第22話/幕間;死と恐怖をまき散らすもの~グロ注意~


 ゴブリン。

 潰れたような醜い顔に、成人のへその位置より高い程度の背丈の、人型の魔物。

 最弱の座をストーンマンと争う程度の戦闘力しかないものの、知能は人間の子供並みにあり、道具を使う程度の器用さもある。

 並外れた繁殖力により、2~3匹からわずか半年で30匹のコロニーを生成することができ、100匹を超す大きなコロニーでは、通常のゴブリンよりも強力な個体に進化しするケースも見られる。

 ものづくりに特化したワーカー、弓の扱いに特化したアーチャー、騎乗能力を会得したライダー、という風に専門性を高めることで、その分野において人間にせまるほどの技能を身に着ける。

 1匹では生きていけないほどの脆弱な魔物であるが、人間に匹敵するほどの多様性と繁殖力から、群れた時は他の魔物にはない危険性を持ちうる。

 しかし肉体的能力は成人男性には大きく劣り、知能も人間を超えることはない。作れる道具も石器レベル。所詮はその程度である。

 それゆえゴブリンは低級の魔物とされている。いくら集まっても、脅威になどなりえない。というのがこの世界の人間の認識である。


 それは、歴史あるかの帝国においても同じことだ。


 10000を超すゴブリンの集落が、帝国の歴史ある街のすぐそばで発見された。

 帝国の歴史上でも、類を見ない大規模なゴブリンのコロニーである。それが帝国の要衝であるアルマリッサに現れたのだ。

 帝国は、直ちに兵を派遣することが決まった。ここは東西を繋ぐ交通帝国の玄関口であり、南は帝国最大の港町に繋がっている。失えば物流が抑えられ、ゆっくりと乾いていく。

 だが官僚たちの関心はそこにはなかった。 

 アルマリッサに兵を派遣する。つまり多額の金が動くということだ。どれくらいを自分の懐にしまい、どれほどを相手に送ればよいか。裏でこそこそと画策し、共謀し、陥れる。すべては自らを潤すため。かくも官僚というのは忙しいのだ。ゴブリンなぞにかまっていられないのである。

 いくら10000ものゴブリンがいるからといっても、所詮はゴブリン。納屋にネズミがたくさん出た、くらいの認識しかなかった。なにしろ長い帝国の歴史上で、ただの一度もゴブリンで国が傾いたことがないのだから。

 そんなわけで、下請けの下請け……冒険者がはした金で雇われた。

 とはいえ敵の数が多いので、冒険者も相応の数が雇われた。それに街の兵力も加えて、ゴブリン討伐隊は15000名に膨れ上がった。

 すぐに攻略できるだろう。帝国中の誰もがそう信じていた。


 その予想は大きく外れることになる。




「ふざけるな! いつまでこんなところで足踏みしているつもりだ!」


 天幕に響く罵声を、参謀はまたか、という思いで聞いていた。

 声の主は、このゴブリン討伐隊の指揮官で、帝国の第二皇子である。

 今年二十になったばかりの、端麗な顔つきに、涼しげな目元の青年だ。社交界では男も魅了する絶世の美男子として知られている。

 そんな彼が、目を血走らせ、周囲に怒鳴り散らしているのを見れば、彼を知る誰もが驚きを隠せないだろう。城の中の彼はいつもクールで、怒るどころか、声を荒げることさえなかった。

