第23話/街に行こう!~準備編?~


 一通り缶バッチも作成し終わったお昼時。

 出来上がった缶バッチの中から、みんなに見てもらいたい一番を選んでもらう。

 バルガスたちは上半身を見せびらかす決めポーズ、シンハは鎧姿で剣を構え、マズダは自画像っぽい立ち姿、姉妹とシシのケモミミ3娘はシシを真ん中に抱き合うバッチ。

 エレンの提示したライオンシンハを裸締めしている缶バッチに関しては、“二人だけの”思い出として、大事にしてね全力で拒否しておいた

 代わりにケモミミ3娘に囲まれて、でろんでろんに蕩けた笑顔のエレンのバッチが提供された。目が完全に変質者のそれなんだけど、本当にこれ飾っていいの? これが地球だったら、通報されるよ?


「みんなにも、この子たちの良さがわかって欲しいんです」


 ……分かった奴は、逮捕でいいと思う。

 まあ、本人たちが良いと言っているのだから、これでいいか。

 あとは見本展示用のカーテンにじゃらじゃらと付けていく。位置は適当に、各個人に任せたら、鱗の剥げた魚みたいな、歪な模様になった。……これもこれで味がある、ってことにしよう。


「おーなかなか壮観だな」

「そうか? もう少しきちんと並べたほうが……」

「こんなものではないか?」


 わちゃわちゃと男たちが見本の前で議論しているのを横に、私はもみじとあおばに話しかける。


「おつかれ! どう? いい感じにできた?」

『うん!』

『見て見て!』


 と言って、完成した缶バッチを手のひらに乗せて差し出してきた。横並びのシンプルなものから、変顔してるものまで。どれも楽しそうに笑っている。

 他の人と交換もしたようで、いくつか姉妹の映ってない缶バッチも混じっていた。トレードも、缶バッチの楽しみ方の一つだ。


『でもこれって、どう使えばいいの?』


 ごもっとも。地球でならともかく、こっちだと使い道が限定されるんだよね。

 というわけで、缶バッチを取り付けるためのカバンを準備してあります。姉妹が大人になっても使えるくらい頑丈で、シンプルなデザイン。やや大きめかも知れないけど、成長すればちょうどよくなると思う。

 特徴的なのは、缶バッチを保護する透明なポケットが付いていること。このポケットの中につければ、缶バッチに傷がついたり、無くしたりを防げる。


『おばけちゃんありがとう!』

『ありがとう!』


 黄色い歓声を上げて、姉妹が鞄を受け取る。

 早速、缶バッチを取り付けていく姉妹。それをうらやましそうに見つめるシシに、声をかけた。


「シシちゃんもどう?」

「いい。施しを受ける謂れはない」

「なら、仕事の依頼してもいい?」


 明らかに、欲しいけどあまり親しくないおばけちゃんに借りを作りたくない、という顔をしていた。

 なので仕事の報酬としてなら受け取ってくれるんじゃないだろうか。と、思ったんだけど、シシはあまり乗り気ではなさそうだった。


「シシはまだ冒険者見習いですらない。仕事は受けれない」

「なら、お父さんに確認したらいいよ。それでダメならその時はその時ってことで」

「……なぜシシに? 仕事ならエレンでもいいはず」

「理由は3つ。将来の冒険者へ投資、現場の意見の収集、広報の一環」


 1つ目。シシちゃんは、将来を有望視されている。優秀な冒険者に送られる二つ名を、彼女はすでに持っている。それだけでも、周囲からどれだけ期待されてるかがわかる。

 2つ目。カバンを使った生の声が聞けること。もちろんバルガスたちに実際に使ってもらって、その意見や感想をもとに何度も改善を行っている。だけどそれは、あくまでバルガスたちの偏った意見を参考にしている。なので、ほかの冒険者たちの意見も取り入れて、さらなるアップデートを実施する。とくに、現場の人が欲しいと思える訴求力があるかどうか、という情報はダンジョンでは手に入らない。

 3つ目。缶バッチ付きのカバンを持って街を歩けば、当然、街の人たちに注目される。あれは何だ? どこで手に入る? と噂になれば、それだけ広告になる。鞄の3つ4つ、安いものだ。


