大な大剣の切っ先を向けてきたのはクラウディア、テルの姉だ。

 勇者の力を持ち<神殺し>の称号を保持しており、金髪碧眼の美しい姿は国民に広く知られている。だが、そんな美貌が台無しになるほど怒りと怨念で歪んでいた。


「テルを返して貰うぞ! お前からテルの匂いがする」


 怒りに燃えるクラウディアに化け猫はバラの茎で作った篭を見せる。


「お前! テルをそんなところに入れているのか! なんとうらやま……もとい! 酷いことをするんだ! 返して貰うぞ!」


 そのままクラウディアは畑の麦を切り倒しながら突撃する。しかし化け猫は素早く避けると、遠くへ逃げていった。


「待つんだ!」


 クラウディアは化け猫を追っていった。


「全く、なんて出鱈目な小娘じゃ。テルの姉とは思えん」


 茂みに隠れていた人間姿のバステトは、愚痴る。


「小娘とは言え<神殺し>の称号を持つ勇者と戦えん。まともに戦えば妾とて消滅させられる。精々囮で引き回すのが精一杯じゃ」


 攻撃の瞬間に分身してテルの制服を使った囮でクラウディアを引っかける。

 お陰でここ最近はテルの制服を拝借することが増えている。

 新しい制服をその度に与えているが、変な事に使っているのでは無いかと疑われており、バステトとしては不本意だった。

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