 だが、ここにいる全員がそんな彼の姿を見飽きていた。ここ数日、毎日のように醜態をさらしている。


「たかがゴブリンだぞ!」

「ですから、何度も申したはずです。焦っては負けだと」

「これが焦らずにいられるか! 冬も間近なのだぞ!」


 家臣の一言を、皇子は怒りの視線で迎える。

 あと半月もすれば雪がチラつくであろう。とくに水の精霊の多い土地柄、今年も豪雪が予想される。冬の備えなど全くしていないこの軍では、雪に埋もれて凍死しかねない。


「やはり一度引いて、体勢を立て直すべきでは……」

「馬鹿者! ゴブリンに背を向けよと申すのか!」

「ですが、このままでは全滅です!」

「黙れ! 今すぐ全軍をもってゴブリンどもを殲滅すればよい!」

「なりません、皇子。それこそ敵の思うつぼです! いまは忍耐の時です!」

「うるさい! そういって、どれだけの時間を無駄にしてきた? どれだけの兵を失ってきた? 我らに残された時間はあとどれくらいある? 答えて見せよ!」


 家臣の提言に、唾を飛ばして反論する皇子。もはや彼の眼には、忠実な家臣も自身の覇道を妨害する敵の姿に映っていた。

 はっきりいって、討伐隊の現状は最悪と言ってよい。兵糧は底をつき始め、戦える兵士も半減した。士気も低く、脱走を試みるものも後を絶たない。

 どうしてこうなった。こんなはずではなかった。

 ゴブリンなど、ただの村人でも、素手で殴り殺せる程度の強さしかない。いくら数が多くとも、こちらも相応の人数をそろえている。根城に立てこもるのなら、火あぶりにすればよい。万に一つ負ける要素はない……はずだった。


 しかし――


「今すぐ、兵を集めよ! 打って出るのだ!」

「なりません! なりません、皇子! それでは無駄死ににございます!」

「黙れ! この無能ぞろいの屑共がッ!」


 皇子が出陣を声高に叫ぶのを、周囲の家臣が必死になだめる。それをしり目に、参謀は天幕の外に出た。

 最初に目に飛び込んできたのは、忌々しいゴブリンどもの牙城だった。

 山頂に建てられたそれは、よくあるゴブリンの根城とは、まったくの別物であった。

 見上げるほどの高い城壁に、深く鋭い堀。堀の外周に設置された枝のついた木が接近を拒む。侵入経路は丸太でできた不安定な橋のみで、それも浮島のように堀に囲まれた小区画を経由しなければならないため、進軍速度はどうしても鈍くなる。そこを三方から矢で撃たれるのだから、たまったものではない。

 ほとんどが素人ぞろいの討伐隊など、いい的だ。

 本来であれば、一度引いて作戦を練り直すべきだ。それをしなかったのは、ゴブリン程度なら問題ないと判断した慢心に他ならない。

 もちろん、万が一の予備選力として帝国屈指のエリート騎士団を連れてきている。敵の数が想定以上だったり、別の魔物が出現しても対応できるよう、500騎。これだけでも、ドラゴンすら対応可能な戦力である。

 だが、城攻めの準備はしていなかった。いかに屈強なエリート騎士団であっても、これほどの要塞を、なんの準備もなしに攻め落とすのは不可能だった。

 それに気づくのに、一週間も要した。そのころにはもう、後戻りできない状況に追い込まれていた。

 ゴブリンごときに多数の兵を失い、あまつさえその居城を制圧すらできていないのだ。こんな状況でおめおめと引き下がれば、一生の笑いものだ。たかがゴブリンに敗走した間抜けな皇子として、歴史に名を残すことだろう。

 プライドの高い皇子にはそんなことを許せるはずがない。

 だが、現実問題として、冬は近づいている。このままここで足踏みしていても、待っているのは確実な死だ。なにか手を打たなくてはならない。その手が思いつかない。あれこれと言い争っているうちに、どうにかしろと皇子がわめく。

 その繰り返しだ。


「終わりかもしれんな」



 その言葉が現実になるのは、3日後だった。



 何もしないという選択肢はない。だからといって、やみくもに戦って勝てる相手でもない。それは誰もがわかっているはずだ。

 わかってはいる。

 だが、食料が底をつき、雪に埋もれる現実は、もう目前まで迫ってきている。何かしなくてはならない。三日三晩話し合ってようやく出た結論が、ゴブリンの城を攻め落とす、だった。

 もちろん、あの城を力押しで落とせるなど、発案者の皇子ですら思っていない。

 だから最高戦力である騎士を密かに城内に潜入させ、キングの首を獲る。

 城攻めを行っていれば、連中は門にかかりきりになって他のことはおろそかになるはずだ。その間に少人数で忍び込み、総司令官であるキングを討ち取れば、ゴブリンどもなど烏合の衆になる。あとはそれを包囲殲滅すればよい。

 ……なんて現実味のないプランであろうか。すべて都合のいい想定の上に成り立った計略など、妄想と大差ない。

 それに縋る自分たちは、いったい何なのだろうか? もはや道化ですらあるまい。

 いっそ、この戦で死んだほうが、いくらかましだろう。成功でも失敗でも、自分たちの運命は悲惨でしかない。

 ゴブリン相手に、これほどの被害を出した。この失点を回復する方法はない。たとえ城を落としゴブリンどもをせん滅しても、差し引きでマイナスだ。そしてその責任はすべて参謀役として皇子についた自分たちに降りかかる。