「あと……仲間外れは悲しいから、かな」

「……4つ言った」

「そうだっけ?」

「……わかった。受ける」


 と言って、鞄を受け取るシシ。


「それで、仕事って?」

「うん。簡単に言えば、市場調査かな。街で人気のものとか、話題のものとかを調べてもらったり、うちで作った石鹸とかの試供品を配布して、その評判を聞いたり。あとはダンジョンの利益になりおもしろそうな情報なら、なんでも」

「なんでもって、適当すぎ」

「正直、ダンジョンに情報って集まらないからね。芋の値段から近所の噂話でも何でも、手に入るものは入れときたいんだよ。聞くだけで退屈はしのげるからね。……期間は春になるまでだけど、それでいい?」

「このくらいの内容なら、大丈夫」


 というわけで、シシは父の許可を得に行ってしまった。まぁ、シンハにはすでに話を通してあるんだけどね? でなきゃ、途中で割り込んでたよ、あの人。

 シシは気づいていないようだけど、私と話している間、ずっと監視するようにじっと私たちを見ていた。もしも私が変なことを言い出したら、即座に介入するつもりだったのだろう。

 仕事の話を伝えた時も、最初から断固拒否って感じで、一切話も聞いてくれなかったし。マズダが説得してくれなかったら、今頃どうなっていたことか。

 意外と優しい父であるらしい。

 まぁ、あとはシシに任せて、私は姉妹と話をしないとね。


「もみじ、あおば! ちょっと来て!」


 エレンとおしゃべりしていた二人が、私の呼びかけに駆け寄ってくる。


「二人とも、前に言ってたこと、覚えてる?」

『冬の間、街に遊びに行くって話?』

『こら、あおば。お仕事でしょ』


 えー、と不満げなあおばに、もみじは呆れたようなため息をつく。


「あはは。……こっちの準備も完了したし、マズダさんたちとも話もついたからね。明日の朝にはここを発って、街でマルガの手伝いをしてほしいんだよ。もちろん、暇なときは遊んできていいからね」

『うん。いっぱいガンバる』

『ちゃんとしないと駄目だからね』

『はーい』


 完全に遊ぶ気でいるあおばに、もみじがしっかりと釘を刺す。

 冬の間、二人を街に送るというのは、マルガと話し合って決めたことだ。

 二人はまだ、街を見たことがない。なのにダンジョンに縛り付けてしまうのはよくない。すこし前は無理だったけど、今なら姉妹に味方してくれる人も多いし、マルガも協力してくれる。

 ダンジョンの幹部になるにしても、ほかの道を選ぶにしても、街での暮らしは姉妹にとって、いい経験になるだろう。

 そんな訳で、冬の間はマルガの家で預かってもらうことになった。

 それに、ダンジョン周りも少し騒がしくなりそうだしね?

 まだまだ遊びたい盛りの二人だ。もちろん仕事もちゃんとして欲しいけど、街を楽しんで来てほしい。もみじは少し真面目すぎるところがあるから、その辺はマルガに任せるとしよう。

 ちなみにエレンも街に戻る。当然、姉妹とシシが街に戻るからだ。まぁ、エレンがダンジョンに残ったのって、姉妹が居たからだしね。

 姉妹にあれこれと注意事項を話して、旅支度を促す。

 父の承諾を得たシシと合流して、3人そろって姉妹の部屋に向かう。どうやら、シシに荷造りを手伝ってもらうつもりらしい。

 楽しそうに笑いあう3人の後姿を見て、ふと、姉妹はダンジョンには戻ってこないかもしれないと思ってしまった。

 それを不安と表現してしまうのは、私が姉妹に独占欲を抱いているからだろう。

 だけど、選ぶのは姉妹であって、私ではない。その線引きは必要だ。

 ――わかってはいる。でも、さみしいと思うくらいは、許されてもいいよね?

 3人の背中が見えなくなるまで見送る。いずれ、選択の時が来る。その時、悔いのない道を選んでほしい。

 うん。少ししんみりしすぎたかな。気晴らしにバルガスで遊んでこよう。



「やっほーバルにゃん。旅支度できてる?」

「てめっ! その名で呼ぶなって言ってんだろうが!」


 ぎゃーすか怒鳴り散らすバルガス。

 いまだ罰ゲームの傷は癒えていないみたいで、こうしてからかうと面白い反応をしてくれる。


「で、旅支度は?」

「なめんな。冒険者だぞ?」

「荷物もないしね」

「誰かさんに巻き上げられたからな」


 ぎろりと睨みつけてくるバルガス。

 はて? ギャンブルで素寒貧になっただけと記憶しているけどな?


「ともかく、明日の準備はできてる。もちろん、目的も忘れてねえよ」

「それはよかった」


 明日、バルガスも街に向かう。正確には街の外れにある駅に、だけど。

 そこで係員として働いてもらう予定だ。主な業務は駅の案内と、プリント缶バッチを含む暇つぶしエリアの管理。

 そして、万が一街で何かあった時、姉妹をダンジョンに逃がす役を頼んだ。まぁ、保険だよ。必要ないとは思うけどね。

 しばらくは暇だろうし、一人で対応してもらうつもり。忙しそうならマズダが人員を配置するとか言ってたし、大丈夫でしょ。


「もみじとあおばのこと、お願いね」

「言われなくとも」


 なんのかんのいって、バルガスは姉妹には優しい。妹分として、バルガスなりに可愛がっているようだ。姉妹も、時たま一緒に遊ぶくらいには仲がいい。

 まぁ、ここを訪れる冒険者のほとんどが妹分だと思っているっぽいけど。


「あとは連絡を欠かさないようにね」

「へいへい」

「なにしろ、大量のゴブリンが接近してるんだからね」

「……ま、お前なら気づいてるよな」


 あ、やっぱり秘密にしてたんだ。

 半分カマかけで聞いてみたけど、バルガスはあっさり認めた。

 ここ数日、ゴブリンたちがダンジョンの領域すれすれの場所に集合しているのは知っている。今までは入口の謎解きに(背が足りなくて)手こずっては、その隙にバルガスたちに排除されていたのに。

 この明らかな異変が起きたのに、バルガスたちから何の報告もない。


「まっちゃんから伝えるな、って言われたんでしょ?」

「まっちゃん言うなし。……で? どうするんだ?」


 バルガスはゴブリンがうちのダンジョンにとっての天敵になりうることに気づいている。いや、ゴブリンという存在が、対ダンジョン戦において、最高戦力となることを知っているはずだ。

 基本的に、ダンジョン攻略はトライ・アンド・エラーだ。失敗=死の試行錯誤を繰り返すことで、ようやく先が見えてくる。

 人間でやるには、リスクが大きすぎる。

 だけど、ゴブリンなら話は別だ。彼らの命の安さは、奴隷の比ではない。ほっとくだけで勝手に増えるし、悪食でどんな環境にも適応できるので食事や服などの雑費も少額で済む。しかも、どれだけ理不尽に扱っても、ボスが強ければ反乱も起こさない。

 そういう生き物なので、失敗してもローコストすむ。その分失敗ができるということなので、攻略もその分はかどる訳で。


「その。おばけちゃんだけで、対処できるのか?」


 以外にも、気を遣うようにバルガスが問いかけてくる。演技ではなく、本心から心配してくれているようだ。

 確かにゴブリンは厄介だ。何度退治してもすぐに数を増やして、また襲い掛かってくる。それだけならまだしも、頭が中途半端に悪いのも問題点だ。

 本来なら頭の悪さはデメリットでしかないけれど、対ダンジョン戦においては、逆に利点になる。

 ダンジョンは、攻略できない仕掛けを作ることができない。もしも攻略できないギミックを作った場合、機能不全を起こしてしまう。

 例としてあげるなら、『いち足すいちは?』という問題。まぁ解けない人はいないよね。なのでギミックとして成立する。『フェルマーの最終定理を証明せよ』だとほとんどの人が解けないよね? なのでギミックとして成立しない。

 誰か一人でも解ければいいってわけじゃなくて、多くの人が解ける問題であることが必須条件だからね。

 では、『いち足すいちは?』という問題を日本語で書いた場合。

 うちには日本語を読める人材がいない。日本語の存在は知っていても、それが読めるわけじゃないので、誰も解けなくなる。よって機能不全を起こし、正答した扱いで次に進めてしまう。

 この解ける解けないの判定は、ダンジョンの支配領域に存在する侵入者に依存する。日本語が読める人ばかりなら、この問題はきちんと成立するしね。

 つまり、大量のゴブリンに侵入されると、多くのリドル系のギミックが機能不全を起こして、素通りできるようになってしまう。

 特にうちみたいに謎解きをメインとしたダンジョンは、下手をすると無力化しかねない。

 え? そんなにバカなら、トラップでも敷き詰めとけって?