 皇子を守らなくてはならないからだ。

 今回の失点が世間に知られれば、第一皇子、第三皇子の派閥は喜んで非難するだろう。しかもゴブリン相手にこのあり様。下手をすると、第二皇子派閥の存続が危うい。

 だから、皇子の代わりに非難を受ける“生贄”が必要になる。それが自分たちだ。断罪というイベントを経て、皇子の失態の禊とする。第二皇子は後継者争いから大きく後退することになるが、少なくとも派閥は守れる。

 いったいどんなシナリオのもと、処分されるのか。それはこの最後の戦いが教えてくれるだろう。

 突撃を命ずる銅鑼の音が鳴り響く。全戦力が走り出す。もはや誰も止められない。



 序盤はいつも通り、門の前での攻防に終始した。

 不安定な丸太の橋のせいで、進行速度は予想以上に遅くなる。そこを三方向から矢を射かけられるものだから、数多の兵士が餌食になった。そこをなんとか抜けても、頑丈な門が待ち構えている。

 もちろん、ゴブリンが作れる程度ではあるが、それでも何の準備もなく破壊できるようなものではない。

 火を使っての突破も厳しい。城壁は石造りだし、門は土や動物のフンなどを混ぜた塗料で耐火性をあげてある。そのうえ水系統の魔法を使うゴブリンシャーマンが多数配備されていて、火を放つたびに水を浴びせられる。

 この城を落とすのに、15000は少なすぎた。最低でもこの倍はいなければ、力押しでの突破は不可能だろう。


 だから今までは兵糧攻めを選択していた。


 いかに強大な城砦を築いても、食料もなしに籠城することはできない。食料が尽きれば、配下の不満を抑えることはできず、反乱も起こりうる。その不満を解消するには城を捨て、打って出るほかない。

 そうなれば、先の城攻めで損耗した兵力であっても、十分に対応可能だ。騎士団でゴブリンどもの足並みを乱し、そこを各個撃破する予定だった。

 所詮はゴブリン。糧食の貯えなど対してないだろう。ぼちぼちと小競り合いを繰り返し、一週間、一月と時間が経過した。なのに、いまだゴブリンたちは城を捨てる気配がない。

 なぜ? 誰もが疑問を抱いた。その回答は、連中自身が見せつけてくれた。

 城壁の上で、連中は何かの生き物を丸焼きにしていた。それも討伐隊によく見えるように。それは先の戦闘で戦死した、騎士団の一人だった。

 連中は戦うことで、食料を確保していたのである。

 討伐隊のほとんどが、農民上がりの素人だ。冬を前にして出稼ぎにきた程度の、にわか冒険者に、この光景はあまりにも衝撃的だった。

 この日を境に、脱走者が急増した。死ねばゴブリンの糞になる。それを知ってなお、戦う意思を保てるはずもない。

 今でもそうだ。へっぴり腰に盾を構え、のろのろと歩く。そのせいで機動力はほとんどなく、降り続ける矢の前に、完全に硬直していた。動かなければ矢は当たる。一人、また一人と命を失っていく。

 だが、今回に関してはそれでかまわない。目的はあくまで、キングの首のみ。城を攻め落とす必要はない。こうして門の前に足止めさえしておけばよいのだから。


「いいぞ、死ね! もっと死ね! ゴブリンどもを門の前に釘づけにするのだ!」


 常時であれば、決して出てこないであろう言葉が、皇子の口から吐き出された。参謀は諦め半分に、皇子に苦言を呈す。


「戯れもそこまでに。兵の士気にかかわります」

「黙れこの役立たずがッ! 誰のせいでこんな目にあっている? 貴様が! ゴブリンごときに! 無様を晒すから! この私が苦労させられるのだ!」


 目を血走らせ、皇子は唾をまき散らすように声を張り上げる。

 たしかに計画を立案したのは参謀である自分だ。ゴブリン程度なら、と甘く見積もったのは間違いようのない事実である。

 だが、その計画を採択した総司令官は誰か? いかに城にこもっていようと、ゴブリン程度なら問題ないと、作戦を決定した人間は、どこの誰だ?

 あんただよ。あんたがそれを選択した。選んだだけのあんたには、責が無いとでも?