 あれでも記憶力はそんなに悪くないし、文字を使う程度の知能はある。普通のゴブリンでも小学生低学年くらいの知能(諸説あり)はある。トラップなんて一度使えば覚えられて無駄になるよ。

 それに倒しても得られるDPは少ないからね。むしろトラップを使うたびにDPを消耗する羽目になるよ。

 だからこそ、ゴブリンはダンジョンにとって危険な敵なのだ。


「心配してくれてありがとう」

「いや、俺は、べつに……ほら、もみじとあおばが心配するからよ」


 ばつが悪そうに頭をかいて、もごもごと誤魔化すバルガス。空気を変えようと、強引に話題をそらす。


「ボスは、おばけちゃんからの要請を待つつもりだ」

「それを交渉の材料にするつもり、ってこと?」

「……ああ。危機的状況に落としてから、契約内容の変更を迫るつもりだ」

「大丈夫だよ。ゴブリン対策はできてるって」

「ただのゴブリンなら、俺も言う気はなかったんだがな」


 バルガスは眉をしかめた、険しい表情で私を見つめる。


死と恐怖をまき散らすものヴォルフ・リッター……知ってるか?」

「なにその厨二病?」


 そういう歳じゃあるまいに。そういう顔をしていたんだろう。バルガスはいつになく真剣な表情で、忠告する。


「これは冗談や笑い話じゃねえよ。ここから北にあるダンジョン……“魔王城”における最大戦力だ。俺も何度か戦ったが、あいつらは普通じゃねえ。見た目こそただのゴブリンだが、半端なく強い」

「って言われても。いまいち想像できないなぁ」


 私の一言に、バルガスは手ごろな椅子を引き寄せて、どすんと腰を下ろすと、悩むように指を組んだ。

 しばし無言でいたバルガスが、うつむきがちに言葉を吐き出す。


「……数年前。魔王を討伐すべく、複数の街が共同して兵を出した。数は5万は超えていたよ」


 最初の標的は、魔王城の周辺にある支城。ここを落としておかないと、魔王城を攻めてる間に、後ろから刺されない。逆に落としておけば、魔王の領地に橋頭保を確保できる。それゆえ5万の兵士が投入された。

 敵は1万程度、あるいはそれ以下と予想されていた。

 5倍もの兵力差に加え、相手はゴブリンだ。人間側の圧勝で終わるはずだった。

 だが、春に始めたその戦は、雪のちらつく時期になっても、一向に決着が見えなかった。このままでは本格的に冬に埋もれてしまう。撤退の二文字を真剣に議論し始めたある日、やつらが現れた。


「その戦闘で多くの兵士がやられた。総司令官を失い、情報が錯綜し、軍は完全に機能を停止していた。今思えば、すべて奴らの策略だったんだろう。だが、あの頃の俺たちは、訳も分からず逃げ惑うしかなかった。結局、生きて帰れたのは半分に満たなかった」


 長い語りを終えて、バルガスはため息とともに顔を上げる。


「団長……シンハさんが加勢してなかったら、俺たちは全滅していたかもしれない。それほどの相手だ」

「それが、うちに来ると?」

「おそらくは。俺たちも近づけないほどの数が集まってる。奴らが指揮していてもおかしくはない」


 ゴブリンが相手となると、知能系のギミックはほとんど無効化され、トラップで仕留めるのはジリ貧。自前の兵力配下のモンスターを持たないうちでは、撃退は不可能だ。

 その現状を把握しているバルガスが、言葉にして問いかける。


「勝てるのか?」

「勝つよ。もちろん」

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