 そう言えれば、どれだけ胸のすくことだろうか。もちろんそれは墓場まで持っていく言葉だ。


「……作戦の本番はこれからです。体力は温存していてください」

「ふん。言われなくとも」


 皇子は微塵も作戦の失敗を疑っていない様子だった。いや、あれはもはや、自暴自棄になって、なにも考えられていないだけか。

 ここで失敗すれば、もう挽回の余地はない。生き残ったところで、第二皇子はよくて更迭、自分はお家断絶からの縛り首が妥当だろう。

 せめてもっと早くに救援を要請しておけば、また別の結末が待っていただろう。だが、誰もそれを選ばなかった。

 自らの評価が下がるからだ。今を思えばくだらない。


「あれ?」


 近くにいた兵士が、急に変な声を出した。


「どうした?」

「いえ、なにやら前線の動きが奇妙で」


 先ほどまで門の前で戦っていたはずだが、今は兵士とゴブリンの双方が戦闘を止めている。前線の兵士たちがざわめき、混乱しているのが見て取れる。


「なにが起きている? 今すぐ向かえ!」


 近くにいた兵士を見送ると、入れ違いに若い兵士が駆け寄ってきた。


「伝令! 騎士が!」

「なに?」


 まさか成功したのか? 驚き、言葉にならない参謀の代わりに、皇子が哄笑する。


「はっはっは! さすが我が騎士団! 我が誇り!」

「い、いえ」

「さあ、英雄たちはどこにいる? ん?」

「……全滅です」

「は?」


 信じられない、という呆けた顔を皇子はさらした。その間抜け面に、伝令が事実を突きつける。


「城内に潜入した騎士10名、すべて死亡。……前線で戦闘が中断したのは、ゴブリンどもが騎士を門の前に投げ入れたためです」

「ありえない。騎士だぞ? 勇者の血だって受け継いでいる」

「ですが……事実です」


 悔しさの詰まったその声に、皇子もそれが事実だと認識した。

 作戦は、失敗したのだ。


「ッ! どいつもこいつも無能ぞろい! 貴様らが足を引っ張るせいで、この私まで無能に侵されるッ! 役立たずの騎士団は、即刻解散だ! 全員縛り首にしてやる!」

「癇癪を起こしている場合ではありません! 兵を撤退させねば!」

「知るか! こうなれば、全軍突撃だ! ゴブリンどもを打ち滅ぼせ」

「なりません! それでは無駄死にです!」

「この私のために死ねるのだ! 栄誉であろう!」


 もはや正気ではなかった。皇子には、まともな判断力が残されていない。


「やむを得ん。これから私が指揮を執る。全軍、撤退だ!」

「貴様! 誰に断って命令している!」

「皇子は今、気が動転されておられる。撤退の命令を伝えろ! これ以上の死は許さん!」

「は、はい!」


 伝令が走り出すのと、皇子が参謀につかみかかるのはほぼ同時だった。だが、皇子の振り上げたこぶしは、参謀に当たる前に止められた。

 悲鳴が彼らの耳に入ったからだ。


「撤退? ソノ必要ハ無イ」


 振り向くとゴブリンが5匹、皇子たちを包囲するように立っていた。

 そのなかの1匹が、前に出る。

 よくある皮鎧に身を包み、ずんぐりむっくりで、醜い顔。普通のゴブリンである。

 その手には血の滴る剣と、光を失った生首。先ほどの兵士ものだった。


「ココデ死ネ」


 そのゴブリンはにたり、と笑うと、無造作に踏み込んできた。参謀は即座に剣を抜き、迎え撃つ。振り下ろされた剣をガードすると、力任せに押し返す。ゴブリンは後ろに飛んで体勢を立て直し、生首を投げ捨てる。

 参謀は、敵がただのゴブリンでないと悟った。剣を構えなおし、息を吐く。


「ここは撤退を。囲まれては脱出も困難です」

「くそ」


 さすがの皇子も、この状況では悪態をつくのが精一杯だった。1匹2匹ならともかく、10や20と集まられたら、いかに歴戦の将兵であろうと、皇子を守り切れなくなる。

 まずはこの場を切り抜けるのが先決だ。

 参謀は目の前のゴブリンに切りかかる。

 こいつは手ごわい。おそらく5匹のリーダーなのだろう。だからこいつを殺せば、この包囲を楽に突破できるはずだ。

 上段からまっすぐ、振り下ろす。たとえ防がれても、ゴブリン程度なら力押しできる。殺せずとも、押し切れる――

 だが、そうはならなかった。

 半身になって前進したゴブリンに、渾身の一撃を躱され、逆に喉に致命の一撃を突き入れられた。


「がッ」


 ああ、またしても。ゴブリン程度、ゴブリンごとき。その予断が、今の現状を作っているはずなのに、また過ちを重ねてしまった。

 死にゆく参謀が最後に目にしたのは、3匹のゴブリンに取り押さえられ、口枷をはめられる皇子の姿だった。



――――――――――――


 暴れまわる皇子を、ゴブリンたちは手早く拘束し、頭陀袋に押し込む。

 彼らの目的は、皇子の身柄。奇しくも皇子とゴブリンたちの作戦は同じものだった。敵が門の前での攻防に集中している間に、敵の司令官を狙う。

 もっとも皇子の立てた杜撰な作戦とは違い、ゴブリンたちは用意周到であった。敵の陣営、配置の確認、混乱を引き起こして発見を遅らせる。

 すべて計算どおり。


「作戦、完了。次ノ作戦ニ移ル」

「了解」

「敵、殲滅。行動開始」

「了解」


 リーダーの一言に、到底ゴブリンと思えない統率の取れた動きで、素早く行動を開始する。

 拘束した皇子を抱え撤退しつつ、いまだ混乱する討伐隊に奇襲を仕掛ける。そのために、討伐隊の背後に、3000のゴブリンを配置してある。混乱が収まる前に仕掛ければ、稲を刈るようにたやすく仕留められる。

 終わりを告げる角笛の音が鳴り響く。

 いまだ門の付近で膠着している討伐隊は、指揮官が失われたことを知らない。情報の伝達もなく指令もないこの状況だ。訓練を積んだ兵士でもまともに動けないだろう。

 ましてや、彼らのほとんどは農民だ。恐怖と混乱で足並みを乱し、まともに隊列を組むことすらできない。

 そこに、ウルフに騎乗したゴブリンたちが突撃した。当然、彼らは右往左往して、武器を構えることすらできずに蹂躙されていく。

 ようやく騎士団が反応し、応戦する。こと平地での戦闘であれば、騎士団がゴブリンに負けるはずがない。普通のゴブリンが相手であれば。

 騎士団の突撃を、地を這うように抜け、騎馬の足を切り付ける。高速で移動していた馬が、その足を切られるのだ。当然、転倒。中には自身の騎馬に潰された騎士も多い。

 ゴブリンたちは、背の低さを利用して相手の足元に入り込み、足を切ることで機動力を奪ったのである。

 体勢を立て直そうとする騎士団に、ゴブリンたちは容赦なく襲い掛かった。

 ウルフの圧倒的な機動力に加え、一つの生物のように完璧な陣形をもっての突撃は、戦列を崩した騎士たちにまともな抵抗すら許さず、打ち取っていく。

 頼みの騎士たちを失い、烏合の衆と化した討伐隊に、更なる追撃を開始する。城門を開き、配置してあったゴブリンたちを突撃させる。

 訳も分からず逃げまどう討伐隊は、もはや刈り取られる稲穂に過ぎなかった。


 誰かが呟いた。


死と恐怖をまき散らすものヴォルフ・リッター……」


 それは最弱を争う程度のゴブリンで構成されながらも、人々に戦慄を与える破滅の象徴。それに狙われたが最後、死は免れない。

 実在したのか。その言葉は剣によって塞がれた。永遠に。



 戦闘が終了し、生きているのはゴブリンの軍勢のみとなった夕暮れ時。

 ヴォルフ・リッターの指揮官、ゴブ斬九朗はせわしなく部下に指示を飛ばしていた。戦争は終わっても、いや、終わったからこそやることが多い。

 そんなゴブ斬九朗に、伝令が駆け寄ってくる。


「魔王様ヨリ、入電。直チニ帰還セヨトゴ命令デス。次ノ戦場ニ向カウヨウニト」

「ナニ?」

「次ハだんじょんノ攻略デス」

「ホウ?」


 まったく、魔王様も人使いの荒い。そう思いながらも、ゴブ斬九朗はにやりと笑う。

 今回の敵は、なんとも歯ごたえのない相手だった。この程度ならヴォルフ・リッターが出るほどでもない。退屈、とすら言える。

 次の相手はどうだろう。すこしは楽しませてくれるのだろうか?


「部隊ニ通達セヨ。次ノ敵ハだんじょんますたーダ」



 死と恐怖をまき散らすもの。その新たな脅威が、今、おばけちゃんのダンジョンへ向かおうとしていた……